魔力と集中力
ワイバーンの体長は大の大人を優に超え、対してルイは精神は大人でも、肉体はまま子供のものだ。ステータスという概念はあったとしても、身の丈というアドバンデージは仮想空間でも響き得る。フィジカルで戦うのは厳しいが、しかしルイは各種の魔法を持っている。
両手を合わせるルイは祈るようにも見えるが、求めるものは救いではなく破壊である。ルイを中心に描かれる円陣はワイバーンに向けられる訳ではなく、光は天に向かって立ち昇る。毒は効かず炎弾は避けられる、であればルイの選んだ魔法とは。
「ストレス発散ならこれが最適かしら。昔から怒りの爆発はこう呼ばれるの――雷が落ちるってね」
もやもやと黒雲が現れて、迸るスパークから裁きの雷が落とされる。それは僅かウン十メートル頭上からの落雷であったが、仮にこれが遥か天空から落とされたとしても、ワイバーンに雷を避けることは叶わない。光より低速とはいえ、生物の反射の遥か圏外。
電撃が直撃し、翼の痺れるワイバーンは浮力を失う。即座に巨体は地面へと落下して、轟音と共に土埃を巻き上げた。
動きの先を読むでもなく、狙った箇所への直撃が確約される速度の魔法。それが雷魔法の長所であり、飛び回るワイバーンに対して最善の攻撃だといえるだろう。
しかし此度の任務の本質はワイバーンを倒せるか否かではなく、パナセアの確保が目的だ。その隙にサンは急ぎ、木々の燃え盛る側らのパナセアの花へと走っていく。
「感電するのは好都合ね。魔力消費は大きいけど、もう一発くらってなさい!」
続け様の落雷がワイバーンに襲い掛かる――が、それを受けながらに負傷したワイバーンは、その身をむくりと起き上がらせた。
「な、なんでよ……これで二度目じゃない。一度目はあれほどのダメージを受けておいて、二度目はなんで平気なのよ……」
これもまた、ゲームを知らぬルイだからこそ気付かぬ罠。実際のところワイバーンはダメージを受けているのだが、感電による麻痺は耐性を上げている。同じ攻撃を繰り返すと仕留めにくくなる仕掛け。特にボスクラスの上位の魔物は、異常状態を即座に克服する性質を持つ。
「さ、三発目は……それを放てば倒れてくれるの? 分からない……あと二、三発で倒れればいいけれど、仮に倒せなければ残りの魔力は……」
決断の時は待ってはくれない。ルイはとっさに地面に手を着き、魔力の結界を張り巡らせた。
「目的は倒すことじゃなくてパナセアの花……なら少しでも時間を稼がないと」
中堅のルイの魔法ではクロスのような不壊の結界は生み出せない。ルイを見定めるワイバーンは身を浮かすことなく、四肢を蹴って突進し、ルイの結界に身をかました。
「うぐ……」
打撃自体は届かずも、衝撃はルイの身体を大きく揺らす。一撃で結界はひびを刻み、魔力で補修したところでまた一撃、ルイはジリ貧の状態に陥ってしまう。
「まずいわ……攻撃に転じることを封じられた! サンがパナセアを得て戻るまで、魔力が持たなければ私は……」
幾度も幾度も、まるで機械のように体当たりを続けるワイバーン。事実それはAIであり、現実の生物なら諦める状態であろうが、情報として結界がいずれ壊れてしまうことを知っている。
ルイに響く衝撃は安全なシェルターの中というより、手に持つ盾で耐えるといった方が感覚的には近い。どちらも身に傷を負うことはないかもしれないが、一発一発が芯に響き、気を緩めれば防御は崩れて生身を晒してしまう羽目になる。
サンはルイの現状に気付いていながら、足を止めることはしなかった。一度迷えばパナセアは燃えてしまう。だから一刻も早く花を手にして、ルイを救いに行くと心に決める。
そしてサンの決死の脚力は、迫る炎を抜き去って、飛び込み様にパナセアの花を根こそぎ毟り取ることに成功した。
「と、取ったぞ! ルイ! すぐに援護に向かう!」
「早く……もう私の魔力は……限界が近付いて――って……サン!」
花を手に掲げるサンの姿。その背後に蠢くものを目にしてルイの瞳は見開かれた。と、同時に集中まで途切れてしまい――
結界に注ぐ魔力が疎かになり、次なるワイバーンの一撃で、ルイの結界は粉々に崩壊した。
「う……そ……」
その先は声に出すことも叶わず、ワイバーンの巨体は猛烈な勢いをもって、小さなルイの体を跳ね飛ばしたのだった。




