どうして……
木陰から先に進むと次第に緑に終わりが見えてきて、岩肌の目立つ山間が見えてくる。ごつごつとした足場を進んでいく内に霧まで出てきて、視界はどんどんと悪くなる。
そうして進むこと小一時間、霞の中に鋭角のシルエットが浮かんできた。
「建物? いや、町なのか?」
「エスヴァプにはまだ早い気もするが……」
「ですね、それにここは森でもないです」
世界地図を見直すが、やはりこんな場所に町はない。そもそも魔界には人の住処はないとされている。だとしたらこれはまさか……
「これもバグだったりして……」
「しかし私にも見えているぞ。霧でぼやける町の形だ」
「念の為、私が前を歩きます」
馬上から降りるルイは、俺たちに先んじて掌をかざしながら歩きはじめる。
「口調、無理しなくてもいいんだぜ」
「こっちの方がぽいじゃない」
無理しているのかと思っていたが、意外とルイはノリノリなのかもしれない。不合理を許さぬ発言をしてきたが、存外ゲームにハマるタイプだと見た。
シルエットに近寄ると、石造りのアーチが見えてくる。どうやらここが入口のようで、その先は真っすぐと道が広がる。
霧が濃くて町の奥までは見渡せない。道脇には同じく石造りの民家が立ち並び、古風な街並みをしているようだが、しかしこう視界が悪いと人の姿はまるで見えてこない。
「ゴーストタウンみたいで気味が悪いな」
「事実そうかもしれないです。魔物に滅ぼされて放逐された、過去の町ということもありえます」
「だけど建物の被害は見えないな。戦う者がいたとして、町なら非戦闘員だっているはずだ。屋内に逃げ込むろうし、町が無傷というのはおかしくないか?」
色々と推測してみるが、結局のところ聞いてみるのが一番早い。試しに手近な家の戸を叩いてみる。
「すいませぇん。誰かいますかぁ!?」
「…………まるで反応がないな」
「やはり無人みたいです。町人は建物ではなく、町の外に逃げた可能性も――
「いえ……中に人はおりますよ……」
背後からの不気味な声に飛び上がり、恐る恐る振り返る。
しかしそこにいるのは幽霊でもなく、色白で痩躯な麗しき長身の女性だった。そして女性は俺たち旅人に向けて一言、町への訪れを歓迎する。
「ようこそ、魔法都市エスヴァプへ」
「ああ、エスヴァプね――って、えぇえええ!?」
そんな馬鹿な。エスヴァプはもっと先へ行った六芒星の森の中で、ここには木々も無ければ、町を隠すのは霧だけだ。
「どうしましたか? 何か可笑しなことでも……」
「いや、そう言う訳じゃないんだが。ここは本当にエスヴァプなの?」
「ええ……そうですけど。どうしてそう思われるのですか?」
「あ、いや……そのね」
推測にはかなりの自信があったのだが、ここにきて少し揺らいでしまう。
六芒星の森があるのは確かなことだが、もしかしたらそれを目印に南西の町だとか、そういうヒントが何処か別の町で得られたのかもしれない。
「まあ、いいじゃないかクロス。こうしてエスヴァプは見つかったんだから。地図に載らないのは不思議だけどな」
「それは……霧に魔法を掛けて外界から遮断しているのです。旅の方……お疲れでしょう。よければ私の店で……一休みしていかれませんか?」
確かに悩んだところで仕方はない。俺たちがエスヴァプを目指しているなんて、特に誰にも言ってないしな。確か……
「じゃあそうさせてもらうよ。君に聞きたいことも色々あるしね」
「それは良かったです。私も聞きたいこと……ありますので」
「?」
奇妙な女に連れられて霧深い街道を歩いていく。見渡す限りが真っ白で、ちょっとでも間合いを空けてしまえば、それで見失ってしまいそうだ。
「割と歩いたような気はするけど、広い町なのに行き交う人は全然いないな」
「エスヴァプの本土は過疎してますから……それに今日は特に霧が深いので」
「ふぅん、そうなんだね」
道中の会話はそれきりで、あとは黙々と歩き続ける。もう町を抜けてしまうのではないかと、そう思った矢先に町娘は足を止めた。
音も立てずにひっそりと、青白い顔をこちらに向ける。
「どうぞ皆さま……こちらです」
町娘の促す先はやはり石造りの民家だ。どの家も特徴に薄く、店にも見えないし繁盛しているようにも感じられない。
案内されるがままに中に入ると、店内にはぽつぽつと何人かの町人が席に着いて項垂れている。
「ええと、あの人たち生きてるよね?」
「ふふ……過去はどうあれ……今や静かな民族ですから」
客席に促され、町娘は店の奥へと消えていく。恐らく茶でも用意してくれるのだろうが、なんだか待ちぼうけを喰らったみたいだ。
「なんだか薄気味悪いよな」
「…………」
何故かサンまで押し黙る始末。おかしいのは周りのはずなのに、ひとり喋り続ける俺が変な奴みたいだ。
黙って静かに待つ内に、町娘が茶を手にして戻ってくる。配膳を終えると、自身も客席の一つに腰を下ろした。
「えー、おほん。ではさっそく質問なんだけど、魔法都市のエスヴァプは魔道具の精製ができるってことだけど、本当なのか?」
「はい……本当ですよ」
「じゃあ次に、空を飛べる魔道具ってあるのかな? 俺たちはそれが欲しいんだ」
「もちろんありますよ。ですがそれを求めて……一体何をするおつもりで?」
本当のことを言う必要はあるのだろうか。とりあえず適当に誤魔化してみよう。
「いや、まあその……空を飛ぶのって憧れるじゃん!」
「ご冗談を……真実を言って頂けなければ、魔道具は作って差し上げられません」
あれま、これも何かのイベントなのか? 魔王を倒すと伝えることで協力してくれるのかもしれないな。
「えぇとね……本当のところを言うと、それがないと俺たちは――」
「クロス、待て」
犬のようなお預けをサンに喰らう。これまで黙していたサンだが、その目は町人に向けるような穏やかなものではなかった。
「おい、女。作ってやれないとは、まるで製作者気取りの言葉だが、お前が魔道具を作るのか?」
「いえ……私はただの茶屋ですから」
「だったらなぜ本音を言わなきゃどうだとか、そんなことがお前に分かる」
「……そういうしきたりなのです」
「なるほど、分かった。だとしたら本当のところは製作者に語る。お前に語る必要は皆無だ。早くそいつに会わせてくれ、以外にお前と話すことは何もない」
睨むサンに素知らぬ顔の町娘。しかしサンの言う通り、こいつはただの町娘のはずで、根掘り葉掘り追及してくるのはおかしいはずだ。
「そうですか……しかしそれは出来ないしきたりです。魔道具の精製者は貴重ですから、易々と会わせることはできない……しきたりです」
しきたりしきたりとしきりに言うが、こいつは話したくないのではなく、きっと話せない。話す知識が無いから誤魔化すことしかできないんだ。
「ならば私たちはこれにて失礼する」
「……お待ちください」
「いいや待たん。町を出るぞクロス」
「待てよサン! 確かに女はおかしいが、でも情報収集はしないと……」
「収集されているのは私たちの方だ。ここはエスヴァプなんかじゃない」
「なんだって!?」
いや、驚きはしたけれど、むしろこれが自然なのでは? そもそもはじめはエスヴァプであるかを疑っていたというのに、女を疑う内に、俺はエスヴァプの方はすっかり信じてしまっていた。
やはり魔法都市エスヴァプの本当の場所は、六芒星の森の方だ。
「どうしてここがエスヴァプでないと……そう思われるのですか?」
「どうだろうが、貴様に話すことは――」
「どうしてそう……思われるのですか?」
「おい……」
「どうしてそう、思われるのですか? どうしてそう思われるのですか? どうしてそう思われるのですかどうして思われるのですかどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……」
まるで壊れた機械のように言葉を繰り返す町娘。潤っていたはずの肌は土気に染まりはじめ、乱れる髪が瞳を覆う。
「な、なんだこいつ……」
「出るぞクロス! 店の中の客も含めて、こいつらは人間じゃない!」
項垂れていた客たちは、ゆらりと席を立ちはじめる。危うく腰を抜かしてしまいそうになるが、逞しい女性陣が俺の手を引き、外へ飛び出て街道を走る。
「なぁサン! どうして奴らが魔物って分かったんだよ!?」
「別に魔物かどうかは私も知らんよ。だが霧と魔力で町を隠してるとした癖に、侵入者に寛容すぎるとは思わないか?」
「言われてみれば、それは確かに……」
「茶屋と称する女は目的を探る役目かとも思ったが、それにしては質問がおかしすぎる。エスヴァプについて知りたいのは、むしろ奴らといったふうに思える」
「どうしてエスヴァプだと思うのか――それを尋ねて、逆に手掛かりを掴もうとした訳か」
歩けば長かった道のりも走ればすぐに終わりが見えて、石造りのアーチを潜り抜けると――
「痛てッ!」
透明の壁にぶつかって、後方に吹き飛んだ。
「って……別に痛みはないんだけど……なんだこれは!?」
「私が触っても消えません。これはバグじゃないということ……」
「これはまさか魔障壁では!?」
「ワイバーンとの戦いで私が使った障壁より、ずっと強固なものなのです」
「だけどバグじゃないんなら――俺に任せろ!」
サンとルイの前に出て、最強の力を握り締めると、拳を障壁へ叩き込む。
「いぢぢぢぢ……」
まさか、俺が本気で殴ってもヒビすら付かない!? どころか俺の拳の方が痺れている。まさかこれはシステムが影響がしてるのか? 逃げられない戦闘なのだとしたら、戦って勝てばいいだけなのだが。
恐る恐る振り返る先には、ふらふらと亡者のように迫る町人たちがいて、その肌はどろどろに溶解し。朽ち果てては削げていく。
「ひぃえぇぇぇ……」
「虫だけじゃなく、ホラーも駄目なのですね……」
「仕方ないだろ! しかもお化けは倒せない!」
「おいおい、クロスの世界は知らないが、アンデッドという種族は倒せるぞ」
「って……そうだった、だったらヒールを浴びせてやるぜ!」
迫り来るアンデッド共に右手を差し向けたその瞬間、ルイが俺の体に飛びついた。
「クロスは何を!?」
「え? え?」
「サンの話を聞いてなかったの? あれは町人ではなくてモンスターよ! 回復をする必要なんて――」
しかしとっくに魔法は放っていて、ヒールを浴びたアンデッド達はその身を土へと還していった。
「え? これは一体、どういうことですか……」
「そういうもんでしょ。回復や蘇生は元通りにするだろ? 元通りになったらアンデッドはアンデッドじゃない。よって奴らを倒せるって寸法よ」
呆け顔を浮かべるルイだが、ぷるぷる震え出すと、遂には地団太を踏みはじめた。
「意味不明! 腐敗してるんだったら治療として効果的でしょう! 折れた骨が回復するなら、アンデッドだって回復して然るべきよ! そんなの絶対おかし過ぎる! ゲームって本当に意味不明!」
「な、納得してくれよ……」
「できない! よって私は燃やしてやる!」
乱れるルイは怒りを熱に火炎弾を撃ち込む。瞬く間に焼ける亡者だが、一体倒す内に二体三体。止めどなく地面から湧き出てくる。
「このままじゃキリがない……」
「ご安心遊ばせぇ、キリはあるわぁ!」
その返事はサンでもルイでもなく、空の上から降ってきた。
「お前は確か、四天王の……」
「この前はどうも、私はネイロン。頭をぶっ叩いてくれたお礼にね、キスをくれてやることにしたわ。亡者どもの冷たい死の接吻をね」




