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人勾駅

作者: K

ついこの間の話だ。

 俺は徳島在住なんだが、その日は友達と会うために香川県に訪れてたんだ。


 遊び終わってさあ帰るかって、なった時にはもう夕暮れ時だった。

 時刻は5時ごろだったはず。


 高松駅から乗ったのは3両編成の特急だった。

 大体一時間弱くらいで徳島に着く。


 俺が乗っていたのは3両編成の先頭車両、左側の席だった。

 市街地をすぎて志度で停車したのは覚えてる。


 高徳線は何度か乗ってるからだいたいの駅と車窓は記憶していた。

 だから、トンネルに入った時に、違和感を感じた。


 こんなところにトンネルなんてあったっけ?


 アナウンスが鳴る。


「次はひとまがり〜」


 ひとまがり?

 知らない駅だった。次はオレンジタウンではなかったのか。


 トンネルを抜ける。

 突然、車内に西日が射してきた。


 眩しくて外を見ると、線路のすぐ向こうは海だった。

 防潮堤があって、その向こうに夕日が落ちていくところだった。


 おかしな話だった。少なくとも今まで高徳線に乗って、こんな間近に海を望めた記憶がなかったんだ。

 でも、その光景はとても綺麗で心奪われるようだった。


 やがて電車は止まった。

 不思議だったんだけど、新しくできた駅なのかなと思って試しに降りて見ることにしたんだ。


 駅名を見たら「人勾駅」って書かれてあってさ、俺の知らない駅だった。

 隣の駅名は、志度とオレンジタウンと書かれていた。


 こぢんまりとした駅で、伏線の両側にホームがあるという造りだ。

 それ以外は何もない。改札もなければ切符の販売所もなかった。


後ろでドアの閉まる音がして、振り返ったら乗ってきた特急が発進するところだった。

俺はホームでただ一人、残されたわけだ。


そうだ、と俺はスマホで現在地を確認しようと思った。

だけどおかしなことにスマホは電源を入れようとしても画面は黒いままで何も映らない。だから、写真も撮れなかったからこの駅にいた証拠は何も持ってない。


駅の近くには何があるんだろうと、周りを見回して見た。

ホームの一方には海が広がっていた。もう一方には小さな集落があるみたいだった。


駅の横に小さな踏切があってそこから集落へ抜けることができるようだ。


集落も駅のホームも夕陽に照らされて、茜色の様相をしていた。太陽は海にまさに没しようとしている。

ここで俺はあることに気づいた。


なぜ夕日が東に落ちていくのだろう、と。


高徳線は香川県を北西から南東へと走っている。

だから向かって左側は東になるはずだ。では、なぜ東側に夕日があるのか?


背筋が冷たくなった。


ここはどこだろう?

ようやく俺はこの状況の異質さに気づいた。

 

しかし、もう電車は発進してしまった。

だから次の電車を待つしかない。


いつ来るのだろう。

すぐ来ればいいのだが、案の定次の電車は来なかった。


何時間たったか分からない。

ホームの椅子に座り、ひたすら待っていた。


なぜか夕日はいまだに海の向こうに沈みかかったままだ。まるで時間が止まってしまったかのようだった。


元来俺はあまり人と関わることはしたくないから、避けていたが集落の人間に事情を話して助けてもらおうと思った。


それしかないと思い至ったわけだが、果たして人がいるのかさえ分からない。しかしそれ以外に方法はないのだ。


踏切を渡って、集落の入り口に来た。

細い路地が、クネクネと続いていた。その両脇に瓦屋根の古めかしい日本住宅がいくつも並んでいる。


意を決して、住宅のインターフォンを鳴らそうと思ったが、ふと路地の奥に一人の少年の姿を見つけ、俺は手を止めた。


少年は普通の格好で、Tシャツに半ズボン姿だ。今は冬だから妙に思ったが、それよりも目についたのは赤い天狗の面をつけていたことだ。

 夕日の赤も相まって血のようでそれがとても不気味だった。


 なんて話しかけたらいいのか逡巡していたら、少年の方から声をかけてきた。


「お兄さん、なんでここに来れたの?」


 俺は事情を話して、いくつか疑問をぶつけた。


 少年はフーンと相槌をうった


「本当は来ちゃいけないところなんだけど、お兄さんは運がいいね。もうすぐ電車が来るからそれに乗ればいいよ」


 はたして、遠くから電車が迫る音が聞こえてきた。

 ガタンゴトン、ガタンゴトンと。


 少年は続ける。


「でも、何もかも元どおりとはいかないかも」


 その言葉に不安も覚えたが、少年に礼を言って、俺は路地を駅に向かって走った。

 ちょうど緑のラインの入った一両編成の鈍行電車が颯爽と駅に滑り込むところだった。


 踏切を渡り、俺は夕陽に染められたホームから、電車内に乗り込んだ。


 途端に、さっきまで背後に感じていた西日の圧が消えた。


 振り返ると、さっきまでのホームと海の夕日は消え、そこにあったのは暗闇をまとった別のホームだった。名前を確かめる。


 その駅は、オレンジタウン駅だった。

 

 車内に目をやると、普段通りと変わらない。仕事帰り、学校帰りの乗客の姿があった。

 荒い息を吐く俺に目もくれず、眠っていたり、スマホを見ていたりする人々の姿に俺は安堵感を覚えた。


 どうやら帰ってこられたようだった。

 ポケットのスマホを取り出し、時間を確認する。


 午後6時。一時間ほど経っている。

 空いている座席に座り、俺はそのまま徳島駅に着いた。


 あの駅がなんだったのかは今でも分からない。

 ただ、不思議なことが一つある。


 電車に乗る前、世間ではある事件が騒がれていた。

 とても猟奇的な事件で、ニュースでは連日連夜報道されていた。


 しかし、あの駅から戻ってから俺はそのニュースを一切耳にすることがなくなった。親に聞いても、そんな事件は知らないという。


 少年の言葉が今も頭に浮かんでくる。


 もしかしたら今いる世界とあの駅に訪れる前の世界は違っていて、パラレルワールドになっているのではないかという漠然とした怖れが俺の中にある。


 これで俺の話はおしまいだ。

 あれ以来、何度か高徳線は利用したが人勾駅には一回も遭遇していない。


 全ては俺の勘違いか夢であってほしいと今も思う。



 


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