異なる世界へご招待
転生が実在するのかどうか、そんなことは俺も知らない。しかし人生の転機をそう呼ぶのなら、俺は間違いなく生まれ変わった。陽光は清々しく、新しい朝ってのはこういうことをいうんだろうな。
頭のネジでも抜けたのかって、そう思って頂いて結構なのだが、だけど実際のところは自分が一番信じらない。たった一行ばっかしの文章に、これほどの歓喜を覚えるのは、後にも先にもきっとない。
”異世界行きのチケットに当選しました”
これが、俺の生まれ変わりの真相の全て。生まれてこの方ツイてない、そんな俺が手にした奇跡の豪運。異世界への招待券を、庶民の俺が手にしてしまったのだ。
はじめに言っとく、異世界といってもこれは仮想空間の話だ。リアルな世界に生身で行く訳じゃない。だからといって死なないのかと、そう判断するのも微妙なところだ。なぜなら仮想空間へは基本的には片道切符で、だから現実に残された人からすれば、仮想空間に行った人間は死んだのと変わりない。
異世界に行ける人間は限られている。人ひとりが社会から消え去るのと同義なのだから、易々と認める訳にはいかない。行く方法には二種類あって、一つは当然だが金の力。そして俺にこの選択肢はありえない。チケット代に比べてしまえば、一社会人の年収など端金にしかなり得ない。
そしてもう一つが抽選だ。皆で金を出し合って、そのうち一人が権利を掴む。いわば宝くじと同等の構造で、庶民の夢はそれしかないが、しかしそのぶん夢は壮大だ。
皆で力を合わせただけのことはあり、個人では到底出せないお金が集まる。よって抽選で選ばれし人間は、幻のSランクチケットを手にできる。抽選を当てた俺はそれを得て、歓喜のあまりに雄叫びを上げた。隣人にはキレられたが、もはやご近所関係なんてどうでもいい。
今までの人生はというと、それはつまらないものだった。そんな凡百な俺でも、正直に財布を届けた徳のお陰か、事故から救った子供の恩――ってことはないかな。願いの”ね”の字も言えずに流れ去った、星の気まぐれかもしれない。なにかしらの因果に感謝しつつ、長きを住まう家を後にする。
行き先はウェアという企業の本社だ。疑似的な異世界転生を提供する、仮想空間誘導システムの開発元。チケット一枚だけを握り締め、聳えるビルを仰ぎ見る。さすがは一流企業、というより金稼ぎ主義な会社のことだ。見上げる立派な高層ビルも、そして待ち受ける受付嬢も、どちらも華やかで、かつお高い印象を思わせる。
「チケットのご当選、おめでとうございます」
黒の垂髪に銀縁眼鏡、冷めた口調はまさにインテリ。しかし無機質かと言われればむしろ逆で、張りのある艶肌に、その胸元はというと……たまらん。
現実の美女は高嶺の花で、庶民の俺など見向きもされない。しかしこれから向かうのは仮想であって、こんな女性とだって幾らでもイチャコラできる。それを思うと口角が上がり、怪訝な受付嬢の眼がお返しされる。不審者とでも思われたのだろうが、これも今更どうでもいい。
受付嬢は直々に案内をしてくれた。プリっと揺れるお尻に釘付けで、夢中になっている内に目的地へ。見渡せばそこはパネルやケーブル、配管にレバー、そして中央にはいかにもなカプセルが安置される研究室のような一室だった。
奥には一人の男が掛けており、こちらに向かって手招きしている。こちとらチケットの当選者様なのだが、実態は只の庶民であって、やはり嘗められているのかもしれない。
「えぇと、まずは当選おめでとうございます。では早速、異世界転生のルールについて説明しますんで、そこに座って――」
そうして男は解説をしはじめた。矢継ぎ早に専門用語を述べられて、理解は難解を極めたものの、要約すると恐らくこんな感じになるのだろう。
一つ、容姿は好きに変えられる。多様なパーツを好みで選ぶのだが、予め作られた顔も存在している。美的感覚には疎いので、俺はほぼサンプル通りにすることに。名前も好きに変えられて、これは完全に一任される。
二つ、行く先の世界を選ぶことができる。自由度が高いように聞こえるが、行ける世界は限られているということ。既に用意された世界観の内、いずれかを選ばなければならない。とはいえ用意された世界観は、およそ百は下らない。
三つ、チケットランクによって、行き先での能力が決定される。無論、向かった後でも成長はするが、チケットランクを覆すのは相当に骨が折れるそう。だがSチケットは最高ランクで、それ以上の強さはあり得ない。
四つ、行き先で死亡すると、現実に於いてすら死亡扱いとなる。末恐ろしいが、仮想であろうが命の大切さをと、そういう計らいであるらしい。倫理が存在しないと、仮想空間の風紀は乱れてしまうそうだ。
他にもSランクチケットの特典として、一度だけ現実に帰ることができるという。行ってみて、やはり家族の下に帰りたいと、そういうこともあるのだろうか。幼い頃に親を亡くした俺にとっては、なんだかよく分からない感情だ。
以上が大まかな概要である。受付嬢の谷間を見ながらならともかく、汚い中年の男の話は退屈で、幾らか眠気を誘ったが、なんとか持ち堪えて選択の時を迎える。
俺の選んだ異世界は、未だ誰も訪れていない、ストラユニバースという世界だ。くどいようだが、俺は他に誰も転生者のいない世界を選んだ訳で、こちらが世界を選べるということは、反対に誰かに選ばれるということ。つまりは先に何処かの誰かが、訪れることが出来てしまう、ということ。一番人気の異世界は、王道の剣と魔法のファンタジー世界。設定も練り込まれ、常にバージョンアップを重ねている。
だけど、俺はそこを選ばなかった。そりゃあ憧れるが、既に他の者が訪れている世界など、陰キャでコミュ症の俺は願い下げだし、独自のルールなどあろうものなら、せっかくの異世界気分が台無しだ。だから俺はそれに近い世界観で、かつ誰も訪れていない世界を選ぶことにした。
異世界での名前はクロスにした。十字だなんてかっこいいだろ。中二病だと笑われそうだが、それを馬鹿にする奴は向こうにはいないし、運営も画面越しだったら幾らでも貶すがいいさ。
そして姿はちょっとぼさぼさ頭の、いかにも主人公なイケメンにした。わざわざ不細工を選ぶ必要はないだろう。能力はチケットランクよろしく最強で、レベルアップの醍醐味は失われるが、死亡が退場に繋がるのならそれも良し。持ち物だけはランクに関わらず、誰しも変わりないそうだが、魔法もスキルも完備であれば、何も困ることなどある訳ない。
以上を踏まえて、俺は装置に身体を委ねることに。解説をした男が携わるのは当然として、受付嬢まで様子を見守る始末だ。仕事はいいのだろうかと、しかし今生最後の現世ならば、美女に見送られるのも悪くない。そうして話は冒頭へと、俺は二度目の産声を上げたんだ。