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公園でデート中

 カスバート様のエスコートで、舞踏会――三人の令嬢に絡まれました――に出席したり、劇を見に――皆さんのオペラグラスは、舞台ではなく、わたしたちに向いていました――行ったりもしました。

 いわゆるデートです。

 舞踏会や観劇は、ちょっと気づまりになることも多いので、最近は公園の散策やお店の冷やかしです。

 何度目でしょうか。なんだかしょっちゅう、誘われている気がします。


 王都では、王宮の近くに広大な公園があります。貴族の館は、その公園を眺める位置に多く建っています。

 その公園や、整えられた馬車道は、貴族の社交場にもなっています。


 頭上には青空が広がり、昼前の爽やかな空気の中、わたしはカスバート様と腕を組み、公園をゆったりと歩いているところです。


 公園の中には三日月型の大きな池があり、橋もかけられています。ボートに乗っている紳士淑女の姿も見えます。

 馬車道には、のんびり馬を歩かせ、馬車から外を眺めている方もいますし、乗馬を楽しんでいる方もいます。

 散歩道の両脇には芝生が広がり、子供連れの方々の姿もあります。


「ああいう木を見ると、登りたくなるんだよね」


 カスバート様がおちゃめな顔で軽く指をさす先には、緑の葉をこれでもかと茂らせた、こんもりとした見た目の大木です。

 近寄ってみれば、幹が太く、枝を八方に伸ばし、ところどころにこぶもあって、確かに登りやすそうな木でした。


「あの木は、実はなりませんよね?」


 わたしが真顔で言うと、カスバート様が吹き出します。


「そうだね。ジャムになるような実はつかないかな」

「す、すみません」


 なんでもかんでもジャムとか、食べられるものに結びつけるのは、常識としてさすがにはしたないと反省します。

 カスバート様はおおらかに対応してくれました。


「でも、登れば景色はいいと思うよ。学園の二年目だったかな。学園の裏にある森に、ちょうどいい木があってね。友人たち数人とツリーハウスを作ったんだ。板やら枝やらせっせと運んで、仕上がったのはハウスというより、ただの床だったけどね。見晴らしがよくて、昼寝をするのに最高で、隠れ家みたいで、面白かったなぁ」


 なんだか、美青年のイメージが少し変わりました。わりと活動的で元気がいい少年時代だったようです。


「意外です。カスバート様は、品行方正の優等生だと勝手に思い込んでいました」

「心外だな。ぼくは、品行方正の優等生だよ?」


 カスバート様があまりに真面目な顔で言うので、わたしも一瞬真顔になりましたが、すぐにふたりで吹き出すことになりました。


「まあ、あのツリーハウスは、先生たちに見つかって、叱られたけどね。毎年誰かしら作るらしくて、例年に比べて、ぼくたちのツリーハウスはあまりいい出来じゃなかったらしい。自分たちで撤去もさせられて、かなりショックだったんだよ。一所懸命作ったのに」

「ふふ、それは残念でしたね。その後は作らなかったのですか?」

「後輩が作っているのを見守っていたよ。二年下の子たちが作ったツリーハウスは見事だったね。ああいうのを領地に作ったら、楽しいだろうなあ」

「いまのカスバート様なら、きっと素敵なツリーハウスが作れそうですね。あ、でしたら、わたし、お手伝いもできますよ? 大きな木であれば、体重を気にせず登れますし」


 わたしが笑いながらカスバート様を見上げると、カスバート様は少しだけ目を見開いてから、口元を綻ばせました。


「そうだね、頼むかもしれない。じゃあ、作ってみようかな」

「そこから、景色を見てみたいです」

「うん」


 カスバート様の腕にかかっていたわたしの手を、空いているほうの手でカスバート様がそっと撫でます。


 自然に足が止まり、わたしはカスバート様と目を合わせることになりました。


 そんなとき、ふたりの男の子がじゃれながらこちらに走ってきました。白いシャツにサスペンダー付きの紺の半ズボン。どちらも六歳か七歳程度でしょう。芝生から道に出て、また芝生に戻る際、その段差につまずいて、前を走っていた子が、転びました。

 明らかに泣くのを我慢した様子で、そこにしゃがむように起き上がった男の子は顔を上げますが、たらっと鼻血が出ていました。

 もう一人の子は、おそらく連れの大人を呼びに行ったのでしょう。向こうへ駆けていく後ろ姿が見えます。

 男の子は手で鼻のあたりをぬぐい、ついた自分の血に驚いたのか、今度こそくしゃりと顔を歪めました。


 わたしは慌てて駆け寄ります。


「坊や。立たないで、そこにそのまま座っていてね。鼻のここ、自分でつまんでいられるかしら」

「こう……?」

「そう、上手よ。それから下を向いていて」


 わたしは坊やに、自分の小鼻をぎゅっとつまんでいるように言いました。止血のためです。


「リディア。ハンカチを濡らしてきたよ」


 カスバート様は、水飲み場まで行ってきてくれたようです。


「ありがとうございます。坊や、ちょっと、汚れを拭きましょうね。どこか痛いところはある?」

「ううん」


 少しくぐもった声ながら坊やは首を振ります。

 転んだ拍子に、ちょっとだけ鼻をぶつけたのでしょう。顔と、手と、ついでに土がついていた膝も拭きましたけど、芝生があったので傷はないようです。


「坊ちゃま! ああ、お嬢様、ありがとうございます、申し訳ございません!」

「いいえ。男の子は元気に走り回るものですから。転ぶこともよくありますよね。そろそろいいかしら」


 抑えていた指を外させると、小さな血の塊が出てきました。もう一度鼻を拭くと、どうやらもう血は止まっているようです。


「子守のメイドですか? 坊やは大丈夫そうです。でももしまた出血するようなら、ご両親にお伝えして、お医者様に看て頂くことも考えたほうがいいかもしれません」

「わ、わかりました、お伝えはします」

「でもたぶん、大丈夫だと思いますよ」

「いえ。わたしの不注意です。旦那様たちにはお知らせします」

「そうですね。正直に伝えておいたほうが、誰にとってもいいと思います」


 それからわたしは、坊やたちに向きました。


「あなたたち、芝生で遊ぶのは楽しいものね。でも道に出てはだめよ? 馬車も通っているし、とても危険だから」

「わかってるよ!」

「そう。偉いわね」


 ふたりは子守メイドに連れられて戻っていきました。振り返りながら、元気に手を振ってくれたので、振り返します。


「あのメイド。叱られなければいいですけど」

「服に血も付いていなかったし、あの年齢の男の子は転ぶなんてしょっちゅうだろう」

「そうですね。わたしの弟もそうです。さすがに転んで鼻血を出すことは、もうない年齢ですけど」

「あはは、手慣れていると思ったら、弟さんが同じようなことがあったんだね」

「ええ――」


 今シーズン、弟は領地で留守番をしています。王都に来る直前、馬から落ちて、足首をひどくひねったんです。その程度ですんでよかったですが、大事を取って家に残ることにしました。

 お母様は心配して、残ると言ったんですが、弟はけなげに、『リディア姉様のデビューだよ? お母様がいなきゃだめでしょ』と、主張しました。それから、お土産を忘れないでと、わたしに何度も念を押して。

 ――そうです、お土産を何か見繕わなくては。


 そこで、はっと気が付きます。


「ハンカチ! カスバート様のハンカチを、あの子に渡してしまいました。すみません」

「気にしなくてもいいよ。それに、きみに落ち度はないんだから」

「いえ。えっと、では、今度。新しいものをご用意いたしますね」

「きみからの初めてのプレゼントだね? それはうれしいな」


 息が止まるかと思いました。

 運命の相手からの初めてのプレゼント――ではないんですからね。

 カスバート様は素敵な紳士で、わたしは別人だという罪悪感しかありません。


 ああ、早く人違いをはっきりさせて、婚約を解消してもらわなくては。

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