君が幸せならそれで良い
私の短編の中では結構シリアス寄りなのでご注意を
『覚えてろよ! 絶対許さねーからな!』
男達の憎悪の念が、頭の中に住み着いている。
夜、ベッドで目を瞑ると怨嗟の声が繰り返し聞こえてくる。
ノイローゼか、PTSDか。
きっと俺は精神的な病気か何かなのだろう。
だがそれを治すつもりはない。
むしろこの声が聞こえなくならないようにと毎日必死だった。
他の何を忘れても、この声と想いだけは絶対に忘れてはならない。
そう誓ったんだ。
――――――――
「菜穂、平尾君紹介してよ」
「ダメダメ、止めた方が良いって。あいつ怪しい道場に通っててちょっとヤバいの」
「怪しい道場?」
「そう。ボロボロで朽ち果てそうな建物で、中から奇声や怒声が頻繁に聞こえてくるの」
「でも道場なら『キエー!』とか奇声発しても変じゃないでしょ?」
「それだけならね。でも怒声とか悲鳴までも聞こえてくるんだよ」
「悲鳴!? それはヤバそう。顔は良いのに残念」
おいおい、その会話本人に聞こえているぞ。
席が離れているから小声なら大丈夫と思っているのだろうが、俺は些細な音でも聞き逃さないようにと訓練して地獄耳になっているんだ。
これまで似たような話を何度も聞いたことあるからショックは受けないが、他の人相手にやらないように気をつけろよな。
草野 菜穂は俺の幼馴染で小学校の頃までは仲が良くて一緒に遊んでいた。
だが俺が怪しい道場に通うようになってからは、気味悪がって近づかなくなってしまった。
今では会っても挨拶すらしない間柄で、菜穂は俺とは距離を取って学生生活を謳歌している。
「あ~あ、どこかに良い男居ないかなぁ」
どうやら菜穂の友人女子は、俺のことをすぐに諦めてくれたようだ。
面倒なことにならなさそうで助かった。
今は恋愛なんてやっている余裕が無いからな。
「イケメンじゃなきゃ沢山いるんじゃない?」
「イケメン以外は論外」
「相変わらずだねぇ」
「イケメンと付き合ってた菜穂がそれを言う?」
慶谷君のことかな。
確かにあいつは男の俺から見てもイケメンだったけれど、今はもう別れているはずだ。
「付き合ってたから言うのよ。男なんてちょっと顔が良いからって平気で三股四股するんだから」
「あれだけイケメンだと私なら気にしないけどな~」
「ないわ~」
「菜穂には大人の恋愛なんてまだ早いってことよ」
「それって本当に大人なのかしらね」
女性の恋愛観なんて知らんが違うと思うぞ。
「なによ、菜穂だって結局イケメンが好きなんでしょ。サッカー部の小峰先輩狙ってるじゃん」
「べ、別にイケメンだから狙ってるわけじゃないよ。ただ、好きになった人がイケメンだっただけ」
「あ~ハイハイ、そうですか。でも小峰先輩は人気あるから難しいと思うよ。私も狙いたいけど、周りの女子のガードが固くて中々近づけないもん」
「ふふん」
「どうしてそんなに自信ありげなの? まさか!」
「来週末にデートに誘われちゃった」
「キイイイ! 何で菜穂ばっかり!」
へぇ、菜穂のやつ、新しい男捕まえたんだ。
今度は浮気されないと良いな。
よりにもよってこのタイミングかよと思わなくはないが、あいつの日常を守るのが俺の役目だ。
イチャラブを見せつけられるのは気持ちの良いものでは無いが気合を入れて頑張ろう。
そろそろ奴らが来るかも知れないからな。
あれは小学六年生の時のこと。
菜穂の家の近くを通りかかったとき、家の前に複数のパトカーが止まっていた。
何が起きたのか不安になって近づいたら、家の中から二人の見知らぬ男が警察官に捕まえられて出てきた。
『覚えてろよ! 絶対許さねーからな!』
彼らは憎悪の目で菜穂の家の方を睨みつけ、捨て台詞を吐きながらパトカーに押し込まれた。
何が起きたのか分からず去り行くパトカーを呆然と見つめていたら、菜穂の親父さんが俺のことに気付き教えてくれた。
男達は菜穂の親父さんを詐欺で嵌めようとしていたが、それに気付いた親父さんが知り合いの警察官と協力して逆に罠に嵌めて捕らえたとのこと。
菜穂は母親と共に祖母の家に避難しており今回のことは知らないし、心配をかけたくないから教えるつもりはない。
でも俺がパトカーと男達が連行される姿を見てしまったから、菜穂に何も言わないようにと全てを説明してお願いして来たのだ。
俺は良く分かっていなかったけれど、菜穂を心配かけさせたくないからと言われたらうんと頷くしか無かった。
でも段々と不安になってきたんだ。
ふとしたタイミングで男達の怒声が脳裏によみがえり、猛烈な嫌な予感に襲われる。
あんなに怖い奴らが菜穂に何かしようとしたらどうしよう。
捕まっているから大丈夫だよな。
でもいずれ刑務所から出て来るのではないだろうか。
俺は詐欺罪だと何年刑務所に入ることになるのか調べた。
すると最大で十年とはなっているが、五年以下が普通だと分かった。
五年。
つまり俺達が高校二年生の時に、奴らは出所するかもしれない。
そいつらが菜穂の家族に復讐をするなんてことは考えられないだろうか。
菜穂が狙われる可能性もあるのではないだろうか。
当時の俺は菜穂が好きだったんだと思う。
もちろんそれは子供の好きで、恋愛なんて立派な感情では無かった。
今まで通りに傍に居て、一緒に仲良く遊びたい。
でも五年後の菜穂も守りたい。
今も昔も俺は馬鹿だから、両方を手に入れる方法なんて思いつかなかった。
そして馬鹿だから、単純な解決方法しか思いつかなかった。
町はずれにある怪しい古びた道場。
幸運にも、いや、不幸にも、なのかもしれないが、そこの道場主のじいさんは俺の願いを聞き入れ鍛えてくれた。
菜穂を守るために、傍にいることを諦めて、ただただ彼女を守るための力を求めた。
その結果、気味の悪い道場に入り浸る俺を菜穂は敬遠し、彼女との仲は完全に切り離されることとなった。
それでも良い。
彼女が幸せならそれで良い。
中学の頃、イケメン君の横で幸せそうに微笑む彼女の姿を見て、嫉妬すると同時に、あの笑顔を守りたいと思えた。
菜穂のためならば、俺は……
そして今、俺達は高校二年生になった。
奴らはもう出所している。
余程菜穂の親父さんが憎かったのだろうか。
その時が来るのはとても早かった。
――――――――
菜穂を守る。
といっても、別に四六時中ストーキングしている訳ではない。
そんなことがバレたら俺が捕まってしまい目的を果たせず本末転倒だ。
俺が特に注意するのは登下校の時間帯。
菜穂の通学路は幸いにもほとんどが人通りの多い場所だから、迂闊には手を出せないだろう。
だが一か所、ある空き家の一軒家の前を通るところだけが、極端に人が通らない。
奴らが菜穂の行動を調べて襲撃するなら、間違いなくここだと思う。
ここしばらく、俺は下校時間になるとこの空き家の庭に忍び込み、菜穂が無事に家に帰るのを見守っている。
そして菜穂が小峰先輩とのデートを控えた金曜日のこと。
「(楽しそうにしちゃって)」
デートがあまりにも楽しみなのか、スキップでもしそうな雰囲気だ。
守りたい、この笑顔。
なんちゃってな。
菜穂はいつも通り空き家の前を通過する。
今日も何事も無く終わりそうかな。
そう思った時、不審な車が彼女の後を追ってやってきた。
大きめのワンボックスカーで、窓から車内が見えないように工夫されている。
そして不自然なほどゆっくりとしたスピードで進んでいる。
「菜穂!」
空き家から飛び出して菜穂を追う。
俺の予想は正しく、彼女は男達に襲われて車内に引き摺りこまれそうになっていた。
「チッ、見つかったぞ! 早くしろ!」
「むー!むー!」
菜穂の口は男の手で抑えられて悲鳴をあげられない。
くそ、失敗した!
菜穂に何も手出しさせないように、姿を見せて男達を諦めさせたかったのに遅かった。
もし奴らの目的が誘拐でなくて殺人だったらもう終わっていた。
だが後悔している暇なんて無い。
追いつく前に菜穂が車内に入れられてしまう。
そのまま発車されたらジエンドだ。
「待てええええええ!」
「早くしろ!出すぞ!」
させるか!
俺は手に持っていた小さな水風船のようなものを車に向かって投げつけた。
そしてそれは車の頭上を越えてフロントガラスの前方に落ちて行く。
パン!
地面に着く前にはじけ飛び、中に詰まった蛍光塗料がフロントガラスにぶちまけられる。
道場のじいちゃんが教えてくれた蛍光塗料爆弾(遠隔発動型)だ。
使い方や爆破タイミングは死ぬほど練習させられた。
まぁじいちゃんはこれ以外も何もかもが死ぬほど厳しかったけどな。
前が見えなくなった車が戸惑い発進出来ずにいるうちに、俺は右手にタオルをグルグルと強く巻く。
「おりゃああああ!」
そして車の後部座席のサイドウィンドウに渾身の右ストレートをブチ当てた。
「ひぃ!」
「な、なんだ!?」
菜穂は男達に挟まれるように抑えつけられていた。
その男達が窓が割られたことに驚き慄いているうちに車内に手を突っ込み内鍵を開ける。
そのままドアを開けて手前にいた男を強引に外に引っ張り出す。
「てめぇ、何を、ぐえっ!」
全力で蹴りを入れて黙らせたら、今度は菜穂だ。
「て、てて、てめぇ、動くな!」
男がナイフを菜穂の喉に突き付けようとした。
遅いな。
じいさんとの特訓の時は、もっと行動が早い相手を想定していた。
俺はそのナイフの刃の部分をタオルを巻いた右手で掴み、強引に奪い去った。
少し手のひらが切れた感覚があるが気にしない。
「ぶべっ!」
男にストレートパンチを喰らわせてダウンしている間に菜穂を車の外に出す。
まだ運転席に男がいるから油断はしない。
つーか三人かよ。
仲間が居たのか。
タイヤに奪ったナイフを刺してパンクさせつつ菜穂を守りながら車から離れる。
「てめぇ! 良くもやってくれたな!」
運転席の男が激昂してこれまたナイフを持って襲い掛かって来るが全然怖くないな。
じいさんの方が遥かに怖かった。
「ふん」
「はぁ!?」
俺はまたしてもナイフの刃を右手で掴み、相手の攻撃を封じてから両足の間に足を思いっきり振り上げる。
これにて無力化完了。
他の二人にも止めを刺して完全に無力化してから警察に連絡、と。
じいさんとの練習通りに出来たな。
少し右手が痛いが、菜穂は無事だから及第点としよう。
「…………」
その菜穂は恐怖と驚きによるものなのか、その場にへたり込んでしまっていた。
ああ、失敗してしまった。
菜穂にトラウマが植え付けられてしまったかもしれない。
怖がらせたくなかったのに。
事件など起きない日常を謳歌させてあげたかったのに
出遅れたせいで台無しにしてしまった。
命だけは守れたという最低限の結果しか得られなかった。
情けない。
あの時からずっと頑張って来たのにこの様か。
徐々に大きくなるサイレンの音を聞きながら、俺は自己嫌悪に浸り続けた。
――――――――
その後、病院や警察の事情聴取、じいさんへの報告など諸々の雑務を終えた俺は高校に登校した。
もう終わったんだな……
理想通りの結果にはならなかったけれど、もう菜穂が襲われる心配は無いだろう。
これまでのように菜穂を見守る必要は無くなった。
ちなみにその菜穂とはあの事件以来会っていない。
「おはよ~」
「おはよっす」
教室に入ると菜穂の姿が目に入った。
学校に来れただけでなく、普段通りの雰囲気で友達に挨拶をしていたから塞ぎ込み続けているということは無いのかな。
クラスメイトが普通に接しているということは、あの事件に俺と菜穂が関わっているとまだ知られていないようだ。
てっきりすぐにバレると思っていたのだけれど、今の情報化社会でも案外分からないものなんだな。
「その手どうした?」
「ちょっとな」
近くの席の男子が話しかけて来るが、そっけなく答えればすぐに興味を無くした様子だ。
これまで他人と距離をとって自分の時間を全て菜穂を守るために使っていたのだから当然だな。
さて、どうしよう。
これまで菜穂のために生きて来た。
菜穂を奴らから守る事だけを考えて生きて来た。
それが果たされた今、俺は何をすれば良いのだろうか。
まるで自分が空っぽになった気分だった。
「菜穂、小峰先輩とのデートどうだった?」
「あ~それがね。ちょっと急用があって行けなかったの」
「はぁ!? マジで!? 小峰先輩とのデート以上の用事なんて無いでしょ!」
「あはは、ちょっとね」
「まさかデートすると思ってたのは菜穂だけで待ち合わせ場所に行ってみたら来なかったとか?」
「違うよ! ちゃんと先輩には連絡してまた今度デートすることになったもん」
「本当かなぁ」
金曜のアレのせいでデートが無くなったのか。
でも次のデートがあるようで良かった良かった。
あんな最低なことがあって気分が相当悪いだろう。
全力で楽しんで来いよ。
俺も何か……楽しいことが見つかるかな。
このままじいさんのところへ通い詰めて道場を引き継ぐなんてのもありかもな。
ふわぁあ。
何もやる気が……出な……い。
「ねぇ、ちょっと良い?」
「…………え」
授業が始まるまで少し寝ようと思っていたら唐突に声がかけられた。
その相手は、まさかの菜穂だった。
「放課後、話がある」
そりゃあそうか。
どうしてこんなことに気付かなかったのだろうか。
菜穂からしたら何がどうなっているのか全く分からない。
聞きたいに決まっているじゃないか。
「ちょっと菜穂、どういうことなの? 小峰先輩と付き合うんじゃないの?」
「そういうんじゃないの。ちょっとね」
「まさか二股!? 菜穂やっるぅ~」
「だから違うって言ってるでしょ!」
はは、教室で堂々と話しかけるから妙な誤解を生むんだよ。
まったく、菜穂は前からそういうところ無頓着なんだから。
小峰先輩も苦労するだろうな。
――――――――
「助けてくれてありがとう。後、お礼を言うの遅くなってごめんなさい」
「気にするな」
人気の無い小さな神社。
幼い頃に菜穂と良く遊んだその場所で、彼女は先の襲撃事件についてお礼を告げる。
「でもどうして?」
そして彼女はシンプルな問いを放った。
「偶然通りかかっただけだ」
そっけなく答えた。
「信じると思う?」
「そう言われても、本当の事だからな」
俺が菜穂のために全てを犠牲にして守ろうとしていたなんて言われても困らせるだけだろう。
気持ち悪いと思って拒絶してくれるならまだしも、下手に恩など感じられたら面倒だ。
何を言われても白を切るつもりだった。
どうせ彼女には真実を知る手段など無いのだから。
「あんたが通ってた道場に行って全部聞いた、と言っても白を切れるのかな」
「…………」
おいコラじいさん。
黙ってくれるって言ってただろうが。
ナチュラルに約束破りやがって。
絶対面白がってるだろ。
「どうしたら良いのよ……」
そんなこと言われても困る。
「突然変な道場に通い出して、怪しい宗教にハマっているみたいにのめり込んで、気持ち悪いからなるべく関わらないようにしようって思って距離を取っていたのに、それが全部私のためだなんて言われて、どうしたら良いのよ!」
だからそんなこと言われても困る。
とはいえ、これは俺が招いたことだ。
俺が上手くやれていれば、菜穂に何も悟らせることが無ければ、こんな風に苦しめることなど無かっただろうに。
「気にするな、とは言えんが、別に何もしなくて良いぞ」
それこそが俺の願いだったから。
何もない日常を送って欲しいと、ただそれだけを願っていた。
「菜穂が幸せならそれで良い」
もちろん辛い事があったとしても、それが当たり前の日常の範囲での試練であるなら問題ない。
何もなかったとしても、素敵なことだ。
ただまぁ、見守る以上は幸せであったらより嬉しいなとは思っていた。
「何よそれ!」
怒らせてしまったか。
キザなセリフで誤魔化されたとでも思わせちゃったかな。
「あんたはそれで良いの?」
「どういう意味だ?」
「あんたの人生はそれで良いのって言ってるの! こんな女なんかのために中学生活全部潰して、高校も半分近く潰して、それであんたは本当に満足なの!?」
「満足だ」
間違いなく満足だと即答する。
もちろん辛い事もあった。
止めたくなる時もあった。
でもさ。
好きな人が毎日笑顔で生きていてくれるのを間近で見れたんだ、満足できないなんて言ったらバチがあたるさ。
「あんた狂ってる……」
「知ってる」
狂ってなきゃ自分の人生かけて起こらないかもしれない悲劇から誰かを守ろうなんてしないさ。
「助けられたからって好きになんてならないよ」
「知ってる。むしろ小峰先輩とさっさと付き合って幸せになれよ」
そんなことを期待なんかしていない。
むしろ中途半端に情けをかけられても辛いだけだからきっぱり忘れて欲しい。
「あんたはどうするのよ……」
「少なくとも、もう菜穂に絡むことは無いさ」
どうすべきかの未来は全く見えないし、やりたいことも思いつかないが、少なくとも菜穂と道が重なることはもう無いだろう。
「ほんと、救いようのない馬鹿ね」
知ってる。
俺は今も昔も馬鹿なんだよ。
――――――――
それからの日常はまさに平和と呼べるものだった。
菜穂も俺と接触することは無く、事件性など何もない平穏無事な毎日を送っていた。
ただ問題なのは、何もする気が起きないということだ。
燃え尽き症候群という奴なのだろうか。
てっきりすぐに別の何かに興味を持てるかと思っていたのだが、何をやってもすぐに飽きてしまう。
空っぽのままの自分。
道場に行ってもやるべきことは終わっただろうと追い出される。
学生の本分の勉強をしようと思っても、目標が無いのでやる気が出ない。
アニメや漫画に触れてみても面白いと思えない。
「俺ってここまで壊れてたんだな……」
教室内だと言うのに、思わず小声で呟いてしまった。
退屈。
いや、退屈という感覚すら出てこない程の無気力。
世界からこのまま消えて無くなるのではと思える程に『自分』が感じられない。
常にまどろみの中にいるかのような不思議な感覚は、突然の叫びに強制的に覚醒した。
「ええ! 菜穂ったら小峰先輩を振ったの!?」
菜穂の友人の声だ。
「声大きいって。それに告白されてないから振ってもいないよ」
「でも、デート断ったって」
「まぁ色々あるのよ」
「もしかして小峰先輩も二股系だったり?」
「違うと思うよ」
「じゃあ何でよ!」
「う~ん、秘密」
おいおい、あいつ小峰先輩のこと振ったのか。
あんなに小峰先輩ラブな顔してたのに、どうしたんだ。
って違うだろ。
もう俺は菜穂のことは完全に気にしないって決めただろ。
あいつの幸せを願ってはいるが、押し付けるつもりは毛頭ない。
ただのクラスメイトがワイワイ騒いでいる。
それだけのことだ。
と、思っていたのに。
「よっ」
その日の帰り道、俺は菜穂に声をかけられた。
もう二度と話しかけてくることは無いと思っていたのに、何故だ。
「あんた次の日曜暇?」
「…………」
きっと別の人と勘違いしてるんだな。
よし、スルーしよう。
「こら、無視すんな」
肩を掴まれて無理矢理歩きを止められてしまった。
「何だよ、話しかけるなよ」
「そんな冷たくしなくても良いでしょ。幼馴染じゃない」
「はぁ?」
何でこいつこんなに馴れ馴れしく話しかけて来てるんだ。
「それで日曜空いてるの?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「あんたとデートするから」
「は!?」
「あ、今の驚いた感じ、少しだけ昔の面影あるね」
そりゃあ驚きもするだろ。
俺の事なんかもう眼中にないって感じで生活してただろ!
「お前、俺のことなんか……」
「うん、好きじゃないよ」
「はぁ!?」
じゃあ何でデートなんだよ!
「だってあんた、毎日つまらなそうな顔してるじゃん。だから楽しませてあげようと思って」
「…………」
俺を楽しませる?
そんなことをして菜穂に何の得があるんだ。
好きでもなく、気まずくて関わりにくい男が相手なんだぞ。
「あんた前に言ったよね、私が幸せならそれで良いって」
ああ、確かに言った。
本気でそう思っていた。
「私もね、あんたが幸せになって欲しいなって思ったのよ」
俺が幸せに?
「だってほら、自分を助けてくれた恩人がつまらなそうにしていたら気になるじゃん?」
そんな理由でこいつは俺に関わろうとしているのか。
好きでもない男とデートしようとしているのか。
まさか小峰先輩を振ったっていうのも……
「何だよそれ!」
それじゃあまるで、俺が菜穂の幸せを邪魔しているみたいじゃないか!
「あははは、あ~おっかしい~」
「な、なんで笑ってるんだよ」
「だってさ、ほら、私と全く同じこと言うんだもん。もしかして狙った?」
同じことって、ああ、そうか。
確かに菜穂も『何よそれ』って激怒してたっけか。
「私の気持ち、少しは分かった?」
「…………」
ぞくり、と背筋に冷たい何かが走った。
菜穂の目は真剣で、そして俺の心の中の何かを見通すかのようで、震えが走った。
「あんたも苦しみなさい」
自分の人生を犠牲にしてまで相手を幸せにする。
たとえそれがその人の本望だったとしても、守られた人にとっては苦痛でしかない。
自分なんかのためにそこまでするな。
どう報いれば良いのか分からない。
菜穂は同じ気持ちを俺に味わえと言って来たのだ。
自分の人生を潰してでも俺を救うから苦しめと。
「そんな顔されるとショックなんだけど。別に私、嫌々あんたとデートするわけじゃないんだよ」
そんなはずはない。
だってこいつは俺の事を気持ち悪いと思っていたはずだ。
「あんたのこと気持ち悪いって思ってたのは変な道場に入り浸ってたからだし、その理由も分かったから今はそんなに気になってないよ」
嘘だ。
一度抱いた嫌悪感というのは、たとえ理由が分かったとしても簡単に拭い去れるものでは無い。
まだ菜穂の中には俺に対する負の感覚が残っているはずだ。
やっぱりこいつは自分の気持ちを誤魔化し……
「それに私、イケメン好きだし。知ってる? あんたって割と女子に人気あるんだよ」
「は?」
いやいや、そんな馬鹿な。
俺がイケメンだなんてあり得ないだろ。
あ、でも、そういえば菜穂の友達が『顔は良いのに』って言ってたような……
「ということでデート決定ね」
「いや待てって」
「良いじゃん良いじゃん。それにさ」
「それに?」
「お互いまだ好きじゃなくてわだかまりもあるけどさ、もし両想いになれたらどっちも幸せになるからWinWinってやつでしょ?」
「はあああああああ!?」
俺はずっと菜穂のことを近くで見守って来た。
だから彼女の事なら何でも分かると思っていた。
でもそれは思い違いだったのかもしれない。
「というわけで、私を惚れさせるように頑張ってね、英雄」
平尾 英雄。
幼い頃の愛称はヒーローを略してひろ。
まだ仲が良かった当時の呼び名を久しぶりに口にする菜穂の笑顔は、これまで見たことが無い程に美しく、俺の空っぽな心に何かが注ぎ込まれたかのように感じた。
小峰先輩「解せぬ」