抜け穴
もはやこうなってしまっては、討伐の証など二の次だ。これはプライドの勝負に移り変わり、ならば全力をもって叩き潰す。これまで使用を控えてきた魔法だが、証の消滅を覚悟で使用する。持ちうる中でも最強格、究極魔法の詠唱を。
辺りを闇が包み、空には巨大な魔方陣が描かれる。流星を意味する光属性最高峰、メテオール。名は呈を為し、上空に円陣が現れる理由は星々の落下を意味している。一発一発が超威力、そんな七色の光の槍が束となり、ゴブリン一匹に降り注ぐ。最強を最弱へ、見た目の派手さに反してなんともシュールな光景だ。
果たして結果は如何なるものか。辺り一面の木々を薙ぎ倒し、舞い上がる土煙は完全に視界を遮断してしまった。ならば探知を使って行方を調べてみると――
「いる、生きてる。気配が土埃の中を動いてる……」
最強のプライドが傷付くが、しかしダメージはあるのだろうか。バグった体力といえど、内部的には削られているのか。
『HP:$54j9%7k33※1』
増えたか減ったか分からない。分からないけど、桁数は増えてるんだが……
本気を出して戦える相手が欲しいと、そんな発言が今となっては恥ずかしい。そして恐らくだが、このバグったゴブリンは絶対に倒すことができなくて、体力を削り切ることは叶わないのだと悟った。
勝てないならば、せめて逃げることだけはしないでおこう。渾身の一撃をもってして、身に滾る不快なストレスと共に、遥か空の彼方に吹き飛ばしてしまおう。固く拳を握って待ち構え、土埃は次第に風に流されて、そして忌まわしき顔が覗いた瞬間、力を溜めた俺の拳は、むしゃくしゃと共に解放された。
武道家スキル最終奥義、殺神拳。これを選んだ理由は特にない、強いて言えば拳で奴を叩きたかったから。それがストレス発散というものであり、鉄拳を全力で顔面に叩き込む。カンストの腕力が生み出す全力の奥義。まともに喰らえば身軽なゴブリンの肉体など、軽く地を離れて飛んでいき――
あっと言う間に空の彼方へ。同時にスカッと晴れやかな気持ちが心に去来した。
”ゴブリンキラーの称号を獲得しました”
それは脳内に流れるアナウンスだった。レベルアップの報せだったり、魔法やスキルの習得だったり、何かしらの情報を伝えるものだが、しかし俺は最強なのだ。それらを聞く機会は今まで一度も無かった訳で、これが初めての体験だった。
「称号って、何かの役に立つものなのか?」
そんな疑問を頭に抱え、早速画面を開いてみては称号欄を確認してみる。
”ゴブリンキラー:ゴブリン族を五十匹以上討伐する”
どうやら称号は単なる記念のようだ。なんの効果もなく、コレクター魂を揺さぶるだけのものに過ぎない。その推測は正しくて、本来はそれだけの意味のはずだった。
「……待てよ、称号自体はともかくとして、五十以上の討伐って――」
今まで依頼数を遥かに超えるゴブリンを倒し、そして受付嬢を驚かせた訳なのだが、倒した数までは数えていなかった。そして今、このタイミングで称号を得たということは、さっきのゴブリンが五十匹目ということになる。つまりはあのバグったゴブリンを倒せたということなのか。
内部的な体力を削り切れたのか、はたまた偶然にも落下地点で、他のゴブリンと衝突し玉突きのように倒したのか。しかしそれより何より、殴り飛ばす為に適当に選んだ武道家スキル、その名称は”殺”神拳だ。はっと気付いて、そして画面を開いてスキルの項目に目を通し、説明にはこう記されている。
『殺神拳:神殺しと言われる必殺の拳。即死効果付与』
神を殺すだとか、そういう比喩はどうでもいい。大切なのはその後に書いてある、即死効果という文言。殴り飛ばしたゴブリンは、特に肉体を崩壊させるでもなく空の彼方に飛んでいった。つまり恐らく、体力は削れていないのだろう。しかし技の効果は即死であって、体力も関係なければ、ゴブリンに耐性は記されてなかった。
「そういうことか……」
その後、俺は大いにゴブリンを狩ることに。まあバグの個体など他に無ければ、全ては手刀の一撃で片付いた。バグは確かに恐ろしいが、しかし見極めれば全く対処できないという訳ではなさそうだ。
帰還後の受付嬢との対話は、それはそれでまた恐怖を煽ったが、心には一つの希望も宿る。そして俺は宿へと、浮いた足取りで向かって行った。




