誤解
エステルが掌をかざすと、無数の火炎弾が放たれる。
「ほらほらほらぁあああ!」
丁寧な口調から一転し、エステルの猛攻は熾烈を極める。紅蓮の髪色が示す通り、彼の得意とするものは火炎魔法なのかもしれない。しかしそれ以上に厄介なものを、エステルは火炎と共に織り交ぜてきた。
「魔炎に空気を送り込む風魔法。攻撃に使えるものではありませんでしたが、それがこうも有効打になるとはね」
嵐のような強風が谷に吹き荒ぶ。目に見える火炎弾より危険なのはそちらの方で、たった一枚の布が大きく揺さぶられる。
ダメージは皆無だが、落ちればそれでジ・エンド。火炎に強風に、すかさず俺は魔力の壁を張り巡らせた。
「これなら炎も風も遮断できるが……」
「お気付きのようですね。風魔法だなんて、本来は攻撃に使える代物ではありません。しかし魔力消費はとても少ない。魔障壁とは比べ物にならないほどにね」
俺たちはいかに弱小魔法といえど、全てを防がなければならない。布一枚の上では避けることなど当然できず、真正面から防ぎきらざる負えない。
そしてルイは魔道具から手を離す訳にはいかず、サンは空中戦では手が出せない。これまでの四天王は頼れる仲間が打ち勝ったが、エステルと戦えるのは俺しかいない。
魔障壁は攻撃魔法との両立ができないという弱点があり、このままではジリ貧だ。しかしそれはあくまで、二重で魔法が使えないというだけの話。
懐から採取用のナイフを取り出すと振りかぶり、全力をもってエステルに投げつける。
「何っ!?」
瞬間だけ魔障壁を解除して、ナイフを障壁の外側へと運んでいく。吹き込む猛烈な強風にサンとルイは必死に絨毯にしがみつく。
しかし俺はエステルから目を逸らさない。カンストの力での投擲は強風すらも引き裂いて、エステル目掛けて真っすぐに飛んでいくが――
目先僅かのところで上体を逸らし、赤髪を掠るようにナイフは彼方へと飛んでいった。
「あ……危なかった……ただの投擲がなんという威力だ」
「おいおい、魔法がお留守になってるぜ」
ナイフの投擲は躱されることが前提で、風の止んだその隙に逆襲の魔法を唱える。過去にはゴブリン一匹を殺すこともできなかった、最大最強の光の魔法を。
天から降り注ぐ光の矢、メテオール。最大魔力でこれを放てば、例え俺が受けても死ぬかもしれない。そんな必殺の矢の束が谷底へ向かって降り注ぐ。
「こ、これは伝説の……」
「躱せるもんなら躱してみやがれ!」
エステルは咄嗟に火炎魔法を空に放つが、光の矢は炎を易々と貫き、エステルを目掛けて落下する。例えエステルの魔力が俺と同じ最大でも、魔法の質が違うのだ。魔障壁さえ貫く光の矢を防ぐ方法はなく、躱すことでしか対処はできない。
最初の光の矢がエステルの身に迫り、体を捩ってそれを躱す。しかし立て続けに二本目三本目。これを躱せと言われたら、地上の俺でも難しいかもしれない。
二本目を誘導し身体をずらし、しかし三・四・五の矢が降りかかり、宙を旋回して相殺させると――あれ……あれあれ……もしかして……
巧みな体動作ですり抜けて、縦横無尽に宙に動く。地上では躱すのは難しいとしたが、かえって空中であることが、地面に直撃した際の爆風の被害も軽減する。外れた光の矢は、ただただ闇へと消えるのみ。
「そんな馬鹿な……」
こんなことって、例え空が飛べても俺には真似できない。素早さ最大の俺をして、さらに見極める技術が必要だから。後者は歴戦のエステルなら持ち得るかもしれないが、しかし素早さは……
エステルは能力値を魔力に注いだと言っていたが、まさかブラフだったのか? ならば魔力切れも期待できるが、改めて覗いた数値を見て、その考えは改めさせられることになる。
「魔力も素早さも……カンストしてるじゃねえか」
四天王なのだから実力は均衡しているはず。という思い込みをしていたが、エステルは四天王の中でも別格で、全ての能力値を注ぎこめば、二つの能力値をカンストにすることができたということ。
全ての矢を躱し切り、エステルの顔には冷や汗とともに自信に満ちた笑みが零れる。
「かなり肝を冷やしましたが……これがあなたの最大なら、やはりこの勝負は私の勝ちですね」




