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非力の定義

 エウレタンは四天王である以上、この世界に於いて指折りの実力を持つはずだ。本来は年単位で世界を回って、ようやくパーティで対抗できるかどうかという強敵。腕輪の効果によって付け入る隙はできたものの、依然その危険性は計り知れない。


 サンが騎士道精神を見せた以上、止めるかどうかを迷っていると、先にルイが声を上げた。


「やめなさい! いくらなんでも危険すぎる! 私たち三人で戦いましょう!」

「それは駄目だ。許されない」

「でも……死んでしまえば誇りも何も……」

「だからこそだよ。私にあるのは精神だけなのだから。それすらも作り物なのかもしれないが、紛い物にはしたくない」

「サン……」


 え……と、今のサンとルイの会話って、精神が作り物って……それってつまり、サンは既にこの世界が仮想と知っていて…… 


「ふん、訳の分からないことほざきやがって。上手く自分に良い状況にした癖に、都合良く誇りを語るなよな」

「有利にもってくのは戦術だ。卑怯と思うのは勝手だがね」


 切っ先を向けるサンは身を縦に腰を沈めて、まるでフェンシングのように洗練された構えだ。


「それじゃあ突きが来るってバレバレだよ」

「これが構えの定石なのだよ。故にバレても躱せんよう鍛えているし、こう見えて私は非力でね。剣は比較的軽量なんだ」


 サンは弧を描くように間合いを測るが、中心のエウレタンは直立不動の姿勢を崩さない。


 張り詰めた空気が流れる中、先にサンが牽制の突きを繰り出した――が、やはり予め分かっているように、首を傾げる程度の動きで、難なく突きを躱すエウレタン。


 リーチはサンに分があるが、エウレタンには人の限界を優に超えた超反応が備わっている。それは俺の打撃の速度すら躱す程で、サンの攻撃では直撃は不可能のように思える。


 しかし刺突は振りかぶるのではないのだから、数値で測る以上に鋭く速い。おまけにサンの刺突はもう一つの特徴があった。


「ちっ……引くのが速くて剣を捉えられない。刀身を殴りさえできれば、ブチ折ってやれるっていうのに……」

「攻撃とは次に繋げる為の動作でもあるのだよ。引かねば次の攻撃は繰り出せない。当たり前のことだが、できてない奴は意外と多いな」


 確かに言われてみれば、攻撃って殴り切ったり振り切ったりする動作が多いような気がする。威力は出るのかもしれないけど隙は大きい。


 刺突なら斬撃と違って起こりは少ないし、引きも速ければ武装解除もされにくい。おまけに打撃と違って重みはそれほどいらないし、威力にこだわらなくてもエウレタンの防御はたったの1。


 やはりサンは、ステータスだけカンストな俺より遥かにすごい奴だった。女子供や老人でも大男を倒せるような、そういう技術をサンは持ってる。


 素早い突きの連打を最小限の動きで躱し続けるエウレタン。無駄のない良い動きに思えるが、現実はそういう躱し方しかできない。


「……っと……ちっ……慣れない能力値だと、身体がうまく動かないよ。こんなザコに手間取る羽目になるなんて……」

「せっかくの身の軽さを活かせんようでは、思うような踏み込みもできまい。リーチの差が決定的だな」

「リーチ……ね……」


 俺から見てサンは凄いが、ではエウレタンはどうなのか。当然、俺より戦闘経験が豊富であるのは確かだが、魔物の寿命がある以上、サンよりも戦い慣れている可能性があったのだ。


 身を使って隠し、丸めるエウレタンの掌には、青白いエネルギーが握られている。エウレタンは超反応に魔力を使うが、それだけに使う必要もないのだ。


 俺を相手取るには稚拙な魔法攻撃。だがサンのレベルには通用する。エウレタンが握るのは下級魔法のサンダーボール。突きの連打を掻い潜り、ここぞというタイミングで掌を開くと――


「危ない!」


 そう叫んだ時には時すでに遅し。サンは咄嗟にサンダーボールを剣で弾くが、その剣筋は刺突とは異なり弧を描く。


 そうなると剣の軌道はまる分かりで、先を読むようにしてエウレタンが左足を振り上げると――


 宙に弾かれるサンの愛剣。円転する剣は弧を描き、地面に刺さって動きを止めた。


「終わりだね」

「くっ……」


 無防備な身体をさらけ出すサン。直後にエウレタンは腕を振り上げ、俺の援護を待つことなく、拳をサンの頭に振り下ろした。


 時がゆっくりと流れる中、サンの両腕は防御に回り、首から上にカードを作る。しかしエウレタンは攻撃の動作に入っているにも関わらず、驚異の反射をもってして、拳の軌道を変えたのだ。


「くたばれぇええええええ――」


 止めを確信したエウレタンの拳は、易々とサンの身体を貫いた。


 ――いや、空を切ったという方が正解か。


「えええぇぇぇ……って……あ、あれ? 手応えがまるで……」


 そりゃあそうだ、手応えなんてある訳ない。だってサンの胴に当たる部分は透過して、何もないのだから。


 もし仮に殴り掛かったのが俺であったなら、サンは負けていたに違いない。それは俺の方がエウレタンより強いとかいう話ではなく、単に俺には戦闘センスがないからだ。


 エウレタンには戦いのセンスがあり、だから攻撃の軌道を修正した。腕輪の力があるならば、サンのガードを貫くのも容易だったはず。しかし普段通りの戦い方が染みついており、反射的にガードの薄い箇所に修正したのだ。


 サンはそれに気付いていた。あのままでは決着がつかないと。だから遠距離攻撃を誘うような言葉を発して、自然な隙を作ったんだ。


 疑いもなくエウレタンが止めを刺しにくるよう。そして動きに慣れないという発言から、腕輪を付けていることを前提とした攻撃をしないことに賭けたんだ。


 結果エウレタンはの攻撃は、存在しない胴へとまんまと誘導されて、唖然とするエウレタンを前に、サンの左手はエウレタンの肩に置かれた。


「こう見えて私は非力でね。剣は比較的軽量だが、重さはおおよそ五キログラムだ。魔物相手に柔な金属では、すぐに折れてしまうのでね」


 ここは仮想空間なのだから、鉄塊みたいな剣も存在している。では五キロの刀剣なんて軽量なものかと問われれば、現実世界ならば扱える者など皆無だろう。


 弾かれても折れなかったのはそれが理由で、つまりサンはシステムやら何やらを度外視したら、とんだ馬鹿力の持ち主で――


 肩に置かれた左手は、ぎりりと強く握られる。こうなれば逃げ場もなく、反射もくそも関係ない。


 サンの右手は拳骨の形を握り締め、それを天に掲げると、一片の容赦もなく、エウレタンの顔面へと叩き込んだ。


「ぶはっ……う、嘘吐き……め……」


 防御力はたったの1で、サンの渾身の右ストレートを喰らったエウレタンは、為す術もなくサンの足元に撃沈した。


「私の定める私の非力だ。それをどう捉えるかはお前次第で、それが私の戦術だ」

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