地の利
いつもと変わらぬ夜明けの陽射し。しかし俺たちにとっては運命の日。今日には魔王の城へと辿り着き、そして魔王と戦い、冒険の書はそれで完結を迎える。
だが終わらない、終わらせてなるものか。明日からの冒険は、またいつか――
日が暮れる頃には遠目に魔王城が見えてくる。それはまさしくステレオタイプの、岩肌の上に建つ漆黒の居城。行く手を遮るのは無限の谷で、これが俺たちを悩ませた難関だった。
試しに石を投げてみるも、いつまでも反響音は聞こえてこない。きっと谷に底なんてものはなくて、真に黄泉へと続く谷なのかもしれない。
だが今の俺たちには攻略する手段がある。なんでもない絨毯を広げて上に立ち、掌をかざすルイが魔力を込めると、浮遊石の力が布に伝わる。
絨毯はふわりと浮かび上がり、あとは風魔法の推進力を使って前へと進む。落ちればそれでジ・エンド。速すぎず遅すぎず、巨大な谷を渡っていく。
「海も底知れない恐ろしさがあるけど……これはそれ以上だな。真っ暗な谷底を見てると吞まれてしまいそうだ」
「こればかりは私も恐怖を感じるよ。高所が怖いからとかどうとか、そんな問題じゃないだろうね」
なるべく下は見ないように慎重に進んでいき、中間地点に差し掛かるところで、向こう岸からは一つの影が現れた。
それは次第に大きくなって、一直線にこちらに向かっている。つまりは俺たちを狙う敵ということ。
「あれは……」
遠目にも目立つ紅蓮の髪色。騎士の姿のその者は、以前にはない両翼を羽ばたかせていて、まるで天の使者の様相だった。
「そろそろ訪れる頃合いと思ってましたよ」
「お前は確か四天王の――」
「エステルです。以後、お見知りおきは必要ないですかね」
四天王最後の一人であるエステル。どうやら一人で来たようだが、有利かと言われれば足場は圧倒的にこちらが不利だ。自前の翼を持つエステルはそれを知ってか、嫌らしいしたり顔を浮かべている。
「まさか空を飛べたなんてな」
「いいえ、飛べませんよ。この翼は古に作られた空を飛ぶ魔道具なのです」
これがサンの昔話にもあった、魔王に献上されたという魔道具か。魔道具本来の出力はこちらが上回るのだろうが、しかしエステルのは個に適している。一長一短であり、翼の魔道具は戦いに向いている。
「ここへ来るには宙を浮いてくるしかないと睨んでました。しかし問題は何で来るかでしたが、まさかそんな陳腐な絨毯で来るとはね」
「できるなら飛行船でも飛ばしたかったさ。しかしこちらにも都合があってね」
息を漏れ出すエステルは、既に勝ち誇ったかのように嘲て見下す。
「私はね、この時を待っていたのです。エウレタンは不意を突き、ネイロンとアリルは策を練り、そして私は地の利を使います。せっかくのあなたの素早さも空中では十分に生かせません。腕力は届かず、そして防御すらも意味を為さない。なぜなら如何なる治療行為も、無限の谷からは救えないのですから」
谷底への落下。これもある意味即死だが、しかし即死耐性を貫いてしまう。そもそもこれは即死の効果ではなく、永遠の落下が真実だ。死と同義という意味でのリタイアなのであって、耐性などは全くもって意味を為さない。
「その薄っぺらい絨毯の上でならともかく、転移魔法でも逃げられませんよ。あれは地に紋を描いて発動する、そういうタイプの魔法ですから。一度落下してしまえば這い上がる術はありません」
「ちっ、よく分かってるじゃないか」
「素早さも防御も関係なく、おまけに力も届かない。となれば残るは魔力のみで、そして私の魔力はこの通り、制約の腕輪で最大だ。もはや能力に優劣はないんですよ」
たった一つの地形だけで、能力を互角以上にしてしまう。いかなる時代も地の利というのは油断ならない戦術の一つ。果たして俺に勝つ術は――




