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理不尽な怒り

 ワイバーンとはキメラというものに属される。竜の頭に鳥の足、翼は蝙蝠のものであり、神話の生物ではなく紋章が起源とされている。


 そんな所説諸々のワイバーンだが、この世界の個体は蜥蜴(とかげ)の体躯に翼の生えた、竜に近い見た目を持つ。そして事実ワイバーンは龍族に属されている。同種の中では下位の位置付けだが、種としては最強であり、並大抵の実力では倒せない。


「ルイ、君は下がってろ」

「私は見た目が子供なだけよ。気遣いは必要ないわ」


 それもそうかと思い直し、サンは不敵に笑みを浮かべると、合わせてルイもにやりと笑った。


「ワイバーンはAクラス昇進の課題となる、Bクラス最難関の魔物だわ。Bクラスの私たちでは本来は分が悪い。でも今はクロスの補助の恩恵で、能力値的には問題無い。決して勝てない相手ではないわ」

「説明は助かるが……しかし違和感だな。幼い君がこうも大人ぽく喋るとね。今までの話し方は、あれはどこで学んだんだい」

「恥ずかしいから、あまり言わないで頂戴。今後もクロスの前では、やらなくちゃいけないのだから」

「失敬、ごもっとも!」


 ふざけ合いから一転、構えるサンは剣気を宿して、ルイは手を合わせて詠唱を。ワイバーンは依然として、頭上を旋回しながら様子を伺う。


「なんの魔法を唱えるつもりだい」

「もうとっくに放ったわ。毒魔法よ。その内に弱って落ちてくるはず」

「あれ……でも確かワイバーンは……」


 次第に高度を落とすワイバーンだが、それが弱ったかと言われれば俄然元気であり、あくまで距離感を測っているだけの動きに見える。


「おかしいわね……そろそろ毒が効いてもいいはずだけど……」

「あの……ルイ。何かの文献で見たのだが、ワイバーンは毒に耐性があるから、毒系の攻撃や魔法は通用しないはずだと思う……」

「な、なんですって!」


 サンの忠告に目を丸めるルイ。運営の側が驚くなど馬鹿げているように見えるが、ルイはゲームというものに興味が薄かった。ウェアに入社したのも破格の給与を鑑みて。親からの勧めがあっただけ。


 此度のワイバーンにも言えるが、ルイのストラユニバースの情報は一夜漬けで叩き込んだものだ。だから耐性などの細かい部分までは知るはずもなく、更に言えば毒耐性という存在そのものすら知らなかった。


「ば……馬鹿げてるわ! 一概に毒って言っても何種類あると思ってるのよ! 毒耐性って一言で、全ての毒に耐性があるの? 阿保らしい! ゲーム的な世界とは聞いてたけど、そんな阿保らしいの? ゲームって!」

「おいおい、それが普通だと思っていたのだが、他にも属性耐性もあって、雷無効とか、火属性吸収だとか――」

「無効!? 吸収!? 馬っ鹿馬鹿しい! 耐性はまだ分かるわよ、防炎とかそういう素材はあるものね。しかし吸収だなんて……燃えて体が再生するとか、そんな意味不明のことが起きるんじゃないでしょうね?」

「お、起きるんだけどな……」

「どんな理屈よ! だったら打撃吸収とか、殴られて回復もしちゃう訳?」

「それはないかな……」

「なんで炎はOKで打撃は駄目なの! ありえない! 科学的に説明しろ!」


 ルイの想いは言い出したらキリがない。水耐性など、ちゃぷちゃぷと水に浸かってダメージを与えるのではなく、津波などの水圧で攻撃するのだし、打撃となんら変わらない。氷も同じく氷塊などをぶつけるのが主であって、これも打撃と変わらない。


 それを属性だからの一言で、耐性だとか無効だとか、そして吸収だとか、ありえない話なのだが、それを求めて客たちは冒険ファンタジー世界を選ぶのであって、仮想空間ではそれを実現できる。


「ふぅ、ふぅ……まあ、魔法で毒を生み出すこと自体が可笑しな話なのだから、追及しても仕方がないけど……なんだか腑に落ちないわ」

「あはは……私はルイの変わり様に、なんだか腑に落ちないよ……」


 息を荒げながらに、改めて詠唱をはじめるルイ。次は火属性の攻撃魔法。


「被害が散れば山を焼きかねないから毒を選んだけど、もはやそうも言ってられないみたいね」

「ああ、問題無い。それに見たところ辺りにパナセアの花はない――」


 ワイバーンの姿を目で追って、背後の切り立った岩壁の一角。そこには白く花開く、パナセアの花が一輪揺れていた。


「待てルイ! パナセアの花があった! 火属性はまずい!」

「う、嘘! もう駄目だわ! 今更魔法は止められない!」


 直後に放たれる火炎弾は、ワイバーンに向かって真っすぐに飛んでいく。


「当たれぇえええ!」

「当たってぇえええ!」


 そんな願いも空しく、ワイバーンは悠々と身を反らして火炎弾から身を躱す。そして外れた先にはパナセアの花がある訳で――


「外れろぉおおお!」

「外れてぇえええ!」


 最悪の事態が頭を過るが、幸い火炎弾はパナセアの側に佇む木々の一つに直撃し、ごうごうと炎上しはじめた。


「あ……危なかったわ。でもこのままでは、いずれパナセアにも火の手が……」

「私が取ってくる! ワイバーンは任せたぞ、ルイ!」


 サンが駆け出すと同時に、ワイバーンの意識もサンに向く。サンの目的はパナセアで、決して立ち向かって来るような動きではないが、狩猟本能は逃げるサンを獲物と見なす。


 ターゲットを定めたワイバーンは身を翻すが、そんなワイバーンの横顔に熱き火の玉が直撃した。


「どこ見てんのよ。相手はこっちよ、くそ蜥蜴(とかげ)

「ぐるるるる……」


 ルイの行動はヘイト管理。雄々しく唸るワイバーンだが、どちらがモンスターかと言われればそれは危うい。逆立つルイの黒髪を、魔力の渦が波立たせる。


「どうやらお怒りのようだけど、むしゃくしゃしてるのは私の方よ。ストレス発散に付き合ってもらうわ!」

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