キマシタワ!
アクセラは賑やかで、それでいて華やかな町だった。聞くと見るとではやはり違って、建ち並ぶ店も行き交う人もラシーニアの比ではない。各家は花々で彩られ、それは町はずれに行っても変わらない。このまま散策したい気持ちもあるにはあるが、しかし遂に昨日の宿で、財布の中身はすっからかんとなってしまった。であれば当然目的地はギルドを除いて他にはない。
「おはようございます」
きりりと吊り上がる眦に、広めのおでこは知的を表す。高い鼻には眼鏡が居座り、細顎はお堅い印象を思わせる。洗練された美女ではあるが、なにやら融通の利かなさそうな受付嬢だ。
「初めて拝見するお顔ですわね、ギルドの証明はお持ちかしら?」
「はい、これです」
こういう性格の女性に対して、調子に乗るのは憚れる。言動を違えれば許しませんと、訴えに走るタイプに思える。
「確認できましたわ。今回クロスさんは、どういったご依頼をお探しかしら?」
「えぇと、Dクラスで最も歯ごたえあるもので。早いところ上のクラスにも上がりたいですし――」
「は?」
は……って、不良じゃないんだからやめてくれよ。それに、そんな怪訝な顔もしないでくれ。リアル世界でのトラウマなんだから。俺個人を気に喰わないのならともかくとして、実績的にも注文には、何も不自然はないはずなのだが。
「何を世迷い事を。クロスさん、あなたは既にC級ではございませんこと?」
「は?」
って、俺も言っちゃったよ。そして今更ながらに、ギルドの証のデザインが変わっていることに気が付いた。前に説明など受けていないが、というか何を言っているのか理解できていなかった。きっとバグった受付嬢の話の中に、その旨の会話もあったのだろう。だからあれほどの笑顔を見せてくれた訳で、なんだか少し申し訳ないが、とにかくこれは結果オーライだ。
「じゃ、じゃあ……Cランクの中で一番難度の高い依頼を――」
「駄目ですわ、許可できません」
随分とばっさりだが、まあ予想はしていたよ。前の受付嬢もそうだったし、しかしこちらは圧倒的にお堅く見える。さて、どうやって攻略しようものか。
「実は依頼外でも、この位の難易度は経験があって――」
「駄目です、口ではどうとでも言えますわ。おまけにあなたはランクが上がっていることにも気付かないお間抜けさん。うっかり死んだでは、私も後味悪くてよ」
非を上げられると正直痛い。だが、今は少しでも報酬の高い依頼を選びたい。
「それでも一応Cクラスなんだし、Cクラスの中で受注する分には、あくまで冒険者の勝手でしょう? だったら――」
「駄目です。駄目駄目、駄目に決まっているでしょう。ギルドは仲介を致しますが、適性を下す役割もありますわ。無駄死にを防ぎ、安心安全を提供する。戦いに安心などと笑う輩もおりますが、危険だからこそ最も注力せねばなりません。あなたの場合は実力のある同伴者、それが伴わなければ認められませんことよ」
どうやらラシーニアの受付と違い、絶対に譲るつもりはないらしい。融通が利かず、一見すれば冷たく思えるが、それは冒険者の身を案じてのことだ。それを押し通してしまうのは気が引けるし、今はその気を汲んでやって、手頃な依頼を受けようと同意を口にする――直前のことだった。
「私も一緒に同行しよう、それなら問題ないだろう?」
それは近く耳にした声色で、勇ましくも華のある、誇り高き騎士の一声だった。
「サ、サンじゃないか!」
「いいタイミングだったな、これも運を鍛えたおかげかな」
腰に手をあてがい、堂々とした立ち振る舞いで現れたサン。凛とした口調も相まって、実力者の風貌を漂わせる。
「そ、そうはいっても、貴女の実績は……」
「それは心配に及ばん。私もCだが、これまでの実績を見てくれ給えよ」
差し出すギルドの証はCクラスだが、既に幾つもの依頼をこなしている。おまけに経歴まで分かるようで、騎士団の出身も明らかになる。確認する受付嬢の眦も、次第に下方に垂れていった。
「分かりましたわ。これほどの実績をお持ちでしたら、お止めすることはできません。しかし危険を感じたら、すぐに帰還してくださいまし」
「心配してくれて有難う。冒険者想いの、優しい子だね――」
身を乗り出すサンの返事は、そっと息衝くように、嬢の耳元で囁かれる。
「ぐはっ……」
クールビューティに思えた受付嬢だが、途端に真っ赤にのぼせ上がると、頭から煙を噴き出した。
「では、行ってくる!」
「あ……あの! 私、祈っております! サン様の安全を、安心を、尊い勝利を願っております! だから絶対、帰って来てくださいまし……」
これが百合というものか、男が付け入る隙が全くない。もはや空気と化した俺は、場の雰囲気だけは壊さぬよう、そそくさとギルドからフェードアウトした。




