閑話 3
小都市の通用門、昼下がりの人通りが少なくなる時間。
今も二十人弱の疎らな人出しかないのだが・・・
「そっちのお前!いや、お前は行って良い、早く後ろのヤツから離れろ!」
恐ろしい物でも見る様な、怯えた瞳で門の前に居た兵士が声を上げる。
声を掛けられた私の前の行商人が弾かれた様に慌てて駆け出す。
空かさず、門を守っていた兵士が二人、手にした槍を横倒しにして、門の中に駆け込む行商人と私の間に割って入る。
声を上げた兵士ももう一方の兵士も同じくすんだ緑色の軽鎧を着用し、穂先の形が揃った形の同じ手槍を持っている。
声を上げた兵士はもう一人の兵士に何か手信号の様な動作をすると、若い兵士が軽鎧の下に着込んだ黒っぽいシャツの胸元から簡素なペンダントを掴み出した。
さて、一体何が悪かったのだろう?
私の変装は完璧だった筈だ、私を「行商人」と呼んだのだから、服装がおかしいと言う訳ではなかろう?
若い兵士が取り出したペンダントトップは円形の硬貨の様な物で、中心に大きな白くて丸い鉱石が嵌っていた。
兵士はそれを首から外して紐を手首に絡めてぶら下げ、こちらに掲げると、私が内蔵している高感度センサーを起動するまでもなく、何か大きな振動が起こった事が検知出来た。
恐らくだが、例の『謎の波動エネルギー』が放射されたのだろう。
「魔力が無い・・・人間じゃない!!」
若い兵士の言葉とほぼ同時に、もう一人の兵士が槍から左手を離して、ピンと指を揃え、真っ直ぐ上に手を上げた。
鋭い風切り音が迫り、私は反射的に一歩後ろに飛び退った、と同時に先刻まで私が立っていた地面に私の腕の長さ程もある細長い矢が二本突き立った。
何時から居たのか、左右の門柱の上に渡してある橋に弓兵が二人、もう次の矢を番えている。
『フィィィィ!』
指示を出していた兵が、何処からか出した、丸い円盤状の小さな警笛を出して吹いていた。
門の奥にあった番小屋からもう三人、同じ緑の軽鎧に身を包み槍を持った兵士が飛び出してくる。
二人が一直線にこちらへ駆けつけ、もう一人は門に取り付けられた回転レバーを操って門の鉄格子を落とす。
ドーーーーン!!
大きな音がして都市の通用門が閉じられる・・・
五人の兵士達は槍を構えると、私を包囲するかの様に動いたが、どの顔も恐怖に引き攣った情けない表情をしていた。
どうやら、潜入はもう出来ない様だ
私は素早く伸身の後転を繰り返して距離をとり、空中高くジャンプすると、3Dプリントした男の外皮を服ごと引き千切って空中で放り出し、そして、自身は同じく空中で光学ステルスを起動して姿を隠し、着地後素早く居場所をずらすと、偽装馬に信号を送る。
偽装馬はその場で偽の皮膚を落とし、浮遊フィールド放射版を元に戻してステルスモードに入りながら、私と合流すると荒野に向かって疾走した。
現場に残った二機のドローンがステルスモードのまま、外部スピーカーで不気味な野太い高笑いをしながら高度を上げつつ飛び去った。
「ぎゃあぁぁぁ!馬が、馬が溶けたぁ!」
「見た!見た!俺も見た!馬も馬じゃ無かった!」
私と偽装馬の落した偽装外皮は、常に一定の信号を受けなければ発火して燃え尽きる成分で出来ている。
偽装馬が外皮を棄てる瞬間を見た兵士は、外皮が剥げてマッスルシリンダーと動骨格が剥き出しになって消えるのを見たのだ、トラウマものに違いない。
ステルスでかっ飛ばし南側の森に逃げ込む、こちら側は『都市』の人間が来る事はまず無いだろう、低速モードで木立ちに潜り込み、警備兵の視線が切れる位置まで来るとステルスを解除、バイクを降りて周囲を伺う。
出来る限りの偽装をしてみたが、上手く免らかせたろうか?
完全に失敗した、『搭乗者』には絶対言えないわ、コレ・・・
バレたらどう言い訳しようか、ああ、これもまた新しい感覚だ。
等とグダグダと思考がループしていたが、取り合えず引き破いた偽装皮の剥ぎ切れなかった足元部分も全て脱ぎ、処分する。
フローティングバイクも完全に皮を剥いで、筋肉シリンダーを高周波ナイフで切り裂いて引き剥がす。
増設した骨格を取り外すと一箇所に集め、既に燃え始めている皮膚の上に置くが、このままでは燃え残るので、バイクの工具ボックスから光電子ハンマーを取り出し、粗分子鋼材の骨格を細かく砕く・・・
無駄にしたエネルギーやリソース、私自身の手間を考えると思考派が乱れバランサーがバグってクラクラしそうだ。
「コンチクショー!」と音声にしない叫びをシミュレートしながら、偽装で造った現地フルーツを辺りに投げ散らかす、森の小動物が食べて処分してくれるだろうと考えながら、手にしたフルーツをしげしげと眺めているとどうしようもない感情が溢れ、思わずフルーツに齧り付きガフガフと頬張った。
ベタベタに汚れた口の周りと、眼球型カメラセンサーの潤滑リキッドが、新たに手に入れた『感情』の情報量の所為か過剰に分泌されたモノを、滅多に使わないハンカチ(私は人間らしさを演出する『偽装用』のつもりでいた)を使って拭う
少し落ち着いたので情報を整理してみよう、それにしても不測の事態に『付加機能』がこんなに引っ張られ、正常な思考が掻き乱されるとは予測出来なかった。
失敗に関する重要な情報はあった。門番の兵士が胸元から取り出したペンダントの貴石の嵌ったメダリオンだ。あの時空かさず、エネルギーセンサーを稼働させたが、あの若い兵士だけでなく、指揮官らしい兵や後から増援で入ってきた兵士達も同じ波動を出していた。
絶えず門の所で出入りするモノが「人か否か」「害意あるモノか」を測っているのだろう。
『魔力が無い、人間じゃない。』
確かにあの若い兵士はそう言った。つまり、この星の「人間」はあの波動エネルギー「魔力」を内包しているのだ、中尉がレーザーバルカンで撃ち倒したあの巨獣の様に、炎を撃ち出して獲物を狩るトカゲの様に、ここの人間は心臓の傍にあの『結晶体』を生れながらに持っているのだ。
そして『結晶体』を持たぬモノは・・・槍を突き出してぐるりと自分を取り囲んだ兵士達の恐怖に歪んだ顔の映像が私の内部で再生される・・・恐ろしい正体不明の「化け物」として「人間界」から排斥され有無を言わさず殲滅対象となる、先程身を以て体験した通りだ。
仮本部に帰ったら、この偽装人体は改造しなければならない、でなければ「都市」には入れない、あの結晶体を直ちに研究し直さねば。
結晶体と生物の体積の比率を確認し、人間が内包している結晶体の大きさを算出しよう。
そうだ、もう一度『都市」の兵士や出入りする人々をドローンで探査して、年齢・職業・性別で波動の大きさ等を調べなくては・・・
ああ、それよりも、3Dプリントで造った結晶が波動エネルギーを纏う事が出来るのか調べなくては、人工的に造れなければ野生動物から取り出した物を装着する事も視野に入れなければ・・・
フローティングバイクで作戦仮本部に向かいながら、木陰から飛び出してきた枝分かれした二本の巨大な角を振り立てて突進してくる細い足の四足獣をかわし、急降下で鉤爪を突き入れてくる巨大猛禽類を避けて進む。
なるほど、「行き」は特に気にしなかったが、この森の野獣は好戦的で攻撃的だ。
まあ、宇宙軍の降下兵を基準に作られたこのボディの戦闘力に及ぶべくも無いが・・・追い縋る野獣をレーザーピストルで撃ち倒し、偵察ドローンで仔細に調査しておく、特に結晶体の情報は重要だ。