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ジャム作りの令嬢のデビュー

 大体どこのお邸でも、舞踏会に出席しているご婦人たちに、控室が用意されています。

 開始時間まではここで待機し、開始後も、ドレスが破れたり汚れたりした場合は、控えている主催者の家の侍女が見苦しくない程度にどうにか整えることもあるようです。

 舞踏会の間、ここにいるのは基本的に侍女たちだけになります。


 そして侍女たちが、自家にしろ他家にしろ、令嬢たちの揉め事に、口を出せるわけがないんです。


 というわけで、わたしはいま、控室の隅で、きらびやかな三人の令嬢に囲まれているところです。


「わたくし、あなたがカスバート様に相応しいとは思えませんわ」

 リーモン伯爵令嬢リネット様。輝く銀髪、青空のような瞳の綺麗な方です。メリハリのあるお体に、空色のドレスが華やかでお似合いです。


「カスバート様は、いずれクインス公爵様になられる方です。花嫁はきちんとした淑女でなくてはならないと思いませんこと?」

 ちょっと丸みを帯びた体型の可愛らしい方は、スターベル子爵令嬢シビル様。黒髪黒目で、口元のホクロが艶っぽいです。ローズピンクのドレスはもう少しすっきりしたデザインのほうがお似合いだと思いますが、余計なお世話ですね。


「わたくしたちは、リネット様が相応しいと前々から考えておりましたのよ」

 そして、背が高く細身の、オークレイ男爵令嬢オリアーナ様。ダークブロンドに、切れ長の蜂蜜色の瞳の、きりりとした雰囲気をお持ちです。


「リディア様? 聞いてらっしゃるの!?」

 これは最初に戻って、リネット様。


 あ、はい、もちろん、聞いていました。

 わたしは三人に向かって、同意を込めて深くうなずきます。


「わたしもそう思っているのです。カスバート様に婚約を解消していただくのに、お三方、何か良い案はないでしょうか?」


 三人は目を丸くしてわたしを見つめます。

 最初に我に返ったのは、やはりと言うか、リネット様でした。


「は、はぁあ? あなた、カスバート様の何が気に入らないと言うの!」


 いま、相応しくないと言われたところですが、同意したら何が不満か聞かれるなんて、一体、何をどうするのが正解なんでしょうか。

 まあ、この際、正解不正解はどうでもいいです。


 この婚約を、なるべく穏便に解消する方法があるのなら、切実に教えて欲しいんです。

 わたしの訴えは、カスバート様の耳を素通りしてしまって、困っているんです。


「こ。こ、こんな、わたくしは、こんな娘に――」


 気絶の見本のように、右手の甲を額にあて、リネット様はふらりとお二方の腕の中に倒れこみました。


「き、気付け薬を――」

「リネット様、しっかり! しっかりなさって!」

「あの、何か、お手伝いできます?」


 気付け薬は持っていませんけど、お水を持ってくるとか、おしぼりを用意するとかなら。


「結構ですわ、リディア様! もう、お行きになって!」

「はあ、では、失礼いたしますね。お大事に」


 ――ヴェーガモ伯爵令嬢リディア様。ジャム作りの令嬢は、噂以上に変わり者ですわ。


 そんな声は聞こえませんでしたし、聞こえたところで、慣れているのでどうとも思いませんけどね。




「ああ、リディア。お帰り」


 舞踏会の会場に戻ると、カスバート様は、とろけるような笑顔でわたしを迎えてくれました。


「遅くなりまして、申し訳ございません。少し、ええっと、髪型が気になったので」

「そう? いつもとても可愛いよ」


 ちょっと化粧室にと言って出たので、多少時間がかかっても、殿方であるカスバート様自身が様子を見に来るわけにもいかなかったんでしょう。


 ちらりと周囲を見れば、他の令嬢方が、うっとりとカスバート様を見つめています。その視線はそのまま、横にいるわたしに流れて、突き刺さってきます。


 カスバート様は、長身ですらりとした体型をしています。最高級の夜会服がよくお似合いです。黒い髪は後ろになでつけられ、顔立ちがはっきりとわかります。形の良い目は深い緑色、すっと通った鼻筋、ほど良い厚みの唇。

 つまり、容姿がとてもよろしいんです。


「カスバート様。一度、視力検査をなさることをお勧めします」

「? ぼくの視力は問題ないよ?」


 いえ、絶対問題あります。ああ、問題は、他者に対する――主にわたし――美的感覚のほうかもしれません。



◇ ◇ ◇



 クインス公爵家ご長男、現在はシェトロン伯爵を名乗っているカスバート様に相応しくないことくらい、自分でよおくわかっているんです。


 我が家は伯爵家で、家柄は立派でそれなりに財力もありますが、わたしはたまたまそこに生まれただけのことです。


 わたし本人はと言えば、薄い茶色の髪、薄い茶色の瞳、中肉中背で、顔立ちも特徴があるわけでもなく、とても普通。強いていえば、左の目元にあるホクロが、ちょっとだけ印象的かもしれません。


 美男美女で有名な父と母から生まれたとは、信じがたいことです。


 小さい頃は、わたしはもらわれてきた子なのかと、本気で悩んだこともありました。しかし、父方の大叔母様の肖像画が、わたしとそっくりだったので、実子であることは納得できました。


 それでも、両親及び姉と弟は、それはもうきらきらしい外見を持っているのに――わたしの家族は中身もきちんとしていますよ?――、わたしだけが地味なんです。


 家は弟が継げば問題ないです。姉はすでに嫁いでいるのでこちらも問題ないでしょう。

 だからわたしは、田舎の小さな家でひっそり暮らしたいと思っているんです。


 去年までのデビュー前三年ほど、領地の本邸での社交行事に数度顔を出しましたが、ヴェーガモ伯爵家は麗しい方々だとばかり――という、お客様の隠しきれないがっかり具合が、いたたまれませんでした。

 その上わたしは、お客様とのお話は、森や果物、ジャムのことになってしまいますし、どうにも困った顔をされることが多いので、挨拶だけですませることも増えました。


 両親はもちろん、それを伝え聞いた姉も怒ってくれましたが、わたしはその都度、彼らをなだめすかします。家族の愛情は嬉しいですが、わたし自身も思っていることですし、他人がそう思うのも仕方のないことです。

 わたしがもう少し社交界に馴染む努力をするべきなんでしょうけど、外見でひそひそされるのはわかっていますし、それなりに傷つきます。

 わざわざ傷つけられに行かなくても、ねえ? と思ってしまうんです。


 なので、わたしが田舎暮らしを望むのも、無理からぬことでしょう。


 それに、わたしにはジャム作りという趣味があります。

 領地の森で果物を収穫し、煮て、保存すれば、長期間楽しめるものです。ラズベリーやブラックベリー、リンゴにプラム、ああ、最高。


 幸い、家族はその意思を尊重してくれて、わたしは婚約もせず、のほほんと暮らしていました。



 ◇ ◇ ◇



 運命の分かれ目は、あの日あの場所。


 お父様とお母様と一緒に、デビュタントとしてはじめて参加したアルモン子爵家の舞踏会でした。


 両親は五十歳前後、無理に若作りをすることもなく、年相応の見た目となっています。それでももとが良いので、いまでも麗しく、舞踏会に行けばやはり注目の的となります。


 わたしもはじめての社交シーズンであり、王都ではじめて出席する舞踏会ですから、わたし以外の家族やメイドが気合を入れて準備をしてくれました。

 薄い茶色の髪は可愛らしく結い上げ、金と真珠の髪飾り、胸元は慎ましく浅めにしたドレスはクリーム色で、裾の部分には金糸で薔薇の刺繍が施されています。

 お化粧もしてもらいました。ホクロはチャームポイントとして、その部分は白粉をわざと塗っていません。


 しかし、どれほどがんばってもらっても、突然きらきらしくはならないんですよね。


 ドレスと化粧と髪型で美しく変身する方もいるでしょうが、きっともとが良いんでしょう。


 アルモン子爵邸に着くやいなや、お父様たちはお知り合いに連れていかれてしまいました。お母様は心配そうにわたしを見ていましたが、わたしは壁際の椅子に座りこんで、レモネードを片手に手を振り、笑顔で見送りました。


 義理でダンスを申し込んでくださる方もいるでしょう。お父様の爵位のおかげで気を遣ってくださる方も。持参金もそれなりにあるので、それを目当ての方もいるとは思いますが、できればお相手はしたくないです。


 そんな感じなので、ここでじっとしていることにします。

 そもそも、ダンスもそれほど上手ではないので、殿方のつま先が大変なことになっても困りますからね。


 幸い、隣に座っている年配のご婦人――カンクオット伯爵夫人は、朗らかでお話好きな方でした。


「まあ、ヴェーガモ伯爵のお嬢さんだったのね。デビュタントなのでしょ。踊ってくればよろしいのに」

「わたしは、あまりダンスは得意ではないのです。社交も苦手で、家でジャムを作っているほうが落ち着きます」

「まあ、ジャム? あなたが作るの?」

「はい。森で果物を摘んで」

「ご自分で?」

「はい、自分で摘みにいきます」


 ああ、この方も、眉をひそめるんでしょうか。

 自分で摘みに行く方はあまりいないようです。ベリーは枝に棘がありますので、気を付けてもやっぱり手に小さな傷がつきます。淑女は手に傷などつけないものですからね。

 けれど、この老婦人は楽しそうに笑ったんです。


「素晴らしいわね。わたくしも子供の頃はよく庭のラズベリーやブラックベリーを摘んだものだわ。庭師と母に怒られてしまうのよ。でも、とても美味しく感じるの」


 わたしは嬉しくなって、話を続けました。


「はい、わたしもそう思います。摘みながら食べると、なんとも言えない幸せな気持ちになるんです」

「ふふ、あまり年頃の令嬢方はなさらないでしょうけどね」

「わたしは、変わり者なのだそうです。でも、子供の頃から、そういうことが好きだったので、仕方がないですね。泥だらけになっては叱られて、リーはまったくって、いつも家族には呆れられて」

「リー……!?」

「え?」


 カンクオット伯爵夫人と話をしていたら、突然呼ばれ、顔をそちらに向けました。

 そこには、我が家族に負けず劣らずの美青年が立っていました。


 えっと、どなたです?

事件の起きないのんきなラブコメを目指してます。

短編のつもりで書いていたんですが、それよりちょっとだけ長くなりました。

最終回まで、日曜日の午後8時30分頃に更新予定(できるといいな;)。

お付き合いいただけると嬉しいです。

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