予言の子、捨てられてからが本番だった。
「予言の子よ。申し訳ないが予言は外れたと言わざるをえない。お前は国の役に立つ気配がない。申し訳ないが教会を出て行ってもらう」
「はい、教皇様」
「だが何も持たぬお前を放り出すだけというのも世間体が悪い。そこで、〝放置された聖域〟をお前にくれてやる」
「ありがたき幸せ」
「放置された聖域までは馬車で連れて行ってやる」
こうして予言の子だったはずの私は、神聖國の端っこにある荒れ果てた元聖域に捨てられたのです。
「ありがとうございました」
馬車を降り、連れてきてくれた人にお礼を言って放置された聖域に足を踏み入れる。
すると、荒れ果てていた聖域は息を吹き返した。雑草は枯れて、美しい花々が芽を出し成長して咲き誇る。濁りきっていた泉は美しく透き通り、隠れていた動物たちがひょっこりと顔を出した。放置された聖域は、再び聖域としての力を取り戻したのだ。大気中にも質の良い魔力が溢れて、これならお役に立てなかった神聖國にも申し訳は立つ。
「この聖域から徐々に魔力が溢れて、神聖國にまで流れるでしょうね。孤児だった私を、国のお役に立つだろうとの賢者様の予言の下拾って育ててくださった神聖國。せめてこのくらいは、お役に立てて良かった」
魔力さえあればなんだって出来るだけの、魔法の技術があるのが神聖國だ。良質な魔力が溢れて流れてくれれば、それだけで国はぐんと豊かになる。それこそ、国民が誰一人として働かなくても今までと変わらない生活ができるほどだろう。
「私はただ、この聖域から出ずに生きて暮らすだけで神聖國のお役に立てる。あとは寿命を迎えるまで穏やかな日々が続くだけ」
やっと、心に平穏が訪れる。ずっとわかっていた。自分の存在意義を。この放置された聖域に力を取り戻すための舞台装置だと。自らの寿命を聖域に捧げ…というか吸上げられ、聖域を機能させることだけが私の仕事。でも、みんなそんなことは知らない。私は国の役に立つと期待されていた。重圧だった。追放されて、これでやっと本当のお役目を果たせる。今の私は、心穏やかだ。
「カタリナ」
「貴方は…」
初めてお会いするが、一目で分かる。
「精霊王様」
「よく来たな、カタリナ。この聖域に寿命を力として捧げる役目、誠に大儀である。お前の寿命が尽きるまで、この聖域での生活を豊かにすると保証しよう」
こうして私は、本当の〝予言の子〟としての生活を始めた。
精霊王様の下での生活は本当に穏やかだ。衣食住は保証され、争いもなく、精霊たちや動物たちと遊び暮らすだけの日々。幸か不幸か、私は元々の寿命が人間にしてはかなり長いらしい。寿命を聖域に吸上げられているが、まだまだ元気だ。
「カタリナの寿命を力として捧げられているおかげで、聖域は力を取り戻し私も永い眠りから目覚めた。聖域はカタリナの力のおかげで、今後千年は安泰だ。だからこそ、聞こう。カタリナ、自由になるか?」
「寿命を捧げる役目を放棄するかということですか?」
「ああ。今ならまだ、その寿命は五十年は保つだろう。聖域のことは既に神聖國は把握しており、お前が望むなら予言の子として再び迎え入れるそうだが?」
「いやです。私は予言の子としてここで死にます」
「そうか。よく言った。ではそうしよう。…脅すような言い方をしたが、予言の子として生きてもあと三十年くらいは生きられる。聖域が復活するために必要な寿命は最初に大体吸収されたから、今後の寿命の吸収は緩やかだからな。それに、お前の最初の寿命はその役目の為か随分と長かったのもある」
なるほど、私はまだまだ役に立てるらしい。
「神聖國はどうなっていますか?」
「聖域から良質な魔力が溢れて流れ込み、それを使って魔道具を大量に稼働している。人々は魔道具のおかげで働く必要も無くなり、遊び暮らしているようだ。戦争にも備え結界用の魔道具も稼働しているから攻め込まれても領内には入られないだろう。今後千年は聖域は安泰だが、同時に神聖國もまた安泰だろう」
「よかった…」
「…お前、人間たちから捨てられたのに復讐したいとは思わないのか?」
「孤児だった私を拾って育ててくださった神聖國には感謝しかありません。捨てられたおかげでお役目も果たせましたし」
私がそう言えば、精霊王様は笑った。
「そうか。それでこそ予言の子だ。…ならば、そんなお前に私は報いよう」
「え?」
「聖域を復活させ私を目覚めさせた礼だ。何か一つ、望みを叶えてやろう」
「望みを…?」
予言の子として生きてきた私には、そんな大層なものはない。…いや、ひとつだけあった。
「では、恋をしてみたいです」
「恋か。…番になれる人間は、聖域にはいないんだが」
「ですよね…」
「…よし。仕方がないから、お前の寿命が尽きるまでの間付き合ってやろう」
「え」
精霊王は柔らかく笑った。
「私が今日から、お前の番だ」
あれから三十年。精霊王様は私に尽くしてくださった。優しく抱きしめて、まぶたや頬にキスをし、頭を撫でて。まるで本当の恋人のよう。
ただ精霊王様は決して愛を口にはしなかったし、唇への口付けはなかった。それでも私は、初めての恋に満たされた。
そして今日、私は寿命を迎える。
「カタリナ。今日も星が綺麗だな」
「はい、精霊王様」
「…カタリナ。お前に選択肢をやろう」
「なんでしょう」
「このまま予言の子として死に、新たな輪廻に乗るのもいい」
私の頭を撫でるその手は優しい。
「だが、私ならその魂が新たな輪廻に乗る前にお前を精霊に変えることが出来る。我が番として、共に永遠を生きろ」
真剣な眼差しで私を見つめる精霊王様に、私は言った。
「私はここで、予言の子として死にます」
「…そうか。残念だ。私はお前を大いに気に入っていた。有り体に言えば、好きだった」
初めての愛の言葉に、びっくりすると同時に満たされた。
「ならば、私は輪廻に乗ってもう一度貴方に会いに来ます」
「そうか。また予言の子になる道を選ぶのか」
「…また?」
「お前はいつもそうだ。毎回私を置いていっては、再び予言の子として現れて私に恋をしたいと強請る。…そんなお前を心底愛する私は、どうかしている」
まさかの事実に私は驚いて。そして、笑った。
「何度だって繰り返します。いつまでもそばにいさせてください」
「…ふん。好きにしろ」
そして私は、精霊王様の腕の中で眠りについた。
「カタリナ」
「貴方は…精霊王様」
「よく来たな、カタリナ。この聖域に寿命を力として捧げる役目、誠に大儀である。お前の寿命が尽きるまで、この聖域での生活を豊かにすると保証しよう」
こうして私は、本当の〝予言の子〟としての生活を始めた。