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魔道具精製

 俺の目から見るエスヴァプは森でありフィールドだが、内部的には町の中に訪れていて、移動先として選ぶことができる。


 戻って来た先の景色は変わらず木々が生い茂るが、受付嬢はというと――


「すごぉい! 魔法都市だなんて、本の中だけのものだと思ってましたぁ。幻想的で、とぉっても素敵!」

「はは、俺には全然分からないけどね」

「まったくぅ……これだから男の人はぁ」

「そういう意味じゃ、ないんだけどね」


 不思議そうにする受付嬢はさておいて、行く先はコットンの待つ家だ。前を行くサンは足を止めると、おもむろに宙を叩く。


「はぁい」


 何もない空間から突如コットンが現れて、先のがノックだったのだと理解した。


「そちらの方が例の?」

「ああそうだ。この子が賢者の石に代わる、無限の魔力を持つ者だ」


 すると右脇から鼓膜が破れる程の大声が張り上がった。 


「む、無限んんん!? そんなことぉ、ある訳ないじゃないですかぁあああ!」


 一番の驚きを見せるのは当の本人である受付嬢。それを見てコットンの眉尻はやにわに吊り上がった。


「ちょっと……本当に大丈夫なんでしょうね? 人の犠牲なんて後味悪いわ」

「そこは安心してくれよ。だけど、まるでコットンがやるような言い種だな」


 冗談のつもりだったのだけれど、コットンはむすっと頬を膨らませ――


「私で悪かったわね」

「え?」

「魔道具を作れるのはこの私よ。今では唯一の精製者」

「ま、まじ……? だったらはじめからそう言えば……」

「言う訳ないでしょ。拉致られたら堪ったもんじゃないもの」


 言われれば確かに、軽々しく口にできることではなかったか。


「ちょちょ……その前にぃ、人の犠牲ってどういうことぉ?」

「それなら大丈夫、君ならきっとやり遂げられるよ」

「少しでも異変を感じたら、すぐに止めるから安心してね」

「え? え?」


 困惑する受付嬢を座らせて、いざ魔力吸引の時。バグった数値でなければ意味がなく、ルイは一度手を離す。すると受付嬢は再び絵の具をひっくり返したような色彩に戻った。


「サン、悪いが翻訳は頼んだ」

「任せておけ」


 吸引の道具は管のように長いもので、かまどから伸びる筒の先端が受付嬢に取り付けられる。バグっているので何が何やら、俺の目にはどこに繋がっているのかも分からない。


「h¥%」


「何て言ってるんだ?」

「いやん、だってさ」

「…………」


 まるでモザイクのように見えてきて、目を細めてもぼやける接合部がはっきりしない。謎は深まるばかりだ。


「はじめるわよ」


 吸引器具がうっすらと光を帯びるが、十秒が経過したところで早くも容態を尋ねるコットン。


「どう? 常人なら既に辛いはず。全力疾走を続けるようなものなのだから」

「d&np=&r」


「何だって?」

「大丈夫ぅ、とのことだ」


 一分経つと呼吸音が激しくなる。しかし息を乱しているのは受付嬢ではなくコットンの方。


「はぁ……信じられない……()を上げてもいいのよ?」

「rq#?」


「何だって?」

「何の()? だとさ」


 五分が経つとコットンの心配は次第に疑問に移り変わる。


「もう死んでも可笑しくないのに……一体どういう仕組みなの……」

「t(>%qrm#zz!?」


「何だって?」

「死ぬってどういうこと? って言ってる。私が説明しておくよ」


 一時間の時を回る頃には、思考は完全に停止していた。


「あはは……」

「www」


「何だって?」

「草が生えたみたいだな」


 そうして三時間の時を経て、遂に魔道具は完成の時を迎える。


「空を飛べるものをお願いしたけど、コットンは何を作ってくれたんだ?」

「浮遊石ね。魔力を込めると飛べる石。けれど三時間も掛けて精製したから、その力は特異なものだわ。膨大な魔力を注入すれば、船を浮かせることもできるわね」

「そりゃ凄いな。魔導船も空を浮かぶことまではできないだろうし、魔道具の中でもレベルが違うみたいで――」


 感心しているところに、ずずいと割り込む奇妙な塊。慌ててルイが手で掴むと、受付嬢の姿が浮かび上がった。


「ちょっとちょっとぉ、勝手に盛り上がっちゃってますけどぉ、なんだか私のお陰みたいじゃないですかぁ! 他に何か言うことがあるんじゃないですかぁ?」

「悪い悪い。ありがとな、受付嬢さん」

「私ぃ、アンジュエラって名前があるんですぅ」

「アンジュエラ、ありがとう」

「よろしい」


 ふふんと鼻を鳴らし満足げなアンジュエラ。そうして出来た浮遊石を取り出す作業に移る。重々しい鉄の扉に閉ざされたかまどは、言ってしまえばピザのかまどと似たような造りだ。


 コットンが扉を開く先には、空も飛べる魔道具が出来上がっていて――


「げっ……」

「あっ……」


 かまどの中の賜物はモザイクが掛かったようにぼけやけていて、手を伸ばすコットンはなぜだかとても卑猥に見える。


「ス、ストォオオオップ! 止まれコットン! それはルイが取りたいってさ!」

「え? あ……そう、そうなんです! 取りたい取りたぁい! 私に取らせて欲しいですぅ!」


 ルイはめいっぱいの子供の振りを熱演し、振り返るコットンは首を傾げる。


「まあ、誰が取ったって変わらないけど……」


 深くは考えずに譲るコットンだが、勘付いたサンは神妙な面持ちを浮かべた。


「まさかそれも……」

「そのまさかだ。使うにはルイの力が必須だな」


 ルイが手を伸ばすと、精製されたバグは青く輝くこぶし大の石へと姿を変える。しかしせっかく強力な魔道具を手に入れても、この有様では使用者はルイに限られてしまう。


「クロスなら城でも浮かせられるかもしれないけど、私では小舟が精一杯ね。魔法の絨毯というのはどうかしら?」

「持ち運びも楽だしな。試してみて、問題なければそれでいこう」


 本来は賢者の石を使って魔道具を作るのが正規であって、もしかしたら世界を巡る飛空艇の材料にでもなったのかもしれない。ストーリーを省いた俺たちにそれを見ることは叶わない。残念だが、バグった世界を修正した後のお楽しみにしよう。


「そんなことよりアンジュエラさん!」

「え?」

「あなたエスヴァプに住まない? とんでもなく貴重な人間よ!」


 コットンが興奮するのも無理はないが、バグったアンジュエラをこれ以上エスヴァプに留めることはできない。なんとか穏便に済ませようと頭を捻っていると、アンジュエラが先に答えはじめた。


「有難いですけどぉ、それは無理でぇす」

「な、なんで……魔道具を無限に作れるなら、悠々自適に暮らせるわ。元の町には戻れないけど――」

「だったら余計に無理無理ぃ。だって冒険者の皆さんが私を待ってるものぉ。ギルドのお役目を果たさなくちゃね」


 アンジュエラはギルドの使命を違えない。冒険者を気遣い行動し、よもやこの付き添いも、冒険者であった俺を想ってくれてのことなのだろうか。


「そう、それは残念……」

「しょげるなよ。その内に賢者の石ってやつを持ってくるからさ」

「期待してるわ。仮に持ってこれたら、町総出の歓迎になるでしょうね」


 なるほど。本来なら賢者の石を持ち込むことで、町の歓迎を受けられることになるのだろう。


「俺たちは先を急ぐから、これでお別れだ。偉大な魔道具精製師のコットン」

「えぇ、でもエスヴァプのことは――」

「安心しろって、内緒にしとくよ」


 見送るコットンに手を振って、エスヴァプの町――いや、森を離れる。最初から最後まで俺にはただの森であったが、エスヴァプは確かに存在するんだ。


 アンジュエラはラシーニアの町に帰さなきゃならない。転移魔法で町に戻り、そうして再びのお別れだ。前は無言の別れとなったが、今回はきちんと口にする。


「少しの間ですがお世話になりましたぁ。ご無事を祈ってますよぉ、クロスさん」

「上手くいったら必ずアンジュエラに報告するから。どうかお元気で――」


 これは一時のお別れで、此度は永遠のものではない。再会を約束してラシーニアを後にする。


 その後は一度ハイネに寄って、飛ぶのに適した絨毯を買うことに。ぶっつけ本番でできなかったでは話にならない。試しに浮遊石に力を込めて、浮力が三人分の重みを支えることを確認する。


 そうして再びエスヴァプへと戻って来る。しかし町の中に用はない。このまま魔王の城へと向かう訳だが、最後に六芒星の森を振り返り見る。


「魔法都市か。一度はこの目で見てみたかったな」

「とても煌びやかな街並みだよ。見たらきっと驚くと思う」


 町を見るサンの目は輝いていて、とても興味をそそるが、こればかりはどうしようもない。諦めてエスヴァプに背を向けようとしたその時。


 一人佇むルイはエスヴァプを前に膝を折る。掌を地に着くと、力は町全体へと及んでいき――


 ルイの起こした一瞬の奇跡。魔力の粒が七色を彩る、幻想のエスヴァプが視界に開けたのだった。


「うわぁ……」

「凄いわ……」


 これが異世界、これが冒険。この町をいつか冒険する為にも、俺たちはきっと――

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