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元通り

 魔王に属する四天王のエウレタン。獣と人が入り混じる化物なのかもしれないが、しかし俺の目にはコスプレした子供にしか見えない。


 そんな奴は懲らしめこそすれ、殺してしまうのは気が引ける。しかし相手は殺す気で、かつ殺される覚悟でここに来ていた。


「行くぞ! 僕は絶対、お前に勝ってみせるんだ!」

「ま、待てよ……分かれよ。死にたくはないだろ? 素直に諦めろって……」


 これではまるで、俺が悪役の台詞回し。こうなれば逃げるか、若しくは戦闘不能にしておいて、そのまま放逐するのが正解か。


 しかしエウレタンは生きてる限りは襲ってくるはず。変わらずとろとろとした動きだが、歩みを止めることはしないのだ。であればいずれ必ず追い付いてくる。だとしたらやはり、殺すしか――


 待て……ちょっと待てよ……


 確かに殺すのは気が引けるが、しかし俺の最終目的はリセットだ。魔王を倒すことは手段であって、真の目的はリセットボタン。世界をリセットしたならば、その後は再びエウレタンも、ストラユニバースに蘇るのではないか?


「そうだよ……そうじゃなきゃ困る。受付嬢も宿屋の娘も、元に戻るからの初期化なんだ。だったらエウレタンの生死だって、きっと元に戻るはず」


 ならば倒そう。今は酷だけれど、倒してしまおう。ここでちんたらして失敗する方が、余計に奴らも救えないはず。


 それに最も大事なサンとルイ、二人を生かすことが大前提だ。リセットさえできればサンの体のバグも元に戻って、それを皆で喜んでって――


 喜べなくない?

 どうやって喜ぶのさ。

 喜ぶべき事柄を。

 俺という存在までも。


 全て忘れ去ってしまうのに……


「隙ありぃいいい!」

「――え?」


 気付いた時には強烈な衝撃がボディに走り、そのまま地面に倒れ込む。


 あれあれ? いつの間にエウレタンに、ここまで接近を許したのか? 


 いや、そんなことより大事なことが。だから今は、その拳を止めろって……


「そらそらぁあああ! このまま潰れちまえぇえええ!」


 い、痛ぇ……ぼかすか人の顔面殴りやがって。だがこのままラッシュを受け続ければ……マジで意識が……


「うにゃ!」


 唐突に殴打が鎮まると、腹の上でマウントを取っていたエウレタンは、寝そべる俺の頭上へとすっ飛んだ。


 尻を擦りながらに振り向くエウレタン。怒りに顔を真っ赤に染める。


「け、蹴ったな! 僕のお尻を! 騎士みたいな恰好してる癖に、真剣勝負を邪魔するなよ!」


 仰向けの俺の目下には、足を振り上げるサンの姿が映る。勇ましい青目を厳しく細めて、エウレタンに侮蔑の視線を向けている。


「随分都合の良い真剣勝負だ。お前の決めたお前のルールを、勝手にクロスに強制して、恥ずかしくないのか」

「な、なんだって……」

「船上では捕える目的と言っていたが、そんなのはお前らの都合で、四人掛かりは卑怯なものだ。それをいま三体一の状況で、真剣勝負だから邪魔をするなと、都合が良すぎると言ってるんだ。前のお前らが捕獲なら、今の私らの目的はエスヴァプで、ならば私も手を出そう」

「て、てめぇ……言いたいこと言いやがって……」


 怒りに拳を震わすエウレタン。しかし続く言葉は出てこない。その無様を見下ろすサンは、腰の剣を抜き抜くと――


「文句はあるが、反論はないようだな。しかし私は騎士だから、一対一で臨んでやるよ。掛かってくるがいい、卑劣な魔王の四天王よ!」


 差し向けた切っ先はエウレタンに向き、その姿は騎士というよりまるで勇者。


 主人公ポジションのこの俺を差し置いて、めちゃくちゃかっこいいんだけど。だがいかに勇ましくとも、現実の力の差には大きな剥離がある。


 まともに戦えば勝ち目はない。しかしサンは冷静だし、頭も俺よりずっと良い。きっと明確なる勝機を見据えているはず。


「は、はは……見たとこお前は相当ザコだぞ。そのくせ僕に挑むだなんて、正気とは思えないね。お前程度が相手なら、この制約の腕輪だって必要ない――」

「訂正しろ、エウレタン。必要ないんじゃないだろ? 外さなくちゃ勝てないだ。腕輪の着脱でクロスの裏をかいたようだが、本当に掌を返すのが上手い奴だ」


 サンがいま言ったことは、俺の気が逸れていた間に起こったことだ。一時的に腕輪を外して、だからさっきのエウレタンは瞬時に目前にまで迫って来れたんだ。


 エウレタンの元々の性質は、やはり素早さが売りの魔物なのかもしれない。


「あ、あはは……あっはっはっはっはぁぁぁ……お腹痛いって、あんまり笑わせないでよ。僕が変わり身上手だって? 腕輪を外さなきゃ勝てないだって? いいよ、外さずに戦ってあげるよ。でもね――」


 尻を擦る手を地に着けて、ゆらりと立ち上がるエウレタン。直後に周囲にはバチバチと、乾いた空気が放電をはじめる。


「てめぇ……この力で殴ればな、肉塊も残らねぇと思えぇえええ!」

「エウレタン……私たちには元々、残す肉体なんてないんだよ――」

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