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機転と落ち度

「遅い、遅すぎる……」


 俺が送ったメッセージは単なる質問じゃないんだぞ。命に関わる救難信号であり、しかも俺はチケット当選の選ばれし者。個人の支払いを遥か上回る、大衆の出資の下に生まれたのだ。それが無下にされるなんてことはあるはずない。


 そう思って、俺はとっくに食料を口にしてしまった。すぐに助けてくれるだろうと、荷物袋に残る僅かな食糧、それを安易に全て食べてしまった。それから既に数時間、いや、十数時間は経ったかもしれない。再びの空腹が今、俺の腹を鳴らしている。


「俺は、とんだ馬鹿野郎だ……」


 自分が特別だなんて自惚れて、分かっていたじゃないか。いつだって大事にされるのは上流階級の人間だ。政治の無駄金だって、それは俺らの税金なんだと、声を大にして叫んだところで、全額を個人が出した訳じゃない。所詮その一人が消えたところで、政界にダメージなんてまるでなくて、それより大事なのは個人の金持ちや企業の方だ。総じてみれば国民の税金が打ち勝つが、意見をできるのは金持ちだけ。


 運しか持たない俺の言葉なんて、聞く耳持つ奴は誰もいない。人脈が広い訳でもないし、成功のノウハウだって何も知らない。そんな俺自身でさえも、ウェアの説明を疎かにして、今まさに食料の全てを食べてしまい、駄目な奴だと呆れかえる。豪運だけを高々と掲げて、この世界の暮らしを舐めきって、最強の癖に迎える死因は餓死ときた。なんとも馬鹿げて下らない、前の人生と何一つ変わっちゃいない。


 こんな俺には何もない。運も尽きてしまった以上、奇跡も魔法も起こることは――


「って、魔法……そうだ、俺は魔法が使えるじゃないか!」


 念じた開いた画面の先には、ずらりと魔法の一覧が並ぶ。今は中二心をぶり返す、かっこいい魔法の名称を気に留める暇もなく、それより何より、効果の項目欄に目を走らせる。


「転移魔法——これは駄目か。行ったことのある町はここだけで、移動できるは場所は他にない」


 しかしニュアンスはとても近い、そしてきっとあるはずだ。瞬間的に移動する魔法には、町を移動するものだけでなく、建物や洞窟といったダンジョンから脱するタイプの魔法があるはず。


「帰還魔法――これだ! これしかない!」


 果たして自宅がダンジョンと見なされるかは微妙なところだ。しかし他に手はなくて、だとしたら試すほかないだろう。一縷の望みを懸けて唱えると、目の前がぼやけて暗転するのが帰還魔法の定番だが、こう暗くてはエフェクトも確認できない。


 固く瞳を瞑っては、神に祈りを捧げることしか俺にはできない。そして暫くの後、恐る恐る瞼を開いて見れば――


「た、助かった。助かったよぉぉぉ……」


 目に飛び込むのは月明かりだった。薄暗いが、しかし今の俺にとっては輝ける、眩しい月明かりがラシーニアの街並みを照らしている。ほっと一息、これにて脱出手段を見つけた訳だが、かといって二度と部屋に戻ることはしたくない。一部の荷物は置いてきてしまったが、背に腹は代えられない。そして荷物袋だけは持ってきたのだから、早々にこの家とはおさらばを決める。


 とぼとぼと、宿を求めて町を彷徨う。宿屋の場所も知らないのだから、それなりに歩き回って、ようやくそれらしき灯りを見つけることができた。屋内はじんわりと暖かいが、それは気温のせいだけでなく、安堵から訪れた温もりなのだろう。


「いらっしゃいませ、遅くにようこそ」


 一つに結った黒髪に、ほがらかな笑顔を見せる女性。垂れる(まなじり)は穏やかで、やつれた今の俺の心境、こういう人柄が心に沁みる。


「家のドアが壊れてしまって、お手上げの状態なんだ」


 扉がバグったなどとは言えないし、とりあえずは適当に誤魔化すことにしよう。


「それはお気の毒に、扉や壁を壊す訳には参りませんものね」

「あ――」


 方法は魔法しかないと、勝手にそう断じてしまったが、言われればその選択肢もあった訳だ。バグった扉や窓はともかくとして、壁は試す価値はあったかもしれない。いやはや、ひとえに最強といっても機転が利くようになる訳ではない。これでは宝の持ち腐れもいいところだ。


「どうかしまして?」

「いや、なんでもないんだ。とりあえず、どこでもいいから部屋を一つ」

「かしこまりました」


 突然の訪問であったが、宿賃は手頃で財布に優しい。支払いを終えて、宿娘に部屋へと案内されるが、その装いは北欧的な民族衣装。隙なくその身を包んでいるが、腰を巻く布地は体のラインを浮き彫りに。想像に駆られる艶やかは、それはそれで良いものだが、少々いまは消沈気味だし、妙な発言は控えることに。


 木の香りがうっすらと漂う、素朴な客室が今夜の宿だ。小さなベッドに腰を落とし、そのまま体を横にする。考え事は色々あったが、すぐに眠気が押し寄せて、でも次こそは安眠できるはずだと、抗うことなく身を任せたのだった。

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