魔王と愉快な四天王
「暇だぁあああ!」
子供の駄々のような幼稚な叫びが、暗黒の城に響き渡る。声の主はストラユニバースの魔王レイザー。黒髪から生える双角が禍々しい、見る者を射竦める紅き瞳の魔物の王。暇を嘆くレイザーだが、太古に一度は世界を滅ぼしかけた。
魔王の使命に基づいて、世界征服を目論んだレイザー。当時の世界は勇者もおらず、魔王に抗う術もなく、人類は見る間に衰退していく。そうして根絶やしまであと一歩のところ、しかし魔王に喜びはなく、その理由は虚無感だった。
何を行うにしても達成感というのは重要で、ライバルもなければ敵なしのレイザーに、それを得られるはずもない。あと一息で残りの人類を消し去れる、そんなところでレイザーは唐突に侵攻を止めた。部下からの反論も一部あったが、その者を即座に灰にすると、皆すぐに黙り込んだ。
そこから魔王は生きる楽しみを探しはじめた。生き残りの人間にとっては幸運で、魔王の意図は知らないが、しかし考えても仕方がない。結局は生きていくしかなく、そして長い時の末に人々はかつての繁栄を取り戻した。
そんな世界を魔王は退屈に過ごしていた訳ではなく、あろうことか人類の繁栄を眺めることに楽しみを感じていた。時には天災、時には恵みを。ただしそこに善意はなく、ある種シュミレーションゲームに近い楽しさを見出していたのかもしれない。
だが善意でないというのなら、魔王は気まぐれに退屈した時、また人類に手を出すとも限らない。世界は未だ不安定で、魔王の意志一つで壊滅に至る。
それがストラユニバースに於ける、魔王レイザーの仮想の過去であり、そういう設定なのである。そして今再びレイザーは退屈を持て余していた。
「人間観察もそろそろ飽いたぞ、何か面白いことはないもんか」
そんな愚痴が発端で、呼び出されるのは四体の魔物。魔王の下に集う実力者であり、主であるレイザーに尽くすのが彼らの宿命。
「四天王一同、ただいま参りました」
「いいぞ、迅速な動きだ。それでエステル、頼みが一つあるんだが」
「はっ、なんなりと」
頭を垂れるエステルの、燃える赤髪がレイザーへ向く。
「あのな、退屈なんだ。何か面白いことを探してくれよ」
「はっ…………は?」
四天王は主に忠実で、いかなる願いも真摯に受けて――
「何を言うかと思えば、またですか」
「駄々しかこねない餓鬼といっしょね。まったく本当嫌になっちゃう」
「…………」
「じゃあ僕と遊ぼうよレイザー! 鬼ごっこしようよぉ!」
というのも過去の話だ。厳格だった上下関係も、今やこの有様と成り果てた。
「て、てめぇら……魔王の俺をなめてんのか……」
「なめてはおりませんよ。むしろ退屈しのぎを我らに頼むとは、なめられているのは我々の方です。ネイロンにアリルにエウレタン、あなた達もそう思うでしょう?」
真っ先に口を開くのは、麗しき妖精ネイロン。波打つ青髪は波のようで美しく、しかし放つ言葉は口汚い。
「当然よ。餓鬼は餓鬼らしく、なめるならおしゃぶりでも嘗めてれば?」
「だったらてめぇの乳を俺に寄越せや!」
「いや! セクハラよ! 最低だわ! 上司にあるまじき不潔な言葉よ!」
「上司ってのは違う気がするが……アリル、お前はどうなんだ」
「…………」
話を振られておきながら、アリルという女の魔物は口も開かねば動きもしない。まるで死人のように静まるが、事実アリルの肌に生気はなく、黒の垂髪は輝きごと瞳を覆い隠す。
「いつも通りだんまりかよ。最後にエウレタンは……どうでもいいか」
「なぁんでだよ! 僕はなめてないし、ちゃんと遊ぼうっていったじゃん!」
黄金の体毛が逆立つエウレタンは、ぶわっと尻尾を膨れ上がらせる。
「じゃあさじゃあさ、かくれんぼにしようぜぃ」
「それも駄目だ。隠れてもすぐに出て来る癖によ」
「じっとしてるの、苦手だもん!」
「だったらなんで提案したのよ。この馬鹿猫が……」
「あ! いま馬鹿って言ったなネイロン! 僕の耳は大きいんだ、ちゃんとはっきり聞こえたぞ! 馬鹿って言ったら自分が馬鹿なんだ!」
「あ?」
じろりと睨みを利かすネイロンの迫力に、逆立ったエウレタンの体毛は途端に小さく縮こまった。
「う……うぅ……そうやって、すぐ怒るんだもの……うぅ……うわぁぁぁん」
「ったくもう! ほんと世話が焼けるんだから!」
泣きじゃくるエウレタンの背を擦るネイロン。眺めるアリルの無言の封印が今ようやく解き放たれる。
「……良き……」
こんなやり取りが常であり、四天王を呼び出した場がすんなりと締まることは稀である。最終的にエウレタンが泣くのも様式美で、それが彼らにとっての終わりの合図。
「さて、エウレタンも泣いたところで、この場は解散と致しますか。ではこれにて我々は失礼を――」
「ふざけんなエステル! 何も解決はしてねぇだろうが!」
しかし此度のレイザーは諦めなかった。今までの暇とは訳が違って、今回ばかりは本気であった。渋々エステルは詳細を聞くことにする
「では馬……レイザー様は一体どのような暇つぶしをお望みで?」
「お前、馬鹿って言おうとしただろ。まぁいい、とりあえず人間観察は飽きたし、お前らと遊ぶのも飽き飽きだ。だからよ、何か新しい玩具を持ってこい」
「玩具ですか。しかしレイザー様に釣り合う者など、そう簡単には見つかりそうにありませんがね。まあ努力はしてみましょう、少しだけ」
「一言多いんだよ、頼んだぞ」
そして闇へと姿を眩ます四天王。再び集うその場所は、火の灯りが影を揺らす、薄暗く怪しい会議室だ。
「さぁて、どうしたものですかね。面倒ですが適当な国を探ってみて、さくっと数百人を攫ってみますか。その中に面白い人間の一人くらい見つかるかもしれません」
「人間相手に鬼ごっこ! 楽しそうだね、エステル!」
「……どうせなら……少年とか……少女がいいな……」
「アリルの腐った趣味が丸出しじゃない! 駄目よ、子供なんて駄目なんだから!」
「ネイロンは優しいねぇ」
「違っ……黙りなさいよ、エウレタン! 可哀そうだなんて思ってないんだから! 子供じゃつまんないって、それだけなんだから!」
「うっ……尊い……」
たった一つの提案で、巡る言葉の応酬の数々。おまけに内容は脱線し、呆れるエステルの溜め息は深いものだった。
「話を纏めると大人を適当に数百人、それを攫えば問題ないと。アリルの意見は取り下げで。命の価値はともかくとして、少年少女では魔王の相手は荷が重いですから」
「僕はなんでも構わないよぉ」
「……おけ……」
「ま、まあそうよね。私も同じ意見だわ。命なんてどぉでもいいけど、子供じゃレイザーの相手は厳しいもの。私もそれが言いたかったのよ、うん」
「決まりですね。では各々、適当な国へと向かってくださ――ッ!?」
場を締めようとした矢先のこと、エステルの瞳に鋭き眼光が蘇る。同時にネイロンとアリルも、長らく眠りさび付いた緊張感が刺激された。
「何か……近付いてますね。遠いですが大きい力が、海を渡ってこの大陸に」
「向かってくるのは魔導船ね。動力の魔力が届いているのだわ」
「……強い……かも……」
ぴんと張り詰めた空気の中、エウレタンだけは呆け顔で置いてけぼりを喰らう。
「ふえ? なになに? 僕には感じないよ! 教えてネイロン!」
「そりゃあ、そんなに遠い魔力は肌で感じることはできないわ。”警告の魔道具”よ。あんたもそれを持ってるでしょ?」
「無くした! 使いかた分かんないし!」
「もう……馬鹿……」
こんな時にも茶番が繰り広げられるが、しかしエステルの眼差しは真剣そのものだ。
「この大陸に向かっていて、そして大きな力を持つのであれば、無視することはできませんね。出向く必要はありますし、ついでに捕らえれば、レイザー様のおつかいも果たせるかもしれません」
四天王は緊張こそしているが、それは力を持つが故の武者震いだ。彼らは当然実力者で、人が戦えるレベルではない。そして退屈しているのは魔王に限らず彼らも一緒で、力を試せる機会があるなら試したいと、この来訪を楽しみだと感じている。
「では捕獲に行きますが、しかし決して、殺してはいけませんよ――」




