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星の瞳の思う先は。  作者: 長尾藻弓
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面白いのかわからなくなってきた

さて、その日の午後、思春期も真っ只中の恋する男子生徒たちは空き教室で噂話に興じていた。

噂の人はもちろんファティマ・バクスター。クラスメイトの一人、オリバー・ライオットの父の雇用主の娘であり、銀色の髪に銀色の瞳を持つ、底抜けに明るい可憐な子爵令嬢だった。

これまでオリバーはファティマに幼少のみぎりからまるで犬のように彼女に連れ歩かれていたのだ。それがこのサマーバケーションから帰ってきた彼女の態度は大変よそよそしくなり、新学期開けて登校した日からはもはや別人に変わり果てていた。 幼なじみのオリバーとも一切目を合わせず、人格が変わったように他の男子に色目を使い始めた。


 当然のごとくうわの空になっているオリバーを見て、相当参っているのを気づかないほど仲間たちも愚かではない。そこで彼らは、彼女の変貌の原因を探るべく、普段は近づかない男子グループのおしゃべりにオリバーを引っ張り込んだのだった。

男子グループの方も他でもないバクスター家使用人が来てくれるなら、とよろこんでこれを迎えてくれた。オリバーはそのグリーンの瞳を、思春期の少年がするバカにしたような作り笑いの中に埋もれさせつつも、どきどきしながらこのおしゃべりを聞いていた。


「最初はさ、なんか男子のことじっと見てることが多いな、くらいの違和感だったらしいんだよな」


でもさあ、前はこれまで男子と無駄に話なんかしませんみたいな雰囲気だったよな、と誰かが首をかしげ一同は頷いた。オリバーの後ろに隠れて、な。と視線がオリバーに集まる。どちらかというと俺が引き回されていた方なんだけど、とオリバーは頭をぽりぽり掻く。

で、誰がじっと見られてたか自覚症状を聞いていったワケ。ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

「そしたらさ、どうやら黒っぽい瞳の男子に限ってるっぽいんだよ」

「つまりバクスター嬢は黒っぽい目の奴がお好みってこと?」

この国では濃いブラウン系の瞳を持つ者が少なくない。男子生徒たちはそれぞれ、互いの瞳を覗き込んでは感嘆の声を上げた。オリバーの周囲の数人も顔を覗き込んでくる。オリバーは濃いグリーンの瞳をぱちぱちさせて、彼らの視線を甘んじて受け止めた。

「やーい、ほうれん草みたいな色~」

「好みじゃないってんなら仕方ない。手に入らないことを惜しむ権利すら与えられないなんてマジで可哀想」

「たぶん、同じ屋根の下で暮らしてることで運を使い果たしたんだな」

揶揄う男子らの一方で、落ち込むなよ、俺はその色いいと思ってるぜ、と慰める仲間の男子たちに小突かれて、オリバーは濃淡さまざまなブラウンの瞳たちをちらりと見遣った。その余裕になんだかむかついたが、あははと笑って返す。

好みじゃない、か。なぜ自分じゃない?という疑問がぐるぐると巡り頭の芯が冷えるような感覚の中で、核心を突かれた衝撃とそんなことはないと否定したい気持ちが交錯する。うまく苦笑いは出来ているだろうか。たぶん、恨めしそうな何とも言えない顔になっている気がするが。

「確かにファティマ嬢は社交界デビューも早かったし、そろそろ結婚相手を探し始めたのかもしれないけど、どうせアプローチかけるにしても貴族家ばっかだろ」

「いやそれが、身分全然関係なし。俺なんか図書室で本を読んでて、ふと目を上げたらファティマ嬢がこっち見てたんだって」

その力強い『全然』に一斉に場が色めき立ち、いよいよ貴族家にも自由恋愛の時代来たか〜!とおどけた笑いが上がる。あの微笑みをこれまでオリバーくんが独り占めしてたってんのも罪深いよな、としみじみとつぶやく声も聞こえる。

じゃあさ、と誰かが声を上げてオリバーの方を見た。ドキリと心臓が跳ねる。

「オリバーお前、ファティマちゃん家の専属料理人の子供なんだろ? 俺のことファティマちゃんに紹介してくれよ~」

あははは、お前攻めすぎ、というやり取りに下品な響きを感じてしまうのは考えすぎだろうか。それらは実感なくオリバーの耳に入り込んできて、何というか自分たちの仲間にはないものだなあとどこか遠くに感じられた。だいたい、ファティマ“ちゃん”って馴れ馴れしすぎないか。そりゃあ子爵は貴族階級の下の方だけど、お前らなんかよりもよほど身分が上だぞ。

オリバーの頭の芯はとっくに感覚がなくなって、目の前はチカチカしていた。絶対に言われると思ってはいたが、戯言として冷静に対処できると思っていた。こんなに戸惑うなんて、と予想外な反応を示す自分に半ば驚く。別に貴族家専属料理人の子供だからって、俺は24時間365日お屋敷に住みこみしているわけではないし、いやまあしていると言えばしているけれど。面識だって当然。あるけども。でも絶対に、お断りだ。オリバーはからからに乾いた喉から震えた声を絞り出して、わざとらしくおどける。

「いやいや、お前ら、これまで『ファティマちゃんマジ高嶺の花だよな〜』って言ってなかった?何やる気になってんだよ?」

「俺らにもチャンス回ってきたかなと思ってさ~」

何があのファティマ嬢をそんなに変えちまったんだかね。男子生徒たちのニヤニヤ笑いが次第に下衆な笑みに変化していく。

「ファティマはやめとけよ、そもそもたとえ向こうが良くても、やっぱり貴族と平民の俺らとは身分の差がありすぎる」


あれぇ?オリバーくん怒らせちゃった?という声でハッとした。いつの間にか口から本音が零れていたようだ。 仲間たちの心配そうな顔が目に入って、何とか笑顔を作る。なんかえらくガチだな、と口をとがらせた男子たちに「だからさ……妥協して俺にしとけば!?」と茶化して会話を終えた。

目の前の渇望するものが永遠に手に入らないことが分かったとき、人間は絶望を通り越して安心してしまうのだ、と思った。



 疲れた顔のオリバーが修行、もといアルバイトから戻る頃には、厨房はとっくに静けさを取り戻している。薄暗い調理台で賄いをひとりで口に運んでいると、入口からひょっこりと顔を出した人影。オリバーは思わずびくりと肩をふるわせてしまう。

銀色の髪に銀色の瞳、ファティマ・バクスターそのひとである。寝間着に上着を羽織っただけという簡単な恰好のファティマは恥ずかしがるでもなく「おかえんなさい」と言った。

「た、ただいま戻りました」

以前なら、こんな時間に夜食なんて自慢の美貌に障るぞ、と軽くからかってはぽこぽこ殴られたりするのが常だったのだが。オリバーの胸には昼間の男子たちの噂話が石のように蹲っている。

そういえば、面と向かってしっかりと話をするのはサマーバケーション前以来かもしれない。とはいえ、こんなものはただの挨拶でしかないし、最近の態度や噂の真相についてだって聞きたいことはたくさんあった。しかし、真意を問う言葉は、胸の中の石に阻まれて出てくることが出来ないでいた。

ファティマはそんなオリバーの様子を見ても不思議そうな顔をするわけでもなく、大きな業務用の冷蔵庫を漁りながら「今日もバイト行ってきたの」と尋ねるでもない様子でこぼした。

「あ、うん。じゃなくて、はい」

ふうん、とファティマ。自分で聞いたくせに心底興味がなさそうである。

あ、と何かを食べたらしい口元を拭いながら、顔を上げてこちらを見る。星の双眸がオリバーをとらえ、銀色の髪がさらさらと流れ落ちて、思わず目を奪われてしまう。

通学、自転車がキツければ車を出してくれるようにお願いするけど。

ほんとうにどうでもいい話題に、うっとりしていたオリバーはキツネにつままれたような気持ちになった。

「最近はお母さんみたいにアレコレ言わないのね」

え、と聞き返すとファティマは少し微笑んでおやすみの言葉だけを残して去っていった。まるでおかしいのはオリバーの方だと言わんばかりのその態度に、オリバーの苦悩はまた深まるばかりであった。

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