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祈り

 いったん帰還魔法で城を出ると、再び門から入場する。ややこしいが、このままでは城内の者にとっては曲者のままであり、改めて姫を助けたいという者が名乗り出たという呈で、正式に城内へと迎えられる必要がある。もちろん門兵だけは、透過バグでやり過ごさなければならない訳なのだが。


「娘はな、誰かの犠牲のもと、助かろうとは思わぬ性格なのだ」


 姫の部屋へと向かう最中、王はそう言葉を漏らした。しかしそれは既に知っていて、思わず”確かに”と口にするとこだった。さすがに姫の部屋に忍び込んだとは言えないが、給仕との会話の際にも、その兆しは感じられた。


「でもさぁ、何も言わずにパナセアの花だけを持って来れば、それで良かったんじゃないのか」

「それで信じてくれれば良いのだが、本当に誰の犠牲もなかったのかと、結果だけでは分からんだろう」


 なるほどね。例え俺が予め花を取って来たと言っても、それを演じる人間と思われてしまうということか。本当は裏で、多大な犠牲が出ていることを隠しているのではと疑念を抱いてしまう。


 きっと、姫はそのことを公言しているのだ。犠牲の下に花を取りに行くことを止める為にも、出処の分からない薬は決して服用しないと決めている。姫を通してからでなくては花を取りにいっても無駄なイベント。予め取っておくことは禁じられているってとこかな。


 そして先程もちょっぴりお邪魔した、姫の部屋へと再び訪問する。姫は変わらず美しくも、青白い肌をこちらに向けた。


「その方は――」

「シルク。この者はな、パナセアの花を取りに行くと申しておる」


 すると生気を感じぬその顔が、やにわに険しさを見せはじめる。


「父上、それはなりませんと申したはず。ベゲット山にはワイバーンが棲んでいます。並の人間では太刀打ちできません。私の為と自惚れたことは申しませんが、褒賞の為だとしても、それを認める訳には参りません」


 やはり随分と頑ななようだが、しかしこちとら並じゃない。ここで再び力を見せてもいいが、それよりもこの姫を説得する方法は――


「確かに俺らは褒美の為に助けに来た。姫を救い、そして王に見返りを求めてる」

「どなたかは存じませんが、命は金に代えられませんよ。私の母は、それが故に多くの兵や民を犠牲にしました。娘の私は、一歩たりとも譲るつもりはありません」


 なるほど、この頑なさは過去の経験が由来か。妃も同じく病気を患い、それを救わんと国は多くの犠牲を出したのだ。そして妃の姿が見えないところや、王の呟きを鑑みるに、恐らく母親は助からなかった。結果として無駄骨となった事実から、王女であるシルク姫はこれほどまでに拒むのだろう。


「そうだなぁ、命は金に代えられない。ごもっともだ。死ねば金は使えないしね」

「でしょうに。ご理解されたようでしたら、諦めてお帰りになられるのが――」

「でもね、命は命に代えられる。命を懸けてでも、守りたい命ってのは存在する」

「え――」


 目を丸くするシルク姫、ここで俺は一気に畳みかける。 


「これを信じるか信じないか、それはあなた次第だ。それを芝居かもしれないと捉えるのもご自由に。しかしその頑なで死ぬ命もある。あなたは守ろうとしているつもりなのだろうが、それで死ぬ命もあるんだよ。俺には船が必要で、それを見返りにあなたを救いたいと願い出た。譲るつもりはないと言ったが、それは俺も同じこと」

「そ、それは……そうですか……」


 この姫を納得させるには、これしかないだろう。命を守りたいが為の頑固ならば、こちらも同条件を差し出すのみ。あとは信じてくれるか否かだけ。


「シルクよ、力不足の懸念は必要ないぞ。わしは彼の力は拝見した。とても信じられないが、一人で国を相手取れるほどの力を有しておる」

「……分かりました。私ではなく、他の者の命の為とあらば、それを止めることはできません。船だけを貸して差し上げるというのも、それはそれで民が納得しないでしょう。ですが何卒、危険を感じたらお戻りください」

「分かったよ、認めてくれて有難う」


 よし、これでようやく承認は得られた。あとは花を取りに行くだけで、それは交渉より格段に楽なものだろう。


「すみませぬが、お名前をお聞かせ願いますか。交換条件とはいえ、私の命を救う者。誰ぞ知らぬという訳には参りませんから」

「失礼、申し遅れた。俺の名はクロス、冒険者だよ」


 耳にして、手を合わせるシルク姫は目を瞑る。その姿が病弱だからか、人知を超えた清らかさを携えていた。


「では、クロスさんの成功と安全を、神に祈りましょう」

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