081.ギルド本部にて
ソウタは特に詠唱が必要ないサザンクロスに詠唱を付けた。
本当に特に意味はないのだが、エニグマの前だったのでつい。
というよりも、魔法と言えば詠唱だとねという認識があるので、ソウタはサザンクロスを発動する際に自然と口が動いていた。
ソウタの詠唱が終わると同時に、ベースキャンプ・シラユキの異界の中で発動したサザンクロスと同様、一瞬にして極寒の冷気が地面を吹き抜けた。その後、地に足を付けていた魔物は足の自由を奪われ、空を飛ぶ魔物は翼が凍り付き地面へと落ちる。
「……えぇ!?」
あまりの規格外の魔法にエニグマから声が漏れる。
ストロング系の魔物と言えど、ソウタのサザンクロスの氷の足場からは逃れる事が出来ず、全くもってしても身動きがとれない状態になっている。
「グルルルルルルルルル」
今まで対峙してきたストロングオーガ数百匹、翼の機能を失われ地面へと落ち去ったストロングバーディン、俊敏な動きを見せていたストロングウルフなどなど、凍っていない個体を見つけるのが難しいくらいに魔物の動きを完全に止めていた。
「な……なに者なのこの人」
エニグマは上空にいるローブの男と、今眼前に広がる景色を何度も往復させながら今起きている事を必死に目に焼き付けていた。
「とどめ!」
ソウタが腕を上空へ掲げると、またしてもベースキャンプの時の同じように魔物の群れの中心地点である場所に氷塊が現れ、それに吸い込まれるように魔物達は空中へと浮遊していく。
次々とあの凶悪なストロング系モンスターが地面から空へ浮かび上がる光景は、もう二度と見れないだろう。エニグマはそう思った。
「サザンクロス一式・広!」
全ての魔物が氷塊へと吸い込まれた後、中から十字型に巨大な炎が噴き出した。
その後、炎は氷を包み込むように纏わりつき、大爆発が起きた。
最後は全ての魔物を燃やし尽くした炎と、それを閉じ込めていた氷が融解し、局所的な雨のようにその場に大量の水が天から降り注いだ。
「ふぅ……ひとまずこれでこの場は凌いだかな」
魔物の一掃を終えたソウタが着地した。
「あなた一体何者? こんな魔法見た事ないわ」
目をキラキラさせながら、エニグマがソウタへ駆け寄る。
まるで無邪気な子供のようだ。
魔法に関しては絶対的な自信があるエニグマがソウタの魔法を見て興奮している。
「あ、そうか。これを着ているから分からないよね、ゴメン」
「へ? 私とあなた、どこかで会った事あるのかしら?」
エニグマは思い出した。
この男性はさっき、確かに私の名前を言っていた。
そしてこのデジャヴのような状況。
既視感の塊だった。
「あったも何も、僕は――」
ソウタがエニグマに名前を言おうとした瞬間、リリーシェがいた方向から戦闘音が聞こえて来た。咄嗟にソウタはその音を聞いて、思う。
リリーシェのデスウォールが破られ、戦闘が行われたのではないかと。
「ごめん、エニグマ。まだやるべき事が終わってなかった!
僕は向こうの方へ行くから何かあったらそこに来てほしい」
ソウタは自分が来た方向に指を差し、その場から立ち去った。
「どこかで会ったことがある気が……。う~ん」
エニグマはソウタが去った後、首をひねらせる。
記憶の中であの人が誰なのかを必死に照合するのに必死になっていた。
――時は少し遡り、王都アンファングでは……。
「大変です!」
王都アンファングのギルド本部内にて【討伐隊】の会議が行われたいた。
その会議室の扉が忙しない様子の男性冒険者の手で勢いよく開けられた。
「何事だ。今は会議中だぞ」
「報告します! この王都にストロング系モンスターが多数接近中!」
男性冒険者は、息を切らしながらも血気迫る顔でそう報告した。
室内にいた腕利きの冒険者たちは彼の報告に対し口を開く。
「多数だと? ストロング系モンスターが徒党を組んで攻めてきたというのか?」
「なに、気にするな。ストロング系モンスターが現れれば倒すのみ。
なんたってそれが討伐隊の任務だからな」
「それもそうだな。ここにやってきたのが運の尽きという物。
我々にのこのこと倒されるべくやってきたという訳だ」
余裕そうな表情と笑みを浮かべ、ストロング系モンスターが何だという感じで笑い合っている。報告に来た者はそんな態度を見て声を張り上げて追加で情報を渡した。
「呑気にしている暇なんてありません!!!!
この王都全域が囲まれる形で奴らは突如として現れたんです!!!」
彼の追加の情報を聞いて、この場に居る何名かの眉ががピクり動く。
そして彼の報告通り、その直後に何十、何百にも重なって聞こえるモンスターの雄たけびと鳴き声。そしてその数を知らしめるかのように鳴り響く地響き。
彼の話している内容は決して盛られているものではないと実感した。
「じょ、冗談じゃない! 鳴き声やこの地響きからでも分かる!
とてもじゃないが俺たちでは対処できる数ではない!」
「ああ、逃げるのが賢明だ!」
討伐隊のメンバーがあまりの緊急事態にうろたえている中、かなり大柄でオールバックの髪型をした男性の横にいる少女が立ち上がった。
「アルバドール、行ってくる」
「おいおいフランシスカちゃん。そんな装備で大丈夫か?
それ、いつもの装備じゃないだろ」
「うるさい、私はあの装備じゃなくても十分強いんだ、あまり舐めるな!」
「まあいいや。万が一お前が倒れるような事があればこの俺がなんとかする」
討伐隊のメンバーにはフランシスカがいた。
立ち上げ人のアルバドールはいつもの顔まで隠す全身鎧のフランシスカではなく、兜だけを被り、体はかなりの軽装備で身を固めているのを見て不思議がっている様子だ。
「おい貴様ら。今しがた逃げた方がいいと言った奴らや戦いを拒む気持ちが出ていた者はいますぐ討伐隊から抜けろ。王都を見捨てて逃げる腰抜け共にはストロング系モンスターを殲滅する討伐隊には必要ない」
「な、なにをっ!?」
「貴様らと比べて、あいつを見ろ!」
フランシスカは力強い声で、一人の女性を指さす。
「あいつを、シラユキを見ろ! 小刻みに震えているのが分かるだろ!? あれは武者震いだ! ここに居る誰よりも……じゃない、私の次に王都周辺に現れたというストロングモンスターを倒したくてウズウズしているんだ」
シラユキは名指しをされ、フランシスカの方に目線を送る。
「!? おい、見ろ! シラユキは私とどちらがより多くのストロングモンスターを倒せるか勝負しようと目で語り掛けてきたぞ!」
「え?」
「ふん、いいぞシラユキ。こんな危機的な状況になっても途絶えないその闘争心、そして私に勝負を挑むファイティングスピリット! この私は受けて立つ!」
「はぁ……」
「おい聞いたか!? あいつは今ため息をついた! きっとこのつまらない場所から戦場へ出たいという欲求が自然とあいつの口から息を吐かせたんだ!」
フランシスカは会議室の窓ガラスを割り、外へ飛び立つ。
「ハハハハ! シラユキ、まずは私が先陣を切るぞ!
悔しかったらすぐに追いついてこい!」
そのままフランシスカは夜の闇へと消えていった。
「チッ……。フランシスカさんに腰抜けって思われちまったんじゃ、この場にいる意味はないな。悪いアルバドールさん、俺たち用無しだって宣言を受けたから討伐隊からは脱退します」
アルバドールは頭をかきながら言った。
「ま、お前たちの意見は尊重しないといけないが、なにせ討伐隊は人手不足だし、ストロング系のモンスターを倒すのにも数が居る。俺としてはなるべく脱退して欲しくはないんだがな」
「……まあ、気持ちは分かりますが俺たちの変わりはいくらでもいるはずです。正直、シラユキさんがこの討伐隊に入るって言ったあの日から俺たちの立場はなくなったみたいなものだった」
シラユキは目を閉じてそれっぽく振舞いながらも、話をしっかり聞いていた。
私、討伐隊に入るなんて一回も言っていないんだけどと心の中で唱えている。
「確かにフランシスカちゃんや、シラユキみてぇに個の力が数人分の働きを持つ場合もあるが、一個人の力に頼り切るのは組織ではない。それにそういう奴らに限って管理するのに手間がかかる。俺としてはあいつみたいに吹っ切れている奴じゃなくお前たちみたいな人材の方が重要なんだ」
「……」
「お前たちはストロング系モンスターを何体も倒したっていう実績があったから討伐隊のメンバーとしてこの場に居る。脱退の気持ちは変わらずとも、まあなんだ、その誇りと実績だけはしっかりとあったという事実だけは受け止めておけ。抜けようが別にとやかくいうつもりもないしな」
「アルバドールさん……」
「んじゃまあ、長々とこの場にいるのもなんだし俺とシラユキは外でひと暴れしてくる。お前たちも気が変わったらサポートの方、よろしく頼むわ」
アルバドールはフランシスカが割った窓ガラスからそう言い残して飛び降りた。
シラユキはとうてい地上6階建て程の高さがある場所から飛び降りる勇気がないので、急ぎ足で階段を使い、王都の外へと足を運んだ。
「あいつ、殺すぞ」
アルバドールは移動しながらフランシスカへの気持ちを吐いた。
「人の苦労も知らずによぉ、説得みたいな事もさせやがって」
せっかく自分が苦労して集めたメンバーを、自分の感情を抑制せずに腰抜けだの討伐隊には必要ないだのと喋りやがって。一気に同じ志で動いて来た冒険者たちの士気を下げるような事を何も考えずに言ったあいつにはキツイおしおきが必要だ。
ドーンレアルは管理する立場も大変だなと、ひしひしと感じた。
「シラユキはどこいった?」
ドーンレアルはシラユキの姿が見えず、移動しながら辺りを見渡すも姿が捉えられないのを確認して、もうとっくに戦場へと出ていったのかと。彼女の対応能力の速さに関心を覚えた。
「はぁ……はぁ……。ソウタ、私どうしたらいいのおおお!」
対応能力に定評のある? シラユキは一人階段を全力で降りながら今にも泣きだしそうな気持を抑え、成るようになれという気持ちでギルドの本部を出た。




