告白
その後は城の外へ出て、サンとルイの二人と合流する。交渉は成功したと、それを伝えていざ出発――と言いたいところだが、しかしそろそろ日は暮れる。この日はハイネに一泊し、翌日早朝からベゲット山へと向かうことに。
翌朝は日の出に合わせて出発する。かなり早い時間だが、現実を生きた俺にとっては慣れたものだ。朝の憂鬱な通勤ラッシュ、それが嫌で嫌で、混雑する時間を避けての会社通いだったのだから。
ベゲット山へは、ハイネに訪れた時と同様の手段で走り続ける。歩けば一日では済まないが、この手法であればすぐ目的地まで辿り着く――はずだった。
「クロス、あれがベゲット山だ! 自然豊かで美しいが、つまり生物にとっても住みやすいということ。魔物とて同じなのだから、気を引き締めてくれ」
自然豊かで……美しい……
「パナセアは高度の高いところに咲くというぞ。ほら見ろ、山頂付近は岩肌が多いが、そのすぐ下に見える草木の集まり、あの辺りが怪しいと思うのだがな」
岩肌……草木の集まり……
「どうしたクロス、浮かばない顔をして。まさか魔物を恐れる訳でもあるまいに、もしかして高いところが苦手なのか?」
「いや、そうじゃないんだけれど……俺にはサンの言うことが――全然見えない」
「――――え?」
だって淀んでいるんだもの。モザイクのように霞んでいるんだもの。山の形がぼやけて乱れて、それはまるで――
「まずい……ベゲット山はバグってる……」
「な、なんだって!」
これは完全に予想外だった、まさかこれほど広大な地形をバグらせてしまうだなんて。しかし幸いにも、バグは山全体を包んでいる訳ではない。未だ三割程度といったところで、七割はしっかりと目に映っている。
問題は目に見える速さで侵されているということ。初めに見た時と今とでは、バグの範囲は広がっているように思える。
「私の目には見えないが、クロスには見えるということか。触れたら一体、どうなってしまうというのだ」
「分からない……それが分からないから恐ろしい。普通なら逃げればいいけれど、問題はバグった場所でも、今は向かわなければならないっつうことだ」
もし仮に、パナセアの花がバグに吞まれてしまったのならば、それは非常にまずいことだ。キーアイテムを入手できずにイベントは不解決、進行不能のバグということを意味している。
「くそっ……こんなんだったら、夜の内にでも出発しておけばよかったな……」
「後悔先に立たずなのです。今は急ぐしかないのですよ」
急ぎ麓まで走るものの、麓に着く頃にはバグは更に進行していた。形状はアメーバのようで、不規則で歪な形を成している。うっかりと周囲を囲まれてしまったら、逃げ場をなくしてジ・エンド。
本当にどうしようもなければ帰還魔法で山の麓まで戻れるが、いちいち戻っていては時間が足りない。よってルイの力が重要になるが、この規模だとどこまで抑えることができるのか。試してみる為にも、あえてバグの方角へと足を運ぶ。
目先十メートルところまでバグに迫る。そこには本来、青々とした草むらが広がっているはずだ。そんな優しい自然の色も、ぐちゃぐちゃに入り混じれば、なんとも不自然で薄気味悪い。
「私には本当に、ただの草むらにしか見えないのだが……」
「俺だって目の錯覚だと思いたいさ。じゃあルイ、俺の後に付いてきてくれ」
「……はいです」
ずるずると這い寄るバグを見ていると、なんだか呑み込まれてしまいそうで、ぞわりと背筋に寒気が走る。目下に見えるところまでバグに近寄り、そしてルイの手で触れてもらうことに。
「どうですか、クロス。バグはどうなっていますか?」
腰を落として、伸ばした掌から広がるように、自然豊かな本来の緑が蘇る。大いなる希望であるが、その範囲は半径で五メートルといったところが限界だ。
「直ってはいるけど、やっぱり山全体は不可能か」
「そうですか……お役に立てずに残念です」
「何言ってるんだよ! めちゃくちゃ役立つぜ! これで囲まれても脱出できるし、わざわざ戻る必要もなくなるんだからさ!」
「……はい……」
おや? なにやらルイの返事に元気がない。第一声を真に受けているのかな。フォローの言葉も慰めや気遣いでなく、心の底からの本音なんだけども。
「じゃあ、本格的に花を探していこう。非効率だけど皆で固まって、遠くには行かないように――」
「あ、あの……」
おずおずと寄って来て、見上げるルイの困り顔。落ち込んでいるようにも見えるし、躊躇いの表情にも見えなくもない。
「どうしたのかな、ルイ」
「じ、実は私にも……バグというものが見えるのです。隠していてごめんなさい」
「そっかそっか――って……まじ?」
突然のことで呆気に取られてしまうが、しかしルイはなぜ、見えることを今の今まで黙っていたんだ? わざわざ見えない演技までして。
「バグを消せる力があるからか、私にはそれが見えるのです。一刻を争うと言うのなら、それを伝えておかなければと思いました。これなら手分けして探せます」
「あ、うん……それはそうだけど、でもなんでルイは――」
「時間がないのです。私はサンと一緒に探しますから、逃げ場がなければ私の力で下山できます。クロスは魔法でなんとかなるはず……早いところ動きましょう!」
確かに悠長に問答している時間はない。気にはなるが、今はルイの案に従って、パナセアの捜索をはじめることにしよう。
ワイバーンはAランク相当の魔物だ。Bランクの二人には荷が重いが、代わりに最上級の強化魔法を施した。
「これでAランク相当ともやり合えると思う。だけどピンチになったら逃げるか、守りに集中して耐えてくれ。気配は常に気にしておくから、動きがあればすぐに駆け付けるよ」
「分かりましたのです」
「ルイはこの私が、責任を持って守り切るよ」
「頼んだぜ。じゃあ、また後でな!」
意図せずタイムリミット付きのイベントになってしまったが、なんとかバグが浸食し切る前に、パナセアの花を見つけ出さなければ――




