1パーセントの抽選
ネイロンは外側から障壁に向かい手を伸ばす。恐らく障壁の術者と見て取れるが、手首には鈍い光沢を放つ腕輪をはめていた。
「それは……制約の腕輪か!」
「そういうことぉ。馬鹿エウレタンが漏らしてしまったようだけど、知ったところでこの障壁をなんとかできて? 無限の亡者を相手に消耗するといいわ!」
能力を覗き見るとネイロンの魔力はカンストしており、障壁を破壊するのは骨が折れる。そして亡者を相手にし続ければ、ネイロンの言う通りいずれ疲弊してしまうだろう。
しかし魔力はカンストだとしても、決して無限という訳ではないはずだ。
「強固な障壁に亡者の操作、消耗しちまうのはお前の間違いじゃないのか?」
「ばぁか、私が亡者を操作してるとまでは言ってないわ。魔力を注ぐのは障壁のみで、だから全然へっちゃらだものぉ」
「ちっ……仲間と来てるってことかよ」
「そうよ。だけどそれが何? 卑怯だとでも言いたい訳?」
ネイロンの目はサンとルイの方に向いていて、得意げに鼻を鳴らす。
「お互い様だしな。卑怯だとは思わない。そしてずるいっていうのはな、こういうことを言うんだ」
俺は再び障壁へと歩みを進める。それを見るネイロンは無駄だと言いたいのだろう。嘲るように口端を歪ませた。
しかし俺の目の前に開かれるのはステータス画面。であればいかに強固な障壁を張ろうとも――
「じゃぁん、抜けられちゃうんだよね」
「…………は?」
ごしごしと目を擦るネイロンだが、俺は障壁を境に透過のバグで、反復横跳びをして見せる。
「ほら、ほら」
「え? え? え?」
「じゃ、行くぜ!」
「ちょまぁあああ!」
巨大な障壁は消え去って、慌てるネイロンは己だけバリアに閉じ籠もる。しかしあとは拳で叩いて叩いて、叩き壊してやるまでよ。
「待て待て待て待て! 待ちなさぁい! ストップストップゥウウウ!」
「誰が止めるか! このまま障壁ごとぶっ潰してやる!」
ネイロンを取り巻く障壁に打撃の透過は使えない。透過したままではネイロンにダメージを与えられないし、実体化したら障壁を境に俺の腕がちぎれてしまう。
だがそんなことは問題無い。ネイロンはカンストの魔力での防御しかできないが、俺はカンストの物理とカンストの魔法、その両方で攻撃できるのだから。
であれば消耗するのは、ネイロンが先なのは必然のこと。
「アリルゥウウウ! なんとかしなさい! こいつの攻撃を止めるのよぉおおお!」
ネイロンの呼声に応じて、霧から姿を覗かせるのは先程まで話していた町娘。しかし麗しい肌は土気に染まり、黒の長髪が顔を覆う。
変貌した町娘。それは船上で見たもう一人の四天王アリルだった。
「こ……これは……!?」
まるでホラーのような登場だが、驚いているのは異常事態に直面するアリルの方。
「どうやらネイロンと同じく、あなたも腕輪をしているようね。大量の亡者の操作の力、魔力のカンストはあなたも同じかしら?」
「私たちがお相手しよう」
援護に向かわんとするアリルに、立ち塞がるサンとルイ。
「……無謀……」
静かなる敵意を滾らせて、対峙する三人の女たち。
「そういうのいいからぁ! とっとと倒して、こっちを助けてちょぉおおお!」
一打一打が即死レベルの打撃を加え続け、軋む障壁。中のネイロンはなりふり構わず喚き散らし、それが何よりの耳へのダメージだ。
対してサンとルイの方は静かに、それでいて無数の亡者が手を伸ばし地中より這い出てくる。
「亡者の相手は私に任せろ! ルイは本体に向かって魔法を放て!」
「オーケー、サン。しょせん素早さ知れてます。この火炎弾が躱せるかしら?」
魔力消費も少ない火炎弾を心置きなく連発するルイ。能力値が偏り、逃げる選択肢のとれないアリルは操る亡者たちでそれらを防ぐ。
しかし火炎弾は下位魔法。本来四天王クラスに通用する魔法ではないはずだが。
「防御もたったの1かしら? それとも余った数値を配分してる? その程度なら威力はこれで十分よ。そしてあなたの魔力の使用法は、亡者の操作だけかしら?」
猛攻を加えるルイだが、攻撃に集中するあまり足元を亡者に捕まれる。決して動きは速くないが、地面から湧き出るので躱すのは困難だ。
「うわっ! 気持ち悪っ!」
冗談のような感想だけれど、咄嗟に出た言葉なのだから本音だろう。痛いと叫ぶでもなく悲鳴でもなく、足を振り払って逃れるルイ。
つまり一連の行動は、とある事実を指している。
「亡者の力は強くない。素早くもないし、こいつらは一体……」
そう俺が言葉を漏らして、するとくすっと一つ、障壁を挟んで嘲るような笑いが聞こえた。
「動きは遅いが……なかなかに倒れんぞ。さすがはゾンビといったところか」
「まあいいわ。どうせこちらもダメージがないのだし、ガンガン攻撃するまでよ!」
更なる猛攻を加えるルイ。しかし亡者は更にそれを上回る量で地中から湧き出てくる。これでは本当にキリがない。出処であるアリルを叩かない限りは。
「この量が湧いてきては正面から攻撃できないわ。でもね、何か忘れてないかしら?」
するとどこからとなく黒雲がアリルの頭上に現れる。
「盾にするといいわ。宙に亡者を生やせるならね」
アリルが見上げた時には既に遅く、稲光が瞬くと同時に落ちる雷。ルイの持つ最大威力の魔法であり、そして最速の魔法。
いかに素早くとも雷の速度は超えられない。故にこの攻撃だけは避けられず、亡者を盾にすることも間に合わず、落雷はアリルの脳天に直撃した。
「魔力に全てを注ぐなら大ダメージは免れないわ。それともこれでおしまいかしら? 四天王の割にあっけないこと――」
直後のこと、慢心したルイの背後には迫る影が。
「きゃあ!」
小さな背中に覆い被さるようにのしかかる亡者。ある意味で危ない光景だが、振り向きざまの肘鉄を喰らわせると、ルイはすぐに距離を取った。
「大丈夫か! ルイ!」
「生まれてはじめてのセクハラがゾンビとは泣けてくるわ。ダメージはないけど、問題は操作が解けてないということ。つまりアリルには意識がある!」
落雷した箇所には土埃が舞い上がり、中では一つの影が動いている。ルイはすぐに構え直すも、出てきたアリルの姿に面食らってしまった。
「む、無傷!? あれを喰らっておいてそんなはずは……」
「……ダメージはある……少しだけ痺れたもの……」
アリルはそう言うものの、見た目にも態度にも、まるでダメージを受けているようには見えない。このアリルという四天王、ネイロンと同じく魔力に全力を注いでいると思っていたが。
「……見れてしまうようだから……言うけれど……魔力は最大じゃないの……」
「なんですって!?」
この世界に於けるカンストという数値。チートを使用しない場合、途轍もなく長い道のりとなるそうだ。俺の力を仮に100とするなら、四天王でさえも30といった程度。つまり全ステータスを一つに注ぎ込むと、30の内の25は消費してしまい、あとは別のどこかに5を振り込むのみ。
「駄目だルイ! ルイの魔力じゃアリルを倒せない! アリルは能力値の三分の一を防御に注ぎ込んでる!」
しかしいざ覗いてみれば、アリルは先で言う30という数値の内、魔力に20を配分し、そして10を防御に注ぎ込んでいた。
「制約……何も一点特化とは……限らない……」
「つまり……アリルは一撃で倒せないってことなのか? しかしアリルは亡者を操るのみで攻撃はせず、亡者も遅くて非力だ。恐らく亡者の方は今のアリルのステータスを反映する形で動いているはず」
「だけど亡者に魔法は使えないわ。それって能力の配分ミスなんじゃ……」
「…………」
アリルのステータス配分が亡者に反映される。それは恐らく間違いない。運営の考えそうなゾンビのイメージ的にも、恐らく本来のアリルは攻防の高い四天王で、それなりに強い亡者をそれなりに呼んで共闘する四天王。
しかし今のアリルは魔力が高く、大量の亡者を生み出せる。しかし攻撃力は皆無で、少し耐久があるくらい。膠着が続きそうに思えるが、しかしどんどんと亡者は量産されていく。
「速さはいらない……すぐに逃げ場がなくなるから……力もいらない……なぜなら亡者の攻撃は……」
アリルは四天王で戦闘のエキスパートだ。馬鹿ではないはずだし、配分ミスなどするだろうか。本体ばかりに目が向いていたが、亡者の方はどうなんだ。
そして推測通り、亡者のステータスはなんてことないものだった。しかし重要なのは能力値などではなかったのだ。
「ま、まずい! すぐに俺が相手を代わる!」
「させるか!」
助太刀に向かう俺に向けて、ネイロンは巨大な魔法を地上に落とす。逃げればサンとルイが巻き込まれ、ならば同等の魔力で立ち向かうしか道はない。
空に手を向け魔法を放ち、これでネイロンとは撃ち合いの状態にもつれ込む。
「く、くそ……」
このままでは二人を助けに行けない。しかし一刻も早く向かわねば。
「クロス! 何がまずいって言うの!?」
「即死だ! 亡者の攻撃は1パーセントの確率で即死の効果が発現する!」
「そ、即死だと!?」
「私……既に二度も触れられてる。仮に1パーセントに当たっていたら……」
サンは露骨に緊張し、ルイの顔は陰って見えないが、恐怖に包まれていることは間違いないはず。
Sランクのチートを得た俺には即死の完全耐性が備わっている。しかし二人にチートはない。たった1パーセントの確率だが、この亡者の数ときたら……
仮想空間での死は覆すことのできない絶対の死亡。恐ろしすぎる1パーセントが、サンとルイの二人に襲い掛かった。




