第一章 プロローグ 惨劇は突然に
おおよそ全ての凡百、有象無象が生命の担保を命題に糧を貪り食らう現世において。ある程度の文明水準を築き、価値観を育て、倫理を説き、信仰などという蒙昧な「娯楽」に縋る事で多少の繁栄を得た人類は、その千年にも充たぬ微細な努力の結晶を今まさに打ち砕かれようとしていた。
「まこと下らぬな。童に殺される虫の様に、或いは足を滑らせた先の、路傍の石に頭蓋を砕かれる様に。かくも生命のこと切れる瞬間とは、実に唐突に鐘を鳴らすものである。なあ、爺」
「おっしゃる通りにございます、おぼっちゃま」
心の底からつまらないものを見たという口振りの、瀟洒な貴族然とした衣服に身を包む男児。背後に控える老執事に視線をよこすと、「爺」と呼ばれた紳士は恭しく主人の謂いを肯定した。
「まあ、おぼっちゃま!ご覧下さいこの下卑た豚の顔を…。嫌ですわ〜、首だけになってもまだだらしのない面の皮をしておりますのよこの国王とやらは」
「っは、よいよい侍女長。大方、色夢の如き心地なのであろう。どこまでも幸せな男よ」
老執事と同じく、男児の背後に控えていた女。長い黒髪を丸く結い上げ、曇りなき眼鏡の奥で眉を顰め、手ずからつまみ取った国家元首の首を罵倒する麗人。侍女服に袖を通した肢体は溢れる色香を隠しきれぬ、傾国の美女である。
ドーラー王国、その王城。謁見の大広間にて、団欒とした雑談に興じる闖入者3人に対し、残る王族、王国近衛騎士団、王宮魔術師団、官僚、教会関係者、周辺諸国外交官ら、そして「勇者」と称される若年集団達は。果たして何人たりとも言を発すること叶わず、眼前の惨劇を懸命に飲み下そうと努めていた。
結果、耳を塞ぎたくなるほどの静寂が、難破船を飲み込む海水が如く場に満ち満ちていた。
ーガラーン、ガラーン_。
鐘の音が遠くで鳴り響く。
とりあえずのお試し投稿です。
鋭意執筆中ですので暫しお待ちください、本編をお楽しみに。