091.力量への焦り●
シラユキはふざけているのか?
ソウタがイリューと名乗る人物が顔を覗かせた際に思った事はこれだった。
どこからどうみてもシラユキなのだから。
間違えるはずがない。正真正銘の本人だもの。
「シラユキ、一体なにをしているの?」
「?」
自らをイリューと名乗った人物は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ああ、そいつはシラユキじゃない。
見た目が瓜二つな全くの別人だ」
「最初は私も驚いたけど、シラユキさんに比べたら覇気がないというか、何も知らないような純粋無垢な感じの顔をしてるし、何よりも纏っている雰囲気が凄く柔らかいから本人じゃないってすぐ分かったわ」
「……?」
イリューは、ソウタの顔とアルバドール達の顔を反復して見るように動かしている。必死に話を聞いているような感じだった。
と、いうよりも問題はそこではない。
あまりにも似すぎている。
赤の他人だとしても、これには異常性を感じてしまう。
ソウタは確認すべきことがあると思った。
その瞬間、体がイリューの方へ吸い込まれるにして動いていた。
「あんた、どこ行くのよ?」
「ちょっと失礼」
ソウタはイリューの髪の毛をかきあげ、耳をプニっとひと摘み。
いきなり謎の行動をしたソウタの肩にはエニグマの手が置かれていた。
「変態」
「う~ん、やっぱり違うのか?」
「ちょっと聞いてるの!?」
ソウタはエニグマの制止をもろともせず、イリューの耳を触り続ける。
「……? コレはなに?」
「やっぱり本当にシラユキじゃないみたいだね。
いったい君は誰なんだ?」
「だから、ワタシはイリュー。
あなたに創られた存在……です?」
「ねえちょっと、あんた。さっきからどういう事よ。
なんで耳を触っただけでシラユキさんとは別人だって確証が持てるわけ?
それにあんたに創られた存在ってどういう事?」
エニグマはソウタの肩に乗せている手に体重をかけ、ずいっとソウタを覗き込んだ。
フローラルな香りがソウタの鼻腔をくすぐった。
そこにフランシスカもやってくる。
「まあ深い事は考えるな。こいつはきっとシラユキに憧れて形から入ってみたタイプなんだろうな。強さはあいつには遠く及ばないにしろ、見た目だけは近づけて目標の人に近づこうとしたんだろう」
「イリューは、ツヨい。強さにはジシンある」
「ほう、この私よりも強い自信があるのか?
そしてあいつ……お前が憧れているであろうシラユキよりも?」
イリューは言葉の意味を必死に理解しながら、首を静かに縦に振った。
「ハハッ! こりゃあおもしれぇな!」
そんな様子を見てアルバドールが豪快に笑う。
「何を笑っているんだアルバドール」
「いや、何。俺がそいつに声を掛けたのは紛れもなく実力があるからだ。討伐隊への参加は何よりもストロングモンスターへの対処が出来る冒険者が必須だからな」
「え? 討伐隊? 何の話をしているんですか?」
討伐隊を言うワードに反応したエニグマ。
確かに今討伐隊の参加をしないかと言われたのはソウタだけだ。
その事を知らずに来たエニグマからしたら当然の反応だった。
「あぁ、そうだったな。話が反れたが本題だ。
お前たち二人にはソウタが隊長となる討伐隊への参加を頼みたくてな」
「……? あんたが隊長の討伐隊?」
エニグマはソウタを見つめ、アルバドールへ向きを直す。
――エニグマはアルバドールから討伐隊の詳細を教えてもらった。
「討伐隊に参加した場合、もちろん拠点となる場所では同居する……という事ですよね?」
「そりゃあまあそうだけど、安心しろ。
部屋はちゃんと分けてあるし、拠点も狭くはない。
生活が不便にならない程度だとは思うぞ?」
「あぁ……いえ、別に部屋が別だというのはあたりまえなんですけど」
「なんだ、何か不満があるのか? 俺はお前の実力を見越して討伐隊へ誘ったんだがな。こっちも人材確保が難しいから頭数が減るのも困るしなぁ。……よし、不満があるなら言ってくれ。すぐに改善に取り掛かる」
「不満はまあ……別に大したことじゃないんですけど……。その、どうしても一つのパーティとして参加しないとダメなんですか? 私一人で行動するっていうのは」
「ストロングモンスターの力はある程度情報が集まっているとは言え未知な部分が多い。だから単独よりも複数人で相手をするために討伐隊としてメンバーを編成している」
エニグマがどうしてこうまでして討伐隊への参加を躊躇しているのかは、エニグマを創ったソウタには分かっていた。だからこそ、ソウタは話を遮るようにして口を開いた。
「そういえば僕、夜の散歩が好きでさ~。夜の空気感っていうのかな? 日が落ちた後の静かな環境の中一人夜空を見たりするのが楽しいんだよね。そしたらいつの間にか夜風を浴びながら外で寝ちゃう事がおおいんだよ~。ははっ困った困った」
エニグマがソウタの発言に、キョトンとした顔をした。
「おいおい、大丈夫なのかよ。いくら治安が良いとは言っても夜は活動している冒険者も少ないし、万が一モンスターにでも襲われたら大変だぜ?」
「ご心配なく! 僕、こう見えても感知能力には自信があります。
今までも外で寝ている時は襲われる前に感知して処理していましたからね」
もちろん、そんな事実などない。
ソウタはエニグマの秘密を知っているからこそのでっち上げを話した。
「まあ、本人が問題ないって言うなら問題ないのか……?」
アルバドールは納得半分と言った感じで首を傾げた。
「まあそういう事だからさ、エニグマ。折角のギルドマスター直々の推薦だし、ここは素直に受け入れた方がいいと思うよ?」
「へ、へぇ~。あんた夜の散歩が趣味なのね。
まあ、別に私には関係ない事だけどさ」
エニグマの顔から不安な表情が消えた。その代わり、いつもの自信に満ち溢れた気の強い性格の彼女を現した表情へと徐々に変わっていく。
「分かりましたギルドマスター。討伐隊への参加、承諾します」
「イリューもしょうだく」
「よし! 決まりだな! この中で冒険者じゃないのはイリューだけだが、こいつの強さは俺が直々に認めたって事でAランクは上げても良いと考えている」
「え!? あんた冒険者じゃなかったの!?」
「こいつは何の突拍子もなく現れた逸材でな。王都の近くでとある冒険者パーティが突如として出現したストロングモンスターに苦戦していたんだ。幸いにも王都に近かった事もあって、パーティの一人が援軍を呼びに来ていた所に、偶然俺が出くわしてな。仕事も一通り片が付いていたから運動がてらその場所に向かったら、そこのイリューがあっという間にストロングモンスターを斬り伏せたんだ」
「へ? うそ、あんたそんなに強いわけ!?」
「見事な剣さばきだったな。その後も、立て続けに出現してきたストロングモンスター5体をたった一人で氷魔法を駆使しながら一撃で葬り去ったんだ。俺は痺れたね」
「ほう……。1人で5体を一瞬でか」
フランシスカがイリューの活躍に興味をしめした。
「だがアルバドール。なぜその時はシラユキじゃないって確信していた?
こんなにも容姿が似ているのなら、まず別人だとは思わないだろ」
「別人だって確信していたさ。なんだってシラユキは俺直轄の特別討伐隊の隊長に任命して持ち場にいってもらっていたからな。まあ要するに、結構な遠方へと向かってもらっていたから、その場所に居たそいつがシラユキじゃないってのには確信が持てたって訳だ」
ソウタは今までの話を聞いて色々とこんがらがっていた。
まず第一に、この出来事はベースキャンプシラユキに行っていた際に行われたのだったら、シラユキは自分の傍にずっといたからシラユキが討伐隊への参加をしたという話がまずおかしい。
「アルバドールさん、聞きたいんですけどシラユキが討伐隊の参加を認めたのっていつぐらいですか? 結構直近だったりします?」
「ここ一週間以内だった気がするな。詳しい日はうろ覚えだが」
なるほど。つまりはアルバドールは自分に創り出されたというシラユキに瓜二つのイリューという存在をシラユキと誤認し、討伐隊への参加を申し出た。そして思い出した。闘技エリアでシラユキに憑依していた際にアルバドールが討伐隊がどうとかっていう話を持ち掛けてきた事を。
そして全ては繋がった。このイリューという人物は、闘技エリアで模擬戦を行う前に思い付きで使用して発動が出来てしまった魔法【イリュージョン】で作りだした幻影的存在だ。
だが幻影と言う割には実体があって感触もあった。
ただの魔法で作り出したゴーレム的な存在とはまたほど遠い。
そしてこのイリューがシラユキとしてギルドの冒険者たちに誤認され、全ての誘いに首を縦にふって答えたがためにこういう状況になっているという訳だな。
だとすると本物のシラユキは、かなり危険な状況に陥っているのでは……?
偽りの強さだというのに、ストロングモンスターを討伐するべく結成された、しかもギルドマスター直轄の特別討伐隊とやらのメンバーの中に居る。絶対このメンバーは手練れだらけで結成されているに違いないからシラユキの素性がバレてしまう可能性も無きにしも非ず。
……まあ、今までシラユキはこういう窮地を乗り切っているだろうから心配ない。
と、いいたい所だけど今回ばかりはちょっと心配になっている。
だけどシラユキだから何とか上手くやっていっているという謎の自信もある。
どっちにしろ、本物のシラユキと再開しないといけないな。
「ねえあんた、さっきから考え込んでいるみたいだけど話聞いてた?」
エニグマがアルバドールの話を上の空に一人で何か考えている様子のソウタを見て声を掛ける。その声に反応してソウタは我に返った。
「え? あぁゴメン、エニグマ。聞いてなかったかも」
「あんた隊長なんでしょ? しっかりしなさいよ。まず私たちは今から用意された拠点に移動して、そこから周囲の見回りと近隣の村や街に挨拶回り。それから異界の扉が出現していないかを、怪しい場所を探しながら、必要であれば凶暴な魔物を倒して治安維持。覚えた?」
イリューはコクコクと首を縦に振る。
ソウタは詰め寄ってくるエニグマを可愛いなぁと思いながらも、ちゃんと頭の中に今後の予定をインプットし、エニグマ可愛いなぁと思った。
「よし、じゃあ色々とまとまったみたいだし、これから討伐隊としての活躍に期待しているぜ。もちろん必要であればこちらからの依頼も渡す予定だからよろしくな」
「はい。任せてください」
「ま、お前たちの討伐隊にはSランクが一人いる。
よほどのことがなければ大事には至らないだろうが、気だけは抜くなよ」
「えっ!? フランシスカさんも一緒に行くんですか?」
「ん? 何を言っている。私は既に別舞台にいるぞ」
「え? じゃあSランク冒険者って誰の事ですか?
もしかしてこの子?」
まさかそんな訳と思いながらイリューの方へ顔を向けるエニグマ。
「お前こそ何を言っているんだ。確かにそいつの実力も気になるが……」
フランシスカは自慢げにソウタを指さした。
「この男だ」
「えっ……!?」
「ソウタは昨日私と戦って勝ったからSランクの闘技試験に合格した事になったんだ。まあ色々とハンデがあったうえでの戦いだし、私の事も色々と知っていた見たいだから私としては意義はあるとはいえ、その実力は私に少し劣るくらいだからまあ別に認めてもいいかなと思った次第だ。ま、最終的にはアルバドールの判断でSランクになったわけで、私はまだこいつをSランクとはみとめ――」
ぺちゃくちゃと喋るフランシスカの兜をバコンと叩くアルバドール。
「負け惜しみか?」
「いいや事実を言ったまでだ。あの戦いはまだ私も本気ではなかったし、何よりソウタは私を知り尽くしていたからな。逆にその状況下で勝てないほうがおかしな話だったと思っただけだ」
「知り尽くしている? 一体何の話だ」
「詳しくはいえない。ま、そう言う事だ」
「どういう事だよ。まあいいや」
「まあそういう訳で、ソウタがSランク冒険者として討伐隊にいるから大体の事態には対応できるだろうって話だ。分かったかエニグマ」
フランシスカはどこか悔しくも嬉しそうな声色でエニグマに伝えた。
「あ……ありえないでしょ? あんたがSランク?」
エニグマはソウタの顔を唇を震わせながら見ていた。
杖を持っている手をぎゅっと力強く握る。
「う、うそよ! 確かにあんたの力は間近で見たからほんの少しはAランクだっていう事をこの前認めたばっかなのにフランシスカさんに勝ったって一体どういう……」
エニグマはソウタがSランクという事実に混乱している。
それもそのはず、エニグマはBランク。そして初めてソウタと会った際は自分よりもランクが下だと思っていたソウタがAランクだと知って内心凄く悔しかったのだから。
だから必死に努力していつかAランクへ昇進してあいつと同じ土俵に立ってやると思っていた矢先にSランクの冒険者になってしまったのだから。
基本的にBランクになれればエリートの部類だ。
Aランクともなればエリート中のエリート。エリートの中でも上澄みの存在。
だが一般人がなれるランクの限界はここまでだ。
Sランクからは強さの領域が違いすぎる。
生まれながらに持った才能、力。そして恵まれた教育環境。
その全てが揃い、その中でも特異な力を持つ者だけがなれるランク。
遥かにハードルが高く、そのハードルを飛び越えられるのは一握り。
そんな領域にソウタは立ってしまった。
エニグマはその事実がなによりも悔しくて悲しかった。
初めて会った時から何か近しい感覚を覚えた相手。
他の人とは違う、何か不思議な魅力を感じていた。
そんな相手に口ではキツイ言葉を言ってしまったが、本当は……。
そんな人と並んで強くなっていきたかったのに。
エニグマはキリっと表情を変えて、ソウタを強くにらみつける。
「ソウタ。私と勝負しましょう」
「え? なんでまた急に?」
アルバドールは突然の決闘宣言に豪快に笑った。
「おもしろい! これまた予想外の展開だなぁこりゃあ」
フランシスカはそんなエニグマの言葉に便乗するように――
「エニグマよく言った!
じゃあ私もイリュー! お前に戦いを申し込む!」
何が一体、どうしてこうなっている!?
ソウタはまた戦いかと、肩を落とした。




