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追想

 がやがやと、幼い声が騒めきを。その中には聞き覚えのある声も含まれている。


「ねぇねぇ、この裏技知ってる?」

「ううん、知らなぁい」

「この画面で、このボタンを押すとさ――」

「なにこれぇ!」

「な、すげぇだろ!」


 その後もずっと、がやがやがやと。夢はそれでおしまいだった。


 眠っている間に見たものだが、夢というよりは追想だろうか。最も輝いていた頃の幼い記憶。毎日がきらきらと輝いて、その頃は両親を純粋に慕っていたような。


 その後の人生は転がるように地の果てまで転落する。楽しみにしていた家族旅行、意気揚々と遊園地に向かう最中、あろうことか父親は他人様の子供を車で轢いた。直前にハンドルを切ることで正面衝突は免れるも、制御を失った車は反対車線へ。そして訪れた大型トラックは、俺の目の前で両親の肉体を平らにした。


 血の海と化した車の中。泣き喚くでも放心するでもなく、幼き俺はなんと、轢いた子供の救助へ向かった。道脇に転がる子供、その子は黒髪の少女であったが、直撃は避けたものの決して軽い傷ではない。見ていた人が通報し、救急車が訪れるまでの僅かな介抱の時間。その少女はしきりにごめんなさいと――


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……


 そう、泣きながらに繰り返し続けている。恨まれこそすれ、義理を感じる必要などないのだ。俺はそれになんと返事をしていいのか分からず、ただ無言で傷口から溢れる血を押さえ続けた。


 果たして少女の意図は不明だったが、しかし少女の両親はそう思わない。恨むべき俺の親も死んで、矛先は子の俺へと向く。酷い罵声を浴びせられ、両親は人間失格だと、その子のお前も悪魔だと。そう言い聞かせられ、俺自身もそうだと思った。


 遺産はほぼ慰謝料へと回り、金もなく風評だけを手にする俺は、親族からも煙たがられた。その後の人生は惨めなもんで、なんとか社会に出れはしたものの、楽しいことなんて一つもない。いつ死んでもいいかって、そんな風に思った時、その会社が満を持して現れた。


 これまでの過去を捨て去って、遥かな世界に連れていく。そこに忌まわしきしがらみは一切なく、誰でも新たな人生を謳歌できる。それがウェアの開発した、仮想空間誘導システム。その会社の存在を知り、そして一般抽選があると知った時、俺はなけなしの金を全て注ぎ込んで、異世界転生に賭けたのだ。失敗すれば死ねばいいかって、半ば諦めにも近い気持ちで。


 そうして現状の世界がある訳だ。神は決して見捨てはせず、俺は億人の上に選ばれた。せっかく掴んだ運命の好機、失敗なんて許されない。あんな糞親のように、失敗などしてたまるものか――



 目覚めると、部屋の中は真っ暗闇だった。ドアに生じた謎のバグは、今日も変わらず外界を塞いでいるのだから、部屋が暗いのは当たり前だと。しかしよくよく考えてみれば、そんなことはありえない。家には窓があり、いまや外界とを繋ぐ出入口となるのだが、そこから差し込む光があるのだから


 朝に目覚めたつもりだったが、未だ深夜の時間なのだろうか。この世界は夜に煌めく都会ではなく、日の入りに合わせて静まりゆく。だから窓の外もこうして、暗黒に染められているのだろうか。


 いや……


 まさかと、一抹の不安に煽られて、壁を伝って手を動かす。まったく何も見えないが、窓枠と思われるでっぱりと、続く硝子の冷たさが肌を通じて、感覚として窓を認識できる。そして取っ手まで手を這わせて、開いた窓の先はきっと、外界へと繋がっているはず。


「痛て……」


 伸ばした掌は空気も掴めず、部屋の中へと押し戻される。ここは通れないというシステムの誤作動、最強の力でも貫けない、強固なオブジェクトが発生している。


「痛てて、痛いよ。激痛だ。心が痛くて、引き裂けそうで……」


 終わったよマジで、何もかもおしまいだ。俺は罪を背負っていて、世界は違ったところで罰から逃げられるはずもなかったんだ。などと、今の事態には何の因果もない、おかしな卑屈が卑屈を呼んで、更にはあらぬ罪悪までもが心を責めると、遂には涙が頬を伝った。

 

 おまけに昨日は買い物を怠ってしまい、食料の残りもあと僅かという始末。この世界に餓死があるのかは知れないが、腹が空けば出るものも出る世界観だ。ゴブリン討伐の証といい、妙なところでは現実味を持たせる以上、空腹が死に繋がったってなんらおかしいことはない。


 その空腹は、ひとしきり泣いた後に訪れて、そして持ち物欄を確認してみることに。念じれば現れる画面の中、ふとその右端にクエスチョンマークがあることに気が付いた。それはいわゆるヘルプアイコンで、そしてそれを選択してみると――


”不具合についてのお問い合わせ”


 当選の一文。あれに勝る文言はないと思っていたが、早くも覆す機会が訪れる。


「た、助かったぁあああ! やっぱ俺ってツイてる! いや、単に鈍かっただけなのかもしれないが……今はどうでもいい! とにかく助かったんだから!」


 恐らく初回の説明時、こういった話もしていたのかもしれない。でも分かるだろ? 世界観とか能力とかは興味を引くけど、ヘルプとかコンフィグとか、つまんない話だって思うだろ? なんて阿呆な自分に言い訳をしつつ、早速運営にメッセージを送ることにする。


「こちらストラユニバースのクロスです。不具合があったのでご連絡しました。扉と窓にバグが生じて家からの出入りができません。早急に解消をお願いします――っと、これで良し」


 後はいかに早く見てくれるか、そして対応にどれだけ時間が掛かるかだが、恐らくメッセージくらいはすぐに返答してくれるだろう。なにせこちとら、Sランクチケットの選ばれし民衆の代表なのだから。無下にするなんてことは絶対にないはずだ。


 そんな淡い俺の願望、とどのつまり幻想の期待を乗せて、俺は救助のメッセージを運営に送ったのであった。

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