翔る星の行方と林
「でっか。え?なんかまたでかくなってない?」
林は俺の育ち切ったそれを食い入るように見つめてそう言った。
「俺のなんかこんなだよ?なんか恥ずかしいわ」
林の小さな唇が照れながらそう口にすると上目遣いで俺に笑いかけた。
「いいなー。なんかおっきくするコツとかあんの?」
林がそう言ったので俺は「まあ、毎日かわいがることかな」とそっけなく言った。だめだ、林の顔が直視できない。日曜の二人っきりの部屋で俺は必死に自分の醜い衝動を抑えていた。
「えー、別に俺だって毎日可愛がってるけどなぁ。逆にいじりすぎもよくないのかもな」
「…そんないじってんの?」
「なんか手触り良くて。気付くと触っちゃうんだよね、我慢しなきゃだめなんだろうけど」
少し不貞腐れた顔で林は俺のそれの先端をツンと指で突いた。思わず”うわっ”と声が出そうなったのを飲み込む。
「絶対に不公平だ。おんなじもののはずなのにこうもサイズ違うなんて」
横目でチラチラ見ている俺を気にせずに尚も林は俺のそれを小突いている。白く細い指先が先っぽに触れるたびに煮え立つ欲望がせりあがってくるのを感じる。ああ、どうにかなってしまいそうだ。
「俺は林のもいいと思うよ、かわいいじゃん」
「それはお前のがでっかいからそう言えるんだよ!」
咄嗟にびしっと差された林の人差し指を俺はぎゅっと握って林の大きな瞳をまっすぐ見つめた。美しい瞳はまるで深い海の底を切り取ったアクアリウムのようだった。林の指を握る俺の手の平がじっとりと汗ばんでいくのを感じた。林は不安げに俺を見上げる。
「え、何?…い、痛いよ…」
もう我慢の限界だった。自由だった左手で林の肩を押さえつけて林の逃げ場を無くすと、ぐっと顔を近づけて低く囁く。
「もっかい言って…」
「は?」
「もっかい、言って欲しい。”お前のがでっかいから”って」
顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。下の方からはもう何か飛び出しているような気もする。もういいか、もういいだろ。一人で勝手に納得して俺は林に迫りもう次の瞬間には二人の唇が重なりそうなほど近かった。世界は俺と林だけだった。
雄大な宇宙に俺と林の二人だけ。目の前を翔る星が俺の願いを叶えてくれる。生まれて来てくれてありがとう。俺はそう林の部屋の天井を見ながら思った。そう、俺は仰向けに倒れていたのだ。
さっきまで目の前を流れていた星は林が俺の顎にクリーンヒットを決めたものによるものだ。これだけは言っておく。顎は急所だから絶対に狙って殴ってはいけません。体格差を見事覆し俺を倒した王子様が呆れ顔で見下してくる。
「あのさ、お前さっきから何の話してんの?お前がくれたサボテンの話だろ」
そう、これまでの会話はすべてサボテンの話だったのだ。何の比喩でもない。本当にサボテンだ。しかし、これもすべて俺の計画通り。林に「お前のでかすぎ」と言わせるためにわざわざお揃いのサボテンを用意し、林のより大きく育つよう栄養剤を与えられるだけ与える英才教育を施したのだ。そして俺の分身のサボテンは見事期待に応え、想像をはるかに超える大きさまで育ってくれた。サボテンのプレッシャーも相当なものだっただろうが、俺の情熱がそれを上回ったのだ。
購入から3ヶ月、こうしてお披露目会で見事林から「お前のでっかいそれ」という言葉を引き出したこのサボテンは今日から俺の名誉サボテンとなった。可能であれば俺のサボテンをにぎにぎさせながら「お前のきもちい」というセリフも言わせたかったがそこまで贅沢は言えない。少なくとも今の俺を満足させてくれる成果は上げた。ありがとう、そしておめでとう。
「お前、スゲーアホだよな」
倒れてる俺に覆いかぶさり、今殴った俺の顎を少し心配そうにさすっている。
「やべ、ちょっと力入れすぎた」
わずかに赤くなった俺の顎はだんだんと熱を持ち始めたが、俺にはそれが怪我のせいなのか、林にさすられているからなのかわからなかった。これってもしかして顎クイか、キスをねだってるか。本来なら俺がリードしたいところだけど、恋は二人の流れが大事だから仕方がない。
そっと目を閉じ、頭をもたげた俺のおでこに拳を乗せた林は「何やってんだよ」と牽制した。
「チャンスかと…」
残念そうに言う俺に向かって「ねーよ!」と林は怒鳴った。そんなところも美しい。俺の理想の王子様。
明日はなんて言ってもらうかな。滾る欲望は際限なく湧き続ける。江藤元気 17歳の初夏のことだった。