一話
「うぁ…あ…ぅ…」
肺から押し出された空気が声帯を揺らす。
寒い…。脛まで埋もれる柔らかい雪、服なんか役に立たないぞと言わんばかりの冷たい風が襟の中から服の中を吹き抜ける。もう手の感覚もない。足があるのかどうかも疑わしい。ボロボロの鎧、解けた髪、赤い顔、凍った眉。
「うっ…」
また風が吹いた。雪国出身じゃない人はわからないかもしれないが雪は上から降るだけならまだいい。最も厄介なのが積もった粉雪が風に舞い上がる下からの雪なのだ。
俺は今雪が積もる城を一人で彷徨っている。このあたりは確か、厩や倉庫など建物がたくさんある三ノ丸だと思う。しかし、周りには人がいない。雪は屋根の高さまで積もっている。だから人っ子一人いない。どこを見渡しても壁も床も天井すらも真っ白な部屋に閉じ込められたような絶望さえ感じる。話し相手は自分だけ。雪は身体だけじゃなくて俺の心まで冷たく孤独にさせる。寒い。早く身を隠せる場所に行かないと。またクソみたいな雪が吹雪いてくる。吹雪いたら目の前に画用紙が貼られたみたいに何も見えなくなる。その前に少しでもまえに進みたい。理想としては天守が最適。また氷の足枷がついた足をひきづる。
正直なところここが城のどこなのか正確なことはわからない。いつもなら城を一周するのに二時間はかからない。それなのに何日もかかっているのはこの異常なほど残虐な雪のせいだ。今は8月なのに。