“届けて欲しいんだが” と言われました
「悪いんだけどさあ。そこのテーブルにあるの、嫁のとこに届けて来てよ。メッセージを、別れのメッセージをさ」
大商家の若旦那マロミ様は、ぞんざいにテーブルを指差して、そこにある物を嫁に届けろと使用人に言う。
つい先日若い女に懸想し、苦言を呈したカヨン若奥様を追い出したマロミ様。カヨン様は着のみ着のままで追い出され、今は街の宿屋に泊まっている。
件の若い女は流浪の踊り子だと言う。
エキゾチックな黒髪の女は妖艶な微笑みを浮かべ、胸と腰だけに布を巻き、他の部分は露出して、情熱的な躍りを舞台で披露している。女達は花を売るわけではなく、芸能としてこの街に呼ばれていた。
マロミ様が懸想しようが、簡単に口説けるものではない。舞台袖でチップを渡して微笑まれただけで、現に何の約束もされていない状態。
だけど彼の父親の旦那様は、この街では知らぬ者がいない程の遣り手の大商人。馬鹿旦那、いえいえ若旦那に似ても似つかないお方だった。
母親の奥様に甘やかさたせいなのか、大層我が儘で暴力も振るう男になっていた。
母親似で顔だけは良く、父親の旦那様も可愛がっていた。
踊り子を口説くみっともない様を見て、「浮気はやめて」と一言言えば、カヨン様の頬を一つ二つ殴りつけた。
「聞き訳のない女はここにはいらないよ。出ていきな」
そんな風に暴言を吐いてさ。
回りのみんなも、その横暴さに辟易していたんだが、仕事がなくなるのは勘弁てなことで、見ないふりさ。
気の毒なのはカヨン様だけ。
理不尽なことを言われても、奥様からは「お前がしっかりしないからだ」と詰られる。息子の肩しか持たないの。
旦那様からは「このデカイ尻なら、何人でも産めそうだ。げへへっ」と、好色そうに尻を撫でられるのを見ると、可哀想で震えた。カヨン様は感情を殺して堪えている。
みんなに可哀想だと同情はされていたが、それだけだった。
でも使いを頼まれた俺シータマも、数年お世話になった店なのだが嫌気がさした。だから、「家の畑を継げと家から連絡が来ました。お使いをしたら村に帰ることにします」と伝えて僅かな退職金を貰った。
その足で荷物を纏めて、カヨン様の泊まっている宿屋へ訪れた。彼女は子供が持つような、少額しか持っていなかった。
それでもマロミ様が来ると思って、泣きながら待っていたのだ。
しかし、2日経ってもマロミ様は来ず、俺が持って来たのは離縁届けだ。絶望しただろう。
「わ、私、どうしたらいいの?」
泣きながら問うカヨン様に、俺は言う。
「取りあえず、俺と村へ行きませんか? 畑を耕せば、食うには困らないと思いますから」
そう言って、俺の退職金から宿屋へ支払いをしてから、二人で村を目指した。
カヨン様は事故で両親を亡くし、親戚の旦那様の家に引き取られた身の上。頭も良く器量良しの彼女は、そのままマロミ様の嫁となった。
ずっと使用人のように扱われていたので、結婚しても待遇は同じで、番頭のような仕事と家事を併せて行っていた。世話になっているからと、文句も言わずに働く日々。
奥様には諫言は嫁の仕事と責められ、今回も殴られるのを覚悟で伝えたが追い出された。奥様も庇ってはくれなかった。
だからなのかカヨン様は決意したようで、
「よろしくお願いします」と頭を下げた。
そして、俺に着いて来ることにしたようだ。
俺はずっと、彼女を気の毒に思っていた。
だからと言って、結婚したいとか、そんな行為を強要したい訳ではない。働く場所を提供しようとしただけだ。
村へ行く途中に離縁届けを役場に出して、乗り合い馬車で3日ほど移動した。途中で安宿に泊まり、商家で貰ってきた物を売りさばいて旅を続ける。
カヨン様は済まなそうにしていたが、俺は遠慮しないように伝えた。
「俺の分は自分で出しているし、カヨン様の分は慰謝料のソーセージを売って得たお金だから」
「? 私に慰謝料なんてくれたんですか? あの家族が」
心底不思議そうにしている彼女。
「ああ、確かに俺は聞いたよ。大丈夫だよ。
確かに若旦那様はこう言っていた。
“悪いんだけどさあ。そこのテーブルにあるの、嫁のとこに届けて来てよ。 ソウセージを、別れのメッセージをさ”って」
離縁届けのメッセージと、ソーセージがテーブルに狭しと置いてあった。他の物もたくさん商品があったけど、マロミ様が言ったのはソーセージだけ。
確かに俺はそう聞いたんだから、大丈夫だ。
空耳? 聞き違え?が、あったとしても今さらだ。
あれほどの大商家だもの、何も渡さぬ方が醜聞になるってもんさ。
だから、結構良質な塩漬けソーセージは高値で売れた。
宿に泊まるごとに小売りしたから、目立ちもしないだろう。最初に立て替えた宿代も、この売り上げから差し引かせて貰った。
3日後、俺の村に着いた。
俺は売り切ったソーセージの代金を、カヨン様に渡した。ごっそり持ってきたから、それなりの金額にはなった。一人なら半年は暮らせるだろう。
「はい。これはカヨン様のですよ。貴女なら畑仕事でなくても、近くの町の店で勤めることもできますよ。そのお金で商売をしても良いし」
そう伝えると、悲しそうな顔をしていた。
「シータマも私を追い出すの? 一緒にいてくれないの?」
なんて、袖を掴んで告白をされまして。
俺は元々カヨン様に憧れていましたから、「俺で良いなら一緒になってください」と、こちらからお願いしました。
そしてすぐに、夫婦の届けを出して暮らし始めました。
カヨン様改めカヨンは、俺の母親と一緒に家にある小豆でぼた餅を作って、町に売りに行った。元手の金から買ったのは、砂糖と餅米と荷台だけ。
商売をしていただけあって、売り口上も仕入れも慣れたものだ。たちまち人気になり、小店を持つことになった。
俺は畑で、カヨンと母親は店で、懸命に働いている。
店先には収穫した野菜や、野菜の煮物や炒めた惣菜も置いている。そこそこ売り上げも良い。
店や畑では、俺とカヨンの子供達が走り回っている。
「今が一番幸せよ。ここに連れて来てくれてありがとう、旦那様」
なんて頬に口づけされれば、真っ赤になって子供に囃し立てられる。
「父ちゃん、真っ赤だ」
「でれでれして、やらしいなぁ」
「幸せだねえ、おめでとう」
「ああ、当たり前だ。お前達のことも母ちゃんの次に愛してるぞ」
なんて、5才4才3才に真面目に答える俺だ。
カヨンは「ヤーダもう、恥ずかしい」って、腕を叩いてくる。
俺の母親にも優しいので、家族円満だ。
生きていたら、父親にも会わせたかったよ。
きっと喜んでくれてたはずだ。
カヨンと離縁してくれたマロミ様に、俺は感謝しているんだ。
《その頃のマロミ》
「ちょっと、マロミ。あの踊り子の女、働きもしないで逃げたわよ。どうするのよ!」
「うそだぁ。俺と愛を誓ったんだぞ、何かの間違いだろ?」
無償で帳簿を預かっていたカヨンが居なくなり、代わりの番頭は横領をして逃げた。ストッパーが消えて歯止めが利かなくなったマロミは、踊り子に貢ぎまり散財。漸く妻に迎えたも、我が儘三昧で遊んでばかり。あげくに逃げられてしまう始末。
それを知られて信用をなくしたマロミの父親は、マロミを放逐した。そのついでとばかりに文句ばかり言う妻とも離縁し、若い女と再婚した。
こっそり娼館から身請けした若い女は、質の悪い下の病気を持っており、2年程で父親は亡くなった。
母親の生家である商家に身を寄せた母親とマロミは、一部屋だけを与えられて、使用人として労働させられていた。兄夫婦にとって、悪い噂のあるマロミは邪魔でしかなかった。それでも恩情で置いてくれた。
初めは文句ばかりだったマロミ達も、もう行く宛がないと理解してからは真面目に働いた。
母親が寿命で亡くなる時、マロミに謝罪した。
「ちゃんと育てなくてごめんね。私の教育が悪いせいで苦労させたね」
そう言って、涙を流して息を引き取った。
母親は息子を、息子は母親を一番頼りにして支えて生きていた。
「俺こそ、ごめんな。………母さん」
マロミも泣いていた。
それからは一層心を入れ替えて仕事に励み、年上の使用人と結婚して仲良く暮らした。自分の子供は持たず、連れ子の男の子を可愛がり育て上げた。その子もマロミに懐いて孫も抱かせてくれた。マロミは息子夫婦に、余計なことは言わず微笑むだけだ。妻とは今も仲良く暮らしている。
時々母親の墓に一人でこっそり出向き、花束をたむけながら語りかける。
「やっと親の気持ちが解ったよ。子供が可愛いのは仕方ないよね、母さん」
義理の息子でも、とても可愛くて愛おしい。
気がつけば、彼が望むようにしてあげたくなる。
マロミの妻は、叱ることも誉めることもできる人だった。マロミが甘やかしてもちゃんと育っているのは、教育の賜物なんだろう。
自分が幼い時に、誉めるだけでなく叱る人がいてくれれば、何か違ったのだろうかと考えることもある。
そんなこと、今さらなだけだけど……………
愚か者は経験から学ぶと言う。
でも解ったことは辛いけれど、無駄ではないと思うのだ。
あえてのそら耳アワー、若しくは聞き違いメッセージでした。
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