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083.襲来-北門②-

 漆黒の毛に身を包む猛獣から放たれた黒炎は人の目では捉える事が出来ない速さで放出された。フランシスカから遥か彼方の遠方に居たのにも関わらず、彼女の眼前には1秒とも掛からない時間でその炎の塊が迫って来ていた。


「……!」


 言葉を発する暇もなかった。

 フランシスカがその炎を認識するよりも早く、体が黒炎へと包まれたのだ。


「……ふっ。存外大したことはないな」


 だが攻撃は直撃したフランシスカは平気な顔をしていた。


「火球の速さと大きさから私は一瞬のうちにその攻撃の威力を想定してマナを防御に回した。それも完全にマナを練りきっていない不安定な状態だったが完全に攻撃を防ぐことができた」


 フランシスカは手を大きく天に掲げる。


「これは私がいつもの装備じゃなくとも頑丈だという証になるだろう!

それにあの魔獣の攻撃は今の一瞬で見切った! 次の攻撃は絶対に食らわない!」


 誇らしげな顔をし、満足しきった表情でフランシスカは剣を構える。


「さあ魔獣さん。貴様の炎と私の炎。どっちの出力が上か勝負しようか」


 魔獣は再び口を開ける。


「無駄だ無駄だ! その攻撃は既に見切った!

私に同じ手が通じるわ」


 フランシスカが何かを言おうとして口を動かしているその最中。

 フランシスカの視界が黒炎の火球で埋め尽くされる。


 魔獣が炎を放出したのを認識できなかった。

 何が起きたのだろうか? そんな確認をする暇もない。

 先ほどと同じ攻撃だった。だがフランシスカの目には見えなかった。

 見切ったと豪語していたが、一発目と二発目ではまるで別物。

 威力、速度共に想定を上回っていた。

 

 咄嗟に具現化した羽で間一髪炎を防ぐ事が出来たが、その衝撃で羽の一部が消失し消えていた。この攻撃が直撃していたらと思うと少しだけ冷汗をかいてしまった。


 そんな自分が許せなかった。

 たかが魔獣の分際でこの私に勝つなど言語道断である。

 そしてそんな魔獣に対して焦りを覚えた自分に対しても苛立ちが収まらない。


「ふざけるなよ魔獣風情があああああ!

その程度の攻撃で私が」


 フランシスカは怒ってしまうと周りが見えなくなってしまう。

 今もまさに感情に振り回され冷静さをなくしていた。

 そしてまたも同じパターンだった。


 今度は三つの首から同時に黒炎が放たれる。

 それも今までの比じゃない程のスピードと威力。


 その速度はもうほぼ光速と言っていい程に達しており、炎が通過した場所は炎が通り過ぎてから時間差で延焼が始まり黒色の火柱が立ち昇っていた。


 興奮状態で冷静さを欠いていたフランシスカはもう成す術がなかった。

 やはり今の自分の力の天井はこんなものなのかと酷く嘆きたかった。

 だがそんな暇も与えぬまま、無情にも三つの黒炎は再度フランシスカを呑み込む。


「大丈夫かいフランシスカ?」


「……?」


 もう駄目かと思い目を閉じてしまっていたフランシスカは声が聞こえてきたため困惑していた。それもそのはず。本来ならば今私はこの場所に居る人間ではないのだから。


 もしかしてあの世からの呼びかけか?

 そう思ったフランシスカは恐る恐る目を開いた。


「どうして、私は地面に足を着けているんだ?」


 最初に疑問に思ったのはそれだった。

 そして次に思ったのはどうにも聞き覚えのある声だという事。

 そこに居たのは見たことがあるようなローブを着た人物だった。


「危なかった。あとコンマ何秒か遅れて居たらと思うとゾッとするよ」


 ソウタは北門に戻ってきた際に、フランシスカが何者かに攻撃されているのが目に映った。だがフランシスカは何でも自分で処理したいタイプなので助けは無用だと思っていた。だがフランシスカの性格を把握しているソウタは、彼女が感情的になった瞬間に何者かからの攻撃を防ぎきる事が出来ないと思った。


 結果として攻撃を避けられなかったフランシスカを助けたのだが……。


「……その声、聞き覚えがあるな。

貴様もしかしてコロセウムで私と戦った相手か?」


 ソウタはフランシスカが助けてもらったのにも関わらず「ありがとう」と口に出さない事に対して笑みが浮かんでしまった。


「何を笑っている貴様。私の醜態を見て笑っているのか?

言っておくがな、あんな攻撃は私に通用していなかったんだ。

貴様が助けなくとも私なら対処できた。勘違いするなよ」


 そんなフランシスカの背後から大男の影が近づき、その頭を巨大な腕で殴りつけた。


「おいおいフランシスカちゃん。命の恩人にそんな態度はねえだろ。

ちゃんと助けてくれてありがとうございますってお礼の一つくらい言えや」


「いったいなぁ! なんだよアルバドール!

私は事実を言っているだけじゃないか!」


 アルバドールはフランシスカを無視してソウタを見た。


「おう、お前さん。中々いい筋しているじゃねえか。

このちんちくりんを助けてくれてありがとよ」


 フランシスカの代わりにソウタにお礼を言うと、アルバドールはソウタから魔獣の方へと視線を移す。拳をフランシスカの頭に押し付けながら真剣な眼差しで。


「あの野郎。またあの時みたいにいきなり現れやがって」


 いつもの陽気なアルバドールとは雰囲気が違う様子にフランシスカも何かを察する。


「何か因縁でもあるのか? あの魔獣に」


 アルバドールの手を退けるべく、両手でその巨大な腕をどかそうと必死に持ち上げるがピクりともしていない。


「まあ、色々とな。それよりもフランシスカちゃん。お前、『私ならあの魔獣の攻撃に対処できる』とかほざいていたがな、あいつはお前の姉ちゃんですら手こずった相手なんだぜ?」


 姉。その言葉にフランシスカはピクりと反応した。


「だから?」


「だからフランシスカちゃん。お前では到底かなわない相手だって事だ」


 フランシスカの額に青筋が浮かぶ。

 メラメラと燃え滾る炎も体全体からあふれ出しており、今にも沸騰しそうだ。


「おいアルバドール。今の言葉を訂正するチャンスを与えてやる。

いますぐ訂正すれば貴様の体に永遠の火傷傷が残らなくて済むぞ?」


「んお? なんだフランシスカちゃん。何をそんなに怒っているんだ?

まさか姉に対するジェラシーでか? ハハッ可愛い奴め」


「おい、本当に燃やすぞ」


 冗談ではなく本気でそう言っている。

 アルバドールはおっかねぇ~という顔で茶化すように笑った。


「まあいい。なら俺の手をどかせる事が出来たらあいつと戦わせてやる。

それが出来ないならお前の実力では到底無理だという事になるぜ」



「そんなこと、私にとっては容易い事だ!!!!」



 フランシスカは体に力を込める。

 マナを具現化させるために体内のマナを活性化させようと試みたのだが、何故かマナの動きが不安定になっており、思った通りにマナが練れずに力が発揮できずにいた。


「くっ……!」


「フランシスカ、今のお前には俺の腕をどける力は残っていない。

何でか分かるか?」


「そんな事しるか!!!

私の力不足だとでも言いたいのか!? あぁ!?」 


「いいや。お前の力は誰よりも認めているさ。

だが今のお前では無理だ。何故ならあの黒炎にマナで振れてしまったんだからな」


「なに……?」


「あの黒炎はただの炎じゃない。当たった者のマナの構造を一時的に大きく変えてしまうんだ。それによって生じる事はお前には言わなくても分かるだろ?」


「……マナの乱れによって活性化、放出、具現化が出来なくなり、更には属性に対する抵抗力もなくなっているから勝ち目がないとでもいいたいんだろ?」


「ああその通りだ。だからここは俺と――」


 アルバドールはそこまで言うとローブを着たソウタを見た。


「そこのあんた。悪いが実力を見込んで頼まれてくれないか?

向こうにいる漆黒の魔獣を一緒に討伐してほしい」


 ソウタは二つ返事で「はい」と答えた。

 特に断る理由もなかった。

 なによりもフランシスカが危機的状況に陥っているからだ。


「話が早くて助かるな。じゃあ早速だが向こうに居る魔獣を……」


 アルバドールが言葉を言い終わる前に、フランシスカを抑えていた腕が持ち上がった。


「それで……? なんだ?

マナが扱えなくなったからって私が負けるとでも思っているのか?」


「おいおい。本当に腕をどかして貰われちゃあ困るんだけどな」


 フランシスカの強さの一端でもある感情。

 それは昂れば昂るほど本人の力を底上げするが、同時に判断力と冷静さを鈍らせるというデメリットがある。普段はその抑制を、加護が与えられた装備によって行っている。

 抑制した分の力を体に巡らせる事でマナを活性化させ、力を上げる事が出来る。


 だがフランシスカは今、普段の装備をしていない。

 顔を隠すヘルムと軽装備で身を固めているだけ。


 感情の抑制をするものがなく、その力は普段の何倍、何十倍へと膨れ上がる。

 リミッターがない力の増幅という物は恐ろしい物で――。


「アルバドール。私はマナが使えなくとも強いんだよ。

普段の装備をしていなくたって強いんだ」


「おいおいフランシスカちゃん。落ち着けって」


「落ち着く!!!!!!!」


 アルバドールは浮かされた腕をフランシスカの頭を抑えるべく下げようとしているが、これが中々下がらない。それどころか段々と持ち上げられている。


「お? なんだおじさん結構本気出しちゃおっかな~?」


「その手を……!!!!!」


 フランシスカは体のマナの構造が不安定になっているのにも関わらず、昂った感情の力でマナの再構築を行い、そのままの勢いで手に炎を纏わせる。


「どけろおおおおおおおお!!!」


「よし、今だ!」


 アルバドールはそれを好機とみた。

 フランシスカの手を払いのけ、魔獣がいた方向へと手を向けさせた。


 フランシスカの手に炎が纏ったと同時に、あの魔獣が放った黒炎の規模のマナの放出が行われた。速度は無かったが、威力のほどはそれに申し分ない程だっただろう。


 しかしフランシスカが放った炎は、誰にもあたる事はなかった。

 それどころか、辺り一面を取り囲むようにして出現していたストロング系のモンスターが突如として姿を消していた。


「は???」


「ちっ……あの野郎。やはり突然現れて突然消えやがる。

今度こそやってやろうと思ったんだがな」


「消えただと……? ふざけるなあああああああ!

私に屈辱を与えたあいつに対する報復がまだだああああ!」


「おいフランシスカ。いい加減子供にてぇにわめくのはやめろ。

お前の姉ちゃん。ルミエルはそんな幼稚な事はしないぜ」


「お姉さまぁ!?!? そんな奴の事しらん!!

私はお姉さまよりも強くなっているはずだ!!!

子供の頃以来、まともに姿を見せない奴の事など!!」


「おいおい。ルミエルの活躍くらい聞いているだろ?

それにあいつはロイヤルナイツNo.1(ファースト)だ。

聖女様の護衛とかで多忙なのは承知のはずだろ」


「うるさいうるさいうるさい!!!

活躍だけならいくらでも盛ることなど出来る!

というかお姉さまの活躍を聞いても大したことないと思っていた!

私にも出来ると、そう感じていたからなあ!」


「そうか。じゃあお前はあの【煉獄獣ベルドラヘル】に勝てたか?」


「ベルドラヘルゥ? あの魔獣の事か? だったら倒せていたさ!

いまから倒そうとしていた所だったんだからな!」


 アルバドールは笑う。


「無理だな。ルミエルですら手こずった相手だ。

それに倒せたわけじゃあない。追い返したのがやっとだったんだぜ?

まだ未熟なお前には到底勝てる相手じゃあねえよ」


「ルミエルルミエルってうるさいなぁああああ!!

今日はお姉さまの事を考えるとすこぶるイライラするんだ!!

コロセウムでの一件といい、なぜあの人の姿がチラつく!!!」


 ソウタはそんな事を言っているフランシスカを見て微笑む。


 事実上、フランシスカはコロセウムでルミエルと戦い、負けた。

 ただそれはまだ未熟であった事が原因だ。それにあの時はフル装備じゃなかった。それだと本来のフランシスカのポテンシャルを8割がた潰している。

 それにバリアブルスは使わなかったとしても、なぜ【あの武器】を使わなかったのか。

 色々と加味すると、フランシスカがルミエルを超える材料はいくらでもある。

 絶対に扱えるであろうある武器を使い、更には翼が片翼ではなくなれば……。


 ソウタはそんな感情的になっているフランシスカを落ち着かせるべく口を開く。

 肩にポンと手を置いて。


「まあ、フランシスカはこれからだからな!

お姉ちゃんのルミエルには今は敵わなくとも、絶対に超えられる!

君は伸びしろの塊なんだから。僕が保証するよ!」


「貴様、何様のつもりだ」


 フランシスカはキレた。

 プッツンと頭の中で紐が千切れる音が聞こえるようだった。


「既に私は姉よりも強い!!!!!

貴様に言われる筋合いなど、微塵もないわあああああ!!!」


 フランシスカの怒りの炎がメラメラと燃え滾る。

 その炎に触れたソウタのマジックローブにも火が移った。


 本来マジックローブは耐熱性に優れているが、フランシスカの怒りの炎が激しすぎるのか、もはや耐熱性などは無視されてメラメラとローブが燃え始めている。


 炎は昂っている感情を表しているかのごとく荒々しく激しい。

 熱量も凄まじく、ローブだけではなく王都を取り囲む門が熱でドロドロに溶け始めた。


 さすがにマズいと思ったアルバドールは王都へ向けて何かを飛ばした。

 するとそれ以降、熱が遮断されたかのように門の融解は止まった。

 それどころか、ソウタとフランシスカを中心に何かで遮断された。

 まるで空間ごと隔離されている。そんな感じだ。


「なああんた、悪いが今こいつの怒りの矛先はあんたに向いている。俺が介入してもいいが多分それだとこいつは納得しない。だから徹底的にやってもいい。

強さを見込んでの頼みだが……フランシスカちゃんを倒してくれないか?」


 炎に包まれながらソウタはこくりと首を縦に振った。

 ソウタには考えがあった。

 もうマジックローブも燃えてしまった。

 身分を隠せなくなった以上、もう怯える必要はない。


 元より、フランシスカと対面したらこうなる運命だった。

 Sランク試験をすっぽかした理由をしっかりと話せるチャンスでもある。


 だったら怒られる機会と弁明するチャンスが予定よりも早く来ただけの話。


 怒られる未来は確定していたのだ。

 怖いものなどない。

 ソウタの顔には覚悟があった。


 そしてマジックローブが燃え尽き、中の人の顔が見える。


「やあ、フランシスカ。一週間ぶり……だね?」


「お前……ソウ……タか?」


 ソウタの顔を見てフランシスカに無数の青筋が浮かび上がる。

 そして物凄い剣幕になりながら叫んだ。


「きさまあああああああああああああ!!!!

どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだアアアアアアア!」


 赤色の炎から青色の炎へと色が変わる。

 炎の激しさは更に勢いを増し、天高く昇った。


「試験をすっぽかしてよくもまあ私の前に堂々と姿を現せたな???

なんだ? 私より強いから何かあっても余裕で対処できるとでも思っているのか?」


 フランシスカは歯をギリギリと食いしばる。


「コロセウムで私がお前に負けたとでも思っているのか?????

あれは負けの内に入らないぞ??? なあ、どうなんだ?

まさかコロセウムで私に勝ったつもりでいるからSランク試験は合格したも同然。だからその事を言うために私の前に現れたっていうのか?????」


 フランシスカは怒りで顔がぐしゃぐしゃになりながらソウタを睨みつける。


「私を助けたから私よりも強いとでも言いたいのか?

なあ、なんで約束を守らずにSランク試験をすっぽかして今更でてきた?

そもそもお前がこんな事をしなければ私はコロセウムであんな屈辱を……!!!!」


 その時、フランシスカはコロセウムでの戦いの記憶が頭をよぎった。

 ローブ姿のソウタに真紅の片翼を斬られた事。

 そして同じくローブの女性に敗北した事。


 全てはこいつがSランク試験をすっぽかさなければ起こらなかった。


 身分を隠して怒りをぶつけるためにこんな装備でコロセウムに行き恥をかかずにすんだ。

 そしてそこで、装備依存の力だと言われることが無ければ……。

 装備依存の力だと言われなければ、あの獣も普段の装備なら倒せていた。

 普段の装備をする事に抵抗がなければ倒せていた。


 フランシスカの中で色々な感情が渦巻く。


「ソウタアアアアアアアアア!!

貴様が約束を破らなければ私は恥をかかずにすんだんだああああ!!!」


 フランシスカはソウタを突き飛ばし、武器を構えろと宣言する。


「ソウタ。予定にはなかったが、貴様にSランク闘技試験を臨時で行う。

私が受けた恥を、貴様の体に一生消えない熱傷として刻み込んで雪辱を晴らす!」

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