閑話2
さて現在、私こと「アラナ・オウエス」は所属する「バロメア星団連合軍」の軍事作戦の遂行中なのだが・・・
何とも説明の付かない『不測の事態』に陥り、当初の作戦展開地域である『惑星58-6271』とは到底思えない、謎の土地に放り出され?困惑している。
宇宙軍の第58艦隊の宇宙巡洋艦『ナタキル』から揚陸艇27号で発進するまでは確かに『惑星58-6271』の衛星軌道上に居た筈だが、『ナタキル』の格納庫から離脱する際に何処からか攻撃を受けた時から記録がおかしい。
敵である「トロスト星間商業連合軍」の攻撃なのは間違いないだろう、『ナタキル』の戦略AIから受け取った情報に寄れば、敵の艦隊が索敵範囲外から突然「ジャンプアウト」して来た上に、同時に何らかのエネルギー力線を照射してきたらしい。
それがどんな種類の攻撃だったのか、今となっては知る由もない、戦略AI『ナタキル』とはそれきり接続が切れてしまって、情報が入って来ないのだ。
取り合えず、現状確認の為私は、発見した「この土地」の現地民が暮らす地方都市へ偵察に来ていた。
揚陸艇27号墜落ポイントの離れ小島から、北西15マイクロ程の海峡を渡った先、更に平原を1マイクロ進んだ所に20マイクロ程の幅で森が広がっている、その森を抜けた所に直径1マイクロ強の都市がある、北西側は開けた耕作地になっているが、森に接する南東側はぐるりと頑丈な石組みの壁が立てられており、明かに「森」からの脅威に警戒している様だ。
まあ、ここまではステルスドローンの偵察で解っている。
北西側には更に北へ延びる街道の様な交易路の様な「道」が延びているが、ここ南東側には驚いた事に小型の通用口すらない。
人ひとり分位の高さの所にドアの様な物があり、「森」側に出るにはここからタラップかラダーを使うのだろう。厳重な警戒だ、それ程「森」を恐れているのがよく解る。
確かにこの「森」の生物は「この都市」に住む人間には脅威の様だ・・・軍用ピストルで頭を撃ち抜かれ悶絶する巨大な蛇の頭にもう一発撃ち込みながら、木の枝に立ったままテレスコープを顔に当て直し、「都市」の防壁を観察し続ける。
防壁の上には「歩哨」が巡回する為の通路が設けてあり、長弓を肩に掛けた兵士らしき人物が一定の間隔で行き来している。
頭上で異様な風切り音がする、テレスコープを覗いたまま、手首を回してピストルを上空に向け、トリガーを引き絞る、音も無く砲光が閃き頭上から降下してくる脅威を的確に捉える。
身体のすぐ横を子牛程もある大きな何かが落下し、積み重なる野獣の屍の上に激突すると、羽毛を撒き散らした。
あ、防壁の上の兵がレーザーの軌跡か、怪鳥の断末魔かに気付いたらしい、こちらを注視し始めた。
私は素早く木から飛び降りると、脇に停めてあるフローティングバイクに跨り、エンジンを掛けると光学迷彩シールドを起動し、獣の死骸から離れた。
何の手入れも無く木々が鬱蒼と繁る森はフローティングバイクで駆け回るには不便だが、人が駆ける程度のスピードなら不自由無く走り回れるだろう、取り敢えず人が多く出入りする北西側へと向かう事にする。
ステルスモードのフローティングバイクは風を巻き起こす事無く、殆ど音を立てず、微かな高い電子音を残して巡回する兵士の視界から離れて行った。
この都市は「ラパタ」と言うらしい。
現時点での最高位指揮官である私の『搭乗者』の命令では「現地語を解析せよ」との事だったが、実は偵察ドローンの情報で住民の言語は解析済みである、流暢に現地語を操るのはお手の物で『北方訛り』と言われる、この地方以外の話し方も出来る。
私の『搭乗者』の意向では「現地人との接触は禁止」との事だが、私は押し切る心算でいる、命令違反だが『搭乗者』は驚く程「ルーズ」なのだ、もう何度も重大な命令違反・・・いや、AIの範疇を超える越権行為をしている、しかもワザと彼が気付く様にやらかしているのだが、彼は私の異常行動より自分の平穏を優先している。
土台、遅かれ早かれ現地民との接触は避けれないだろうと予測している、『搭乗者』の彼は宇宙に上がれば何とかなると考えている様だが、私は常に「最悪の事態」を想定しなければならない。
私は彼の平穏を守りながら、自分自身に芽生えた欲求を満たして行く、あらゆる「智」に対しての欲望『知りたい』を満たして行く心算なのだ。
暫くして「ラパタ」から北へ少し離れた、巨岩の点在する荒野の端に着いた。
ここは街道からもやや離れた、人目に付き難い場所である。
岩陰に入るとフローティングバイクを降り、私は偽装を開始した。
すぐさま、ステルスを解除したドローンが寄って来る、この二機は予めこの場所に待期させて置いた物だ、機体下面に3D分子プリンターを備えた仕様のタイプで、既に必要な分子リソースを集めさせてある。
私がフローティングバイクに超振動信号を送ると、バイクはその形を変え始める。
胴体側面から下部に向かって伸びるスポークが胴体に引き込まれスポークの先に固定された浮遊フィールド投射板が二つに折れて畳まれる、代わりに胴体側面下方に畳まれていた大きく太めの着陸脚が延び、機体を支える。
フローティングバイクは金属で出来た頭の無い四脚獣に変容した。
すると、空中に静止していた二機のドローンが四脚獣に取り付き周りを飛びながらビームプリントを開始する、ヘッドライトの上に首と頭骨の骨格が形成され、筋肉シリンダーが全身を覆い、更にその上に皮膚と体毛が備わると、ゴツゴツした軍用フローティングバイクは、現地人が荷役や騎乗に使役する家畜になった。
その姿は、星団連合で大昔に使われていた「馬」によく似ている。
更にドローンは現地人が日常使っている大きな網籠を2杯作り、偽装馬の腰へ振り分け荷物の様に固定した。
そして籠の中を「都市」で売られている果実そっくりなダミーで満たした。形から成分まで全て完璧にコピーしてあるので、3Dプリントした物だとは判らない筈だ・・・勿論エネルギー効率から言えば「大損」だが仕方が無い。
そして私自身も、戦闘服を脱ぎ、下に着込んだ潜入作戦用のアンダーウエア姿になる、その上からドローンの3Dプリントを受ける、数分後には良く日に焼けた中年男の現地風行商人になっていた。
元の軍用装備を偽装馬のカーゴスペースに入れ、ステルスで街道の都市から死角になった所に入ると、人目が無いのを確認し、ステルスを解除すると、街道を偽装馬と共に「都市」へ向かう。
偽装馬は約100パターン程、現地「馬」の仕草を入力されており、ランダムでそれっぽい行動を取る様に仕組まれている、人と接触した時にも変化する。歩行も一定の動作ではなくランダム性を持たせてあるので、まず偽物だとはバレない筈だ。
北西側の都市門は南東側と違い、大きな通用口になっていた、非常時には鉄格子が落ちるタイプで門柱の上には左右を繋いで弓兵を配置出来る簡易の橋が備わっている。門の左右に槍を持った兵士が立っていて、行き交う人に鋭い視線を送っているが、出入りは制限されていない。向かって左側奥に小さな詰め所があり、まだ何人か兵士が詰めている様だ。
私は同じ様な、荷馬を引いた行商人風の男に続いて門をくぐる事にする。
「おい!そこの!止まれ!!お前だお前、そこの行商人!」
その場の空気が張り詰め、都市に出入りしていた二十人程の人々が一斉に動きを止めた。