ありきたりな異世界
最初の町はラシーニアといって、窓から見える景色は赤茶けた煉瓦の家々に、手製を感じる石畳。まさに中世の綺麗どころだけを集めた様相に、心は自然と踊り出す。
実際の中世ヨーロッパは衛生的にどうとか言われているが、ここはあくまで仮想空間で、不潔なところは見られない。リアリティの溢れる世界観もウェアの用意する選択肢にはあったのだが、そんな過酷な環境は現世だけで十分だ。
部屋の中は素朴な民家で、幾らかの家具で満たせてしまう狭いものだった。探索するにも時間は掛からず、所持金を持っていざ外へ。眼前に広がる景色は興奮ものだが、振り返れば質素でちんけな我が家が映る。こんな家などすぐにおさらばして、絢爛豪華な屋敷に住もうと、意気込みながらに街道へと出た。
さて、手始めにどこを目指すかというと、そんなのは決まっている。異世界の王道はギルドであり、これがなくては始まらない。物珍しさに辺りを見回すと、店先は活気に溢れていて、歩く町娘は麗しい。いやはや、本当に異世界に来たのだと、じわりじわりと実感する。
異世界情緒に浸って歩いていると、民家の屋根から飛び出て見える、一際大きな建物が目に付いた。旗に掲げる紋章はソードとアックス。武器屋のようにも思えるが、建物の規模からして、そこがギルドだろう。最強がギルドの門をたたく訳だが、とはいえ初めてのことなのだ。そこに強さは関係なくって、ひょこひょこと忍んで中へと入る。
内部は上階吹き抜けのホールの形を成しており、屈強な戦士たちが集っていた。壁面には幾つもの張り紙が掲示され、中央には受付台が備わっている。想像した通りの作り込みで、そこはウェアに勤める人たちの思う、世間一般のギルドなのだろう。
依頼書と思わしき張り紙も気になるが、とにもかくにも、まずはギルドに登録せねばはじまらない。ギルドは依頼者と受注者を繋ぐ役割で、契約の仲介者となる訳だ。個人契約にありがちな不正な力を排除して、公平な取引を約束する。だからこそ受注には登録が必要で、違反者には罰則が下ることになる。
受付台は全てで十あるが、しかしせっかくならばと、くりくりと愛らしい瞳に小柄な体躯の女の子。それでいてブラウスははち切れんばかりの、ギャップがキュートな受付嬢めがけて、いざ突撃を開始することに。
「ギ、ギルドに、ととと、登録したいんだけど……」
初手動揺、陰キャの発声などそんなもんだ。
「かしこまりましたぁ! こちらの紙に必要事項をお書きくださぁい!」
戸惑う様子も意に介さない、見た目通りのはつらつとした女の子だ。俺とは正反対の人間性だが、せっかく生まれ変わったのだし、正直この手の女の子とも仲良くしたいと思っていた。女性と無縁な人生とは、既に縁を切ったのだから。
渡された書類に必要事項を書き記す。あくまで仮想世界なのだから、識字については現世のものと変わらずだ。少々現実味を帯びてしまうが、一から文字など学んでいられない。とっとと書き終えてそれを渡すと、次にギルドについての説明に移る。
ギルドでは依頼の難易度によって、クラスが細分化されている。Dから始まり、最高難度はSランク。高ランクを受けるには実績と承認が必要であり、例え実力が最強であっても、万人一律にDランクからのスタートとなる。
「初心者さんならぁ、まずは肩慣らしぃ! 採集のご依頼がお勧めですよん」
そんなハイテンションなお勧めに、乗ってあげるのがノリのいい男なのかもしれない。しかし俺は社会でそれを学ぶことなく、それでいて最強に生まれ変わったのだ。採集なんてつまらないし、なるべく早く力を試したい、というのが本音のところ。
「ゴブッ……ゴブゴブ……ゴブリン退治をお願いしまっす……」
「いやん、スルーされちゃうなんてはじめてぇ! 私の話、聞いてましたぁ?」
おふざけ半分、下がる眦。半分は真に呆れているのだろう。ここは嘘でもいいから、とにかく早く信じさせてしまおう。
「や、野生のゴブリンと戦った経験があるんです。だだだ、だから慣れてて……」
「ふぅん、そーなんですねぇぇぇ。まー、無理はしないでくださいねぇ」
認めたというより、どうでもいいといった感じなのかな。しかし見てろよ、今は口下手な俺だけど、結果で度肝を抜いてやる。そしてあわよくば惚れてくれたら――なんちて、淡い希望を胸に抱く。
そんな安直で穢れなく、同時に歳を重ねて歪んでしまった、そんなステレオタイプなモテテクを掲げて、俺はゴブリン退治へと出向いたのだった。