表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/67

失恋は突然に

 目覚めを迎えるのは見慣れぬ宿の天井だ――って、未だこの世界には、俺の見慣れたものなど何一つない。自分の顔にだって未だ違和感を感じるくらいだ。これから段々と馴染んでいくのだろうが、しかし自宅の屋根に限ってそれはない。なんとか脱することはできたものの、二度と立ち寄らない方がいいだろう。


 自宅をなくした以上は、これからの宿泊は宿に頼らざる負えず、それなりの資金が必要になってくる。おまけに昨日は閉じ込められて、何もしないままに一日を終えてしまった。今日こそはしっかりとお金を稼がなければならない。鬱な心に気合いを入れて、そして宿を発つ間際のこと、愛らしい宿娘が笑顔で俺を見送ってくれる。


「有難うございました! どうかお気を付けていってらっしゃいませ」


 引き締めたはずの顔がだらしなく緩んでしまう。やはり美人に見送られるのはいいもので、そして今日はギルドにも行ける。つまりはあの、ぼいんぼいんな受付嬢もいる訳で、デュフフとふしだらな笑いが込み上げるが、残念ながらいるかどうかは定かではない。彼女にもきっと休みはあるし、必ずしも受付だけの仕事とは限らない。いてくれれば嬉しいが、今の俺は不幸に塗れて、なんだか嫌な予感がしてしまう。


 だが実際にギルドを訪れてみれば、そんな心配は杞憂であり、受付嬢は相も変わらず明るい笑顔を振り撒いていた。続け様に美女を見れたことで、憂いた気分にも晴れ間を見せる。そんな浮ついた調子でもって、元気いっぱい爽やかに、キザだなんて口が裂けても言えない声量で、受付嬢に挨拶を投げ掛けた。


「おはよぉおおお!」

「おハよォォォごゼェェマアあア、あ、アア、あ……ス」


 瞬間、俺の身体は凍りついた。 


「クろォォォすサん? 昨日はイラっしゃいませせせせせせんシたけド、どうシまシたかぁぁぁ、あ、あ、あ、あ」


 特徴だとか、愛嬌だとか、風邪とか喉が潰れたとか、もはやそのような次元など、優に超越した異質の怪声。


「イけなイッ! 依頼ノじゅチュうでシたねん。ごぶリリん討伐があリマすけどどど、いカガでショぉぉぉぉ…………カッ! かかか」


 何を言わんとしているか、それはかろうじて判断できる。ゴブリン討伐はいかがでしょうかと、そう言っているに違いない。言葉の節々に喘ぎ声が混ざるが、色気なんてものは欠片もなく、機械音染みた声質は、薄気味悪いというのが本音のところ。


「と、とりあえず、その依頼にしとこうかな……」

「かしこ……かシこ……かシこまシた…………ひひ」


 声だけを聞けば不気味なのだが、見た目はそのまま普段の通り。胸元は深き谷間を露わにしているし、愛らしく咲かせる微笑みは前に見たものと変わらない。変わらないのだが、それがかえって恐怖を煽って、異常な様子を際立たせる。


 麗しきギルドの受付嬢。転生後の俺を迎えてくれた、異世界で最初のアイドルだった。きっとここから仲良くなって、沢山のお喋りを交わしていって、次第に絆を深め合い、そうしていずれは、俺の傍にいてくれたら、なんて――


 そんなのは端から幻想で、告白することも、振られることもないままに、今この瞬間に恋心は、音を立てて崩れ去った。もはや関わりをもつこと自体が不吉であり、最低限のやり取りを交わした後に、足早にその場を去ったのだった。


「イイ……イッて、らっシゃい……ま死……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ