082.襲来-北門①-
王都アンファング、北門周辺。
リリーシェのデスウォールは包囲網の役半分を覆いつくしていた。
だが無数に打ち付けられる強撃により、その維持は長くは続かなかった。
「誤算。このストロングモンスターは普通の個体じゃない……。
従来の個体よりも遥かに……!」
「グオアアアアアアアアアアア!」
デスウォールの向かいに居るストロングモンスターが雄たけびを上げ、壁に攻撃すると無惨にもリリーシェのデスウォールはその一部が崩壊し、続くような形で壁全体が崩れ去る。
「くっ……! 想定外。ソウタにも伝えないと……」
デスウォールが破られたリリーシェは疲弊からか、膝から崩れ落ちる。
片手で頭を押さえつけるような動作もしていた。
「なんだ……この頭痛は」
リリーシェは激しい頭痛によって、地面に膝をついたまま動けない。
このままではいけない。
何としてでもソウタに戦いに挑むのは無謀だと知らせなけらば。
その強い思いからか、リリーシェは辛うじて立ち上がった。
だが立ち上がるのが精一杯。
激しい疲労と頭痛で体が思うように動かせない。
「どうして……こんな……!」
そんなリリーシェの背後に、魔物の影がゾロゾロと迫っていた。
だがそんな魔物の軍勢も、リリーシェの領域範囲内に入り込んでしまう。
「不可侵……。私に、近づくな……」
リリーシェは迫りくる魔物の目を見た。
その目は禍々しい紫色の光を夜に灯しながら輝いた。
「ッ!!! グズアアアアアアアアア!」
リリーシェの領域内に侵入してきた魔物にリリーシェは驚異的な反応速度で振り向き、そして目を見る。この動作をひたすら繰り返し、30体のストロングモンスターの命を奪ったリリーシェだったがその体力は今にも尽きようとしていた。
「不明。私はいつからこんな症状が出るようになった……」
リリーシェが頭痛に苦しんでいると、第二波ともいえる魔物の軍勢が押し寄せて来た。タダではやられるわけにはいかない。そう思いリリーシェは最後の力を振り絞って魔物と目を合わせる。
「グモォオオオ!!」
今ので数十体の目を一度に見たリリーシェ。
その反動は凄まじく、リリーシェの視界はほぼ霞んで見えている。
「終点。私の命もここまでか……」
リリーシェは静かに目を瞑ら――なかった。
カッと目を開き、自前の武器である鎌をどこからともなく召喚させ、手に取る。
「道連れ。どうせ死ぬなら私もろともくれてやる」
リリーシェが鎌に埋め込まれている魔石とマナを共鳴させようとした瞬間、北門周辺のストロング系モンスターが炎に包み込まれ消し炭になった。
「……? 一体何が」
リリーシェは霞む視界の中、とてつもない熱を帯びた業火を見た。
それを見てリリーシェは安心しきって静かに目を瞑る。
「リリーシェ、何をしているんだ」
リリーシェに迫りくる魔物を灰にしたのはフランシスカだった。
背中にマナの具現化である真紅の片翼を生やしたフランシスカ。
だがどこか怪訝な顔をしながらリリーシェに語り掛ける。
「リリーシェお前、闘技エリアで戦った時に薄々感じては居たんだがどうして本気を出さない。お前の力はアルバドールを含めて私も良く知っている。お前はこんな雑魚相手に手こずる奴じゃなかったはずだ」
「無意識。私も感づいてはいた。力を出したいのに何故かそれが抑制されてしまう。いや、力を解放しようとすると何か恐怖心のようなものが湧いて来る。だから本気を出すのが怖い」
「デスウォールも破られたらしいじゃないか。
とんだ体たらくだな」
「……そう言われても仕方がない」
「具現化も出来ないのか?」
「拒否。今はあまりやりたくない気持ちがある」
「そうか。お前も討伐隊の候補だったが今の状態だと厳しそうだな」
「……すまない」
フランシスカは剣を構え、残りの魔物の討伐へ向かうべく歩を進める。
かすかに見える視界でリリーシェはそんなフランシスカの後ろ姿を見た。
「疑問。フランシスカ、どうしてそんな装備なんだ?」
「うるさい! 気分だよ気分!」
リリーシェの質問がフランシスカを逆なでしてしまい、彼女はそのまま真紅の片翼を羽ばたかせて夜の空へと翔けていった。
「チッ、どいつもこいつも装備装備装備装備ってうるさいなぁ!
あの装備じゃないと私じゃないって言いたいのか! この!」
フランシスカは怒りを発散すべく、はるか上空から真紅の片翼をムチのように撓らせた。
その一撃で北門周辺に居たストロングモンスターは消し炭となる。
「ふん、やっぱりこの程度か。雑魚も雑魚じゃないか」
続けてフランシスカは剣を構え、真紅の片翼を武器に纏わせる。
「狙うは大物だ」
フランシスカは次々と魔物が召喚されているゲート付近にいる一際でかい魔物に目を付ける。その魔物は漆黒の毛に三つの首を生やしている。燃え盛る炎を、それぞれの首から放出し、その巨体にふさわしい獰猛な雰囲気を漂わせている。
巨大な爪に鋭利な牙。一言で言えばかなりの猛獣だった。
「あいつはかなりの大物だ。どこの誰がこんな事をしているのか知らないが、この私の前に現れたのが運の尽きだったな!」
フランシスカは後方にも同じような魔物がいないかと確認した。
後ろを振り向いた瞬間、フランシスカの目に映ったのは異様な光景だった。
「一体後ろで何が起きた……」
フランシスカが目にしたのは、無数のクレーターとどこまでも広がるように展開している氷の大地。そして極めつけは、魔物が一切いなかったのだ。
「報告では王都を包囲したと言っていたはず、これは一体?」
だがフランシスカは氷の大地を見て、ある一人の人物が浮かんでいた。
「まさか……シラユキ!? あいつもうここに来ていたのか!」
出し抜かれたと思ったフランシスカは向きを直した。
再びあの巨大な魔物に狙いを定め、真紅の片翼の炎を纏わせた剣を構える。
「負けてられん!」
気持ちを高ぶらせて臨戦態勢に入った所で、巨大な猛獣の口が開き――。
「っ!?」
何の呼び動作も溜める動作もなく、猛獣はそれぞれ三つの頭の口から黒炎を放った。
炎の速度は凄まじく、かなり遠方に居たのにも関わらずその炎はフランシスカのほぼ目の前にまで接近していた。そして無情にもフランシスカは黒炎を回避できず直撃した。




