潜入捜査
門を抜けた先のエリア、ここから先へは俺しか行けない。門兵とは違ってサンやルイには自我があり、くぐり抜けた俺を前に目を丸くしている。
「ちょっくら、姫と話を付けて来る。だから待ってろ、終わってからまた合流だ」
「ああ……」
「はい……です」
イベントの難易度は少なくともA以上。簡単に病を治せるはずはなく、恐らく何かしらを依頼されるに違いない。ただし姫まで門兵のように凝り固まったシステムに支配されているかどうか、その点は定かではない。一兵卒ならばその程度の扱いでも良いだろうが、姫となれば役柄も大きく、世界観の為にも自由度の高いAIにされている可能性もあるだろう。
つまりは門兵からの事前報告なく入城した事実を認識できてしまうかもしれない。そうなれば騒がれて、曲者とされてしまうのも面倒だ。
ならばまずは姫の様子。彼女がどういう容態で、どうすれば病を治せるか。それを予め知っておけば、俺には一つ策がある。
城内には仕える者たちが溢れており、見つからぬよう壁を伝って――というより、身体を壁にめり込ませて進む訳だ。果たして広い城内、どこから探せばいいのやら。隈なく探しても良かったが、そんな中で一人の給仕に目を向ける。
なぜ意識を向けたか、それは給仕の運ぶ食事の内容。男一人が食うには――いや、女性が食べるにしても明らかに少ない分量。それでいて食器は良質だ。部屋で一人で食べざる負えず、かつ極端に食欲の少ない。そして囚人でもなければ、高貴な者が口にする食事。これは病に伏せる姫への配膳だと、それを直感して後を付いて行くことにする。
そうして辿り着いたのは、見晴らしの良い城の最上階。そこに姫の部屋があり、給仕は厳かに入室する。俺はドアから入る訳でもなければ、壁から顔だけ覗かせて二人のやりとりを拝見する。酷い覗きの現場だが、見つかればその恐怖は二重の意味で叫ばれることになるだろう。
「シルク姫、お食事をお持ち致しました」
「ありがとう……いつも……すみません……」
掠れ声を絞り出すその様は、見ていて酷く辛そうだが、その声質の本来は美しいものを感じさせる。血の気の薄い透いた肌に、同じく冷めた唇の色艶。美しいことに違いないが、死相というに相応しい様相を垣間見せる。
「もうかれこれ、ひと月が経ちますが、しかし慣れることはありませぬ。私は常に、この身を捧げてでも姫様の代わりになりたいと――」
「それはなりません。有難い言葉ですが、民を犠牲に生き長らえようなどと、そんな私欲は許されません。なるがまま、神の思し召しのままに」
こりゃあ達観した姫様だ。かえって家臣が命を懸けたいとするのも分かる気がする。それにしても、シルク姫は病であって、果たして俺の魔法で治せるのだろうか。試しに状態を確認してみるも、特記されるような記載はなくあくまで健常。これはイベントで、魔法や回復薬で治せるタイプの状態異常ではないのだろう。
「せめてベゲット山に咲くと言われる万能花、パナセアの花さえ手に入れば……」
「いけません、ベゲット山には危険な魔物が生息します。私の回復の為に赴くなど、兵を危険には晒せません。少なくともワイバーンを倒せる力が無くては――」
はいはい、そういうことか。ワイバーンを倒せる実力が、このイベントには必要だったということか。
「アーサー王は、そのような実力者を探しておられます。きっと見つかります。神は決して、姫様を見捨てたりは致しませぬ」
「父上……」
姫を助けると提案し、アーサー王を惑わせる。続いてワイバーンを倒せる実力を提示し、アーサー王を納得させる。騒がれる前に、それらをアーサー王に叩き込む。
先にパナセアの花というものを入手した方が効率的に思えるが、しかし交渉を前に向かっても、ダンジョンには目的の花が配置されないという懸念もある。ここはひとまず王のところへ、交渉さえ済んだのであれば、あとは俺には容易なことだ。
なんて、その時の俺は思っていた。最強なのだから余裕だと。しかしまさかここにきて、Aランク程度のイベントに苦戦する羽目になるとは思ってもいなかった。




