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最強VS最弱

 討伐へと向かう足取りは重く、まるでスイミングの帰りのようにだるく地を擦る。おかしくなってしまった受付嬢は頭の片隅に残り続け、討伐を終えれば再び顔を合わせることも余計に気が滅入った。


 とはいえ、この場で依頼を投げ出せば、それはギルドを裏切るということにもなりうる。あまりにも悪意が過ぎると、永久追放という措置も取られかねない。やらざる負えないならば、なるべく心を無にして手っ取り早く済ますことに決める。


 ゴブリンは森の中に生息する。それがウェアの職員が定める生態だ。見た目は醜悪に違いないが、しかしDランクに該当する魔物であって、大した強さは持っていない。倒すことは無論、見つけることだってSランクの俺からすれば造作もないこと。


 使うものは魔法ではなく、スキルという能力だ。探知のスキルを用いることで、まるでサーモグラフィのように熱量を感知できる。これで無駄な探索は省かれて、効率よく仕留めることができる訳だ。


「見ぃつけた!」


 早速、獲物の一匹がスキルの探知網に引っ掛かる。野生の感覚より優れたスキルなのだから、相手は未だこちらの気配に気付いていない。そして仮に近付こうともゴブリンは気付けない。なぜならこちとら最強で、スキルは完全搭載されている。気配を見つけることもできれば、逆に隠すことだって容易なことだ。


 次に仕留める方法だが、魔法はあまり推奨されない。それは通説としての攻略ではなく、この俺に限った話だ。例え下位の呪文だろうが、カンストした魔力はゴブリンの肉体を跡形もなく消し去ってしまう。討伐の証明を失えば、せっかくの狩りも無駄骨に。だから俺は足で近付き、拳でもってゴブリンを仕留める。しかしこちらも同様、カンストした力の全力を出す訳にはいかない。

 

 よって背後から手刀で沈める。手刀を選ぶのに理由はなく、単に証を破壊せず、かっこいいからという理由だけだ。そんな幼稚な考えで、此度のゴブリンもあっけなく倒れる。これにて一丁上がりとし、その後は鬱な証拠の回収。


 あぁ、早くゴブリン以外を相手取りたい。全力を出せるような強敵と、早く戦ってみたいのだと、そんな思いに耽りながら袋を漁って、採取用のナイフはどこだっけと気が逸れる。


 ふと、辺りが暗くなった――ような気がした。


「あれ? こんなに暗かったっけか」


 ゴブリンの生息地は森であり、基本的に薄暗い。しかし木漏れ日は常に射しているし、だとしたら雲が陽を隠したのかなって、何の気なしに面を上げてみると――


 歯を剝き出し、血走る眼のゴブリンが、頭上から俺を見下ろしていた。


「うぎゃああああああ!」


 腰が抜けて、尻もち着いて悲鳴を上げる。ゴブリン相手に情けないが、醜い顔がいきなり目の前に現れれば、誰だって肝を冷やしもするだろう。


 四つん這いで逃げ出して、距離を置いて対峙する。


「び、びびび、ビビらせやがって……」


 じりじりとにじり寄るその姿は、さもホラー映画のゾンビそのもの。薄気味悪いが、しかしここから先は強さだけが意味を為す。いかに醜悪な顔付きでも、力の差は覆せない。


 恐らく加減を見誤り、偶然生き残ってしまったに違いない。だから次は少々強めに、二度と起き上がれぬよう力を込めて、拳をゴブリンの胴へと突き刺した。


 後には突き出した俺の拳が残るのみ。では殴り飛ばしたゴブリンはというと、拳筋真っすぐの大木へと叩きつけられ、落ちる木の葉に埋もれていた。


「やっちゃった……かも……」


 この呟き、誰しも共感してくれると思う。これをやり過ぎと思わない奴には、良い病院を紹介してやる。死んでいるのは確実だとして、果たして頭は残ってるだろうか。木の葉に埋まるゴブリンは、その身を全て隠している。


 だからわざわざ近付いて、姿を確認する必要がある。ざくざくと落ち葉を払い除けると、次第に亡骸が見えてきて、それは必要としているゴブリンの頭部だった。


「ふう、なんとか頭は無事だったようだな。証が取れれば大いに結構」


 どうせ胴体は残っちゃいない。だから頭を掴んで、落ち葉の中から引き摺り出す。そして取り出したゴブリンの首には、肩が繋がり、腕が残り、胸を晒せば、はらわたはちゃんと体の内に収まっている。


 いやさ、思い出したくもない過去だけども。今の俺の拳の威力は、トラックの激突と変わりないじゃん。それを生身に受ければ、体なんてぺしゃんこになる訳で――


 だとしたら何故、ゴブリンの肉体が残っているのか。ズタボロになっていれば少しは理解できるのだが、見たところ傷の一つも見当たらない。それは絶対にありえなくて、予想外が起きれば戸惑う訳で、思考は完全に停止してしまった。


 ゴブリンの目が開かれる。それでも依然として頭は回らず、危険を感じた本能が理性に代わって、後ずさりをしはじめた。


「お前……ゴブリンじゃ……最弱のモンスターじゃないのかよ……」


 ゴブリンは最弱の種とされるが、しかし人間に例えたらどうだろう。現実の人間の中にだって、陰キャな俺みたいな奴もいれば、屈強な格闘家だっている訳だ。同じ人類でも力の差は歴然で、だったらゴブリンにも個体差があるのかもしれない。レベルの概念があるのなら、もしかしらたらこの個体は高レベルのそれなのだろうか。


 俺には相手の情報を調べるスキルも存在する。レベルだろうか種族だろうが、能力値の詳細まで網羅できる逸品だ。早速そのスキルを利用して、ゴブリンの秘密を暴くことにする。


『種族:ゴブリン種』

『名称:ゴブリン』

『レベル:3』


 ここまでは特に異常なし。あのレベルの打撃を喰らって生き残るのだから、そういう意味では異常だとも言えるけれど。


 特に高レベルの個体でもなく、亜種という訳でもない。だとしたら能力値だけが異常に高いのか、もしくは何かしらのスキルを得た個体なのか。


『スキル:無し』

『魔法:無し』

『耐性:無し』


 これも悉く無しが並ぶ。残るところは能力値だけれど、レベルはたったの三なのだ。その数値など推して知れるが、果たして結果はいかなるものか。


『力:7』

『防御:5』

『素早さ:4』

『魔力:0』


 やはり紛れもない雑魚だ。カンストするには程遠い、レベル相応かそれ以下の能力値。そんなゴブリンが何故、俺の攻撃を耐えることができて——


『HP:8E9$3ィ7%22』


 …………疲れ目か? 最近は嫌におかしな現象を目にしてきたからな。目を擦ってもう一度、体力の項目を凝らして見る。


『HP:44R7ァ1$$4%』


 さっきの数値と違うし。これって完璧、バグってるよね。


 このゴブリンは紛れもなく雑魚である。打撃をもらっても傷付くことはないし、魔法もスキルも持たない以上、俺が負けるなんてことはありえない。しかし同時に……勝つことは? このバグった体力を削り切ることができるのか。


 分からない、分からないけど逃げられない。最弱相手に逃げるだなんて、最強にあるまじき行いだ。だとしたら不本意だが、持ち得る全力をもってして、最弱であるゴブリンを相手にするまでだ。

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