080.襲来
ソウタとリリーシェが王都の外で夜風を浴びている。
リリーシェはソウタが異界で身に着けた力をもっと見せてくれと頼んだが、創造のマナの力を一日に何回も使用したからなのか、ソウタの顔にも流石に疲れが見えて来た。
目をキラキラさせながら興味津々で見てくるリリーシェには申し訳なかったが、『また今度ね』と丁重にお断りして、体を休めるために地面に寝そべった。
「うん。やっぱり駄目だね。寒いや」
「真逆。私は逆に暑いくらいだ」
「まあそんな防風性のありそうなローブを着ているんじゃねぇ……ハッ!」
ソウタはリリーシェのローブ姿を見て、上体を起こす。
何かを思い出すように自分も着ているマジックローブに指をさして質問した。
「ねえ、これって特殊な脱ぎ方しないと脱げないのかな?
何回か脱ごうと試したんだけど、どうにも脱げなくてさ」
「不注意。ソウタ、そんな事も知らずにそのローブを着ていたのか?」
ソウタは知らなかった。
何故ならこのローブを着たらシラユキと堂々と街中とかを歩けると有頂天になっていた。だからシラユキからこのローブの説明を聞く余裕がなかったのだ。
「このローブは身に着けてから24時間経過しないと脱げないぞ」
と、いうことは最低でも今日中には絶対に脱げないのか。
まあどうでもいいけど。どうせ明日になれば脱げるし。
「リリーシェのそのローブって自由に脱いだり出来るの?
質感的にマジックローブと同じような感じがするけど」
「特別。私の物は色々と特殊加工がされている」
するとリリーシェは突然、もぞもぞとし出した。
頭をすっぽりとローブの中に引っ込めて、袖から出ていた可愛らしい小さな手も、ひょっこりと姿を消した。急なリリーシェの行動に呆気を取られたが、服を脱ぐつもりなのだろうと思ったソウタは必死にその行為を止める。
「あの、リリーシェさん。何をしていらっしゃるのですか」
「脱衣。ソウタが脱げるかどうか見たいと聞いて来たから」
「あのねリリーシェさん。そういうのはいちいち実演しなくとも言葉で説明した方がいいんですよ。だって今にでもあなたの裸体が僕に晒されようとしておられるのですから。恥じらいはないの?」
「恥……? 何を恥じらう必要がある」
そういえばそうだった。
リリーシェは過去に、ソウタと共にお風呂に入ったことがある。
その時ですら自分の裸体を晒すことに何の恥じらいを持つ子ではなかった。
「とにかく脱がなくて大丈夫だよリリーシェ。
そのローブが特別性だという事も理解したからさ」
「承知。よく分からないけどソウタがそう言うなら」
リリーシェは顔が完全にローブに納まっている状態で喋っている。
何とも言い難い光景にソウタは思わず笑ってしまった。
――そんな他愛もない時間を過ごしていると、リリーシェは何かを感じ取ったかのように目つきを変え、辺りを警戒し始めた。
ソウタはそんな様子のリリーシェを見てどうしたんだと問うが、今は話しかけないで欲しいと言われた。そして少しの時間が経ったときに口が開く。
「包囲。ソウタ、逃げるかその場に留まるかすぐに決めろ。
時期にこの王都は壊滅する」
あまりにも突拍子もない発言にソウタの目つきも変わる。
リリーシェは天然でボケはするけど、こういうボケはしない子だ。
ということは、その発言は本当だという事になる。
一体どういうことなのか? ソウタは辺りを警戒するリリーシェと同じように周辺を見渡しながらリリーシェに質問した。
「包囲されたってどういう事?
僕の目にはとてもそんな状況には見えないけど」
「私の眼の事については前にも言ったが、この眼はマナの流れを感知できる」
「その結果……何が分かったのか説明してもらえる?」
「不要。説明しなくても……」
リリーシェが更に目つきを鋭くし、言った。
「くる」
その瞬間、王都全域を取り囲むように異界の入り口と同じような大規模なゲートが出現し、中から複数のモンスターの影が映っているのが確認できた。
「っ!? こ、これは!?」
「選択。見たところストロング系のモンスター。それも全て。
どうするソウタ。戦うか逃げるか今なら選べる」
ソウタはリリーシェの質問に対して即答する。
「選ぶも何も、王都の人を見捨てて逃げる訳にもいかないでしょ!」
「英断。私もそうする」
リリーシェはそう言うと、地面へ手をついた。
その瞬間、巨大な魔法陣のような物が浮かび上がる。
眩い光と共に、無数の形容しがたい物体の集合体の壁ともいえるものが、地面から音を立ててせりあがって来た。
「これはあの時の」
「デスウォール。ソウタとの戦いで使った技だ。
これで包囲網の半分をカバーする」
でもあの技は……。
ソウタの中で少し不安がよぎる。
何故ならデスウォールはソウタが作り出した守護者の攻撃一撃で粉々に砕け散った技だったからだ。
リリーシェはそんなソウタの気持ちを読み取り、答える。
「杞憂。あれはそう軟じゃない」
リリーシェの言う通り、デスウォールはストロング系の魔物の攻撃にも容易く耐える耐久力を有しており、何度も攻撃を打ち付ける音が夜に響いていた。
「ソウタ、後ろは任せるぞ。
私はデスウォールの維持と、万が一突破された時のためにここで待機する」
「分かった! でも、無理はしないようにね。
戦線の維持が難しくなったら僕の所へ駆けつけてくれ」
「意外。そんな事を言えるようになったのか。
頼もしくなった……とでもいうべき?」
「まあ、最初にあった頃よりかはね!」
ソウタはそう言い残し、リリーシェとは反対方向の魔物を倒すべく急いでその場へ向かった。ソウタは無数の魔物の群れをどう対処すべきか考えていたが、王都全域を埋め尽くす数の魔物に対抗できるのはアレしかないと、渋々だが使用を試みている。
荒々しい声や響き渡る足音がどんどんと近づいて来る。
ソウタは魔物をなるべく一撃で始末するべく、全ての魔物が視界に入るように足に力を込め天高く舞い上がる。だが、そこで目にしたのは見覚えのある金髪ツインテールの女性の姿があった。
「エ、エニグマッ!?」
女性の正体はエニグマだった。
彼女はこんな状況の中、杖を構えポツンと突っ立っているだけで何もしていない。
だが、ソウタはエニグマが何故攻撃もせずに突っ立っている理由は知ってはいる。
事の顛末を見てみたい気はするが、このままでは魔物達の進行スピードがエニグマの攻撃スピードに追い付いてしまう。
「そんな事はさせない! 僕のキャラクターには傷一つ付けさせないぞ!」
ソウタはエニグマに向かってくる飛翔系の魔物に向かい、マナを放出した。
正確無比とは言えない射撃攻撃だ。
魔物に当たりはしなかったが、牽制射撃程度にはなったようで、魔物はエニグマから離れるようにいったん様子を見る形で後ろへ下がる。
「な……何が起こったのよ」
真紅の瞳を輝かせ、エニグマは怯んだ魔物を見つめていた。
エニグマは迫りくる魔物に焦っていたのか、ソウタの放出攻撃で怯んだ魔物を見てホッと一息をついた。だが魔物の波はどんどんと迫ってくる。
「ねえロビン、私異変を察知して息巻いてここに来たのは良いんだけど、まさかこんな化け物級の魔物達がわんさか湧いて出てくるなんて思いもしなかったのよね」
「……」
「ロビン、私ここで死んじゃうのかな? だってもう逃げようにも絶対に逃げられなさそうだし……。王都にいるAランク以上の冒険者が駆けつけてもこの数相手じゃ到底かないっこないわよね」
エニグマは乾いた笑いと共に、口数を減らさずにロビンに語り掛ける。
「でも、ただで死ぬわけにはいかないわ……! 私だって冒険者としての意地があるのよ。ストロングモンスターが何だっていうわけ? 私の魔法の前じゃそんな肩書き通用しないんだから!」
エニグマは杖を握りしめて、魔物に向けた。
「だいぶ時間は稼げた。とびっきりのをぶち込んであげる!!!」
エニグマがそう言うと、炎を纏った無数の岩石が上空から魔物の群れ目掛けて降り注いだ。
「広範囲魔法インフェルノメテオ!
時間は掛かるけど殲滅力は高いわよ! ざまぁみろです!」
インフェルノメテオは凄まじい威力をしており、飛んでいる魔物を次々と地面へと叩き落していった。岩石が地面へ衝突すると大きなクレーターを作り出し、衝突した衝撃で爆風が起こる。その爆風で地上にいる魔物にも大きなダメージを与えていた。
「あ、なんか私でもやれそう!
ロビン、さっきまで怖気ついてたけど、少し自信取り戻せてきたわ!」
「……」
「そうよ、何を怖がる必要があったのかしら! 私の魔法は最強なんだから!
ストロングモンスターなんて今みたいに粉微塵に……!」
エニグマが余裕を持った一瞬の隙に付け込むように、俊敏なストロングウルフが駆け込んで来た。降り注ぐ炎の雨を切り抜けながらエニグマへ高速で接近する。
「な、なによこいつ!」
一瞬だった。ほんの一瞬油断しただけなのに。
ストロングウルフはエニグマの首元目掛けて鋭い牙をむき出しにして飛び掛かる。
「……私もここまでね。結局あいつにはあの後一回も会えなかったな」
エニグマは死を覚悟してソッと目を瞑る。
「なんで私の事やロビンの事を知っていたのか、知りたかったな」
その言葉を最後にエニグマは口も閉じた。
完全なる死の受け入れ。
私は今ここで死ぬ。その運命からは逃れられない。
全てを悟ったエニグマは最後に笑みを浮かべた。
――大丈夫?
「え?」
エニグマは何が起こったのか理解できなかった。
死を覚悟して目を瞑ったのに、誰かから声を掛けられた。
そして恐る恐る目を開いたら、目の前には自分に手を差し伸べてくれている者がいる。
「あ、あの……えっと? え? え?」
「やっぱり無理してたのか。錯乱しているな……」
その人物はマジックローブに身を包んでいるため顔までは見れなかった。
だけど、どこかで聞き覚えのある声だった。
「あ、ありがとう。それにしてもさっきの魔物は……?」
「もう片付けた。それよりもさっきの魔法、凄かったよ!
やっぱり君の魔法は僕の思っている通りだった。感動した!」
「なっ!?」
エニグマはいきなり自分の魔法を褒められて面を食らうが、そんな事は当たり前だと返す。なにせ私の魔法はギルドの本部の人たちからも認められているのだからと。
「まあそれもそうだけどさ、エニグマ。
君の強さはその魔法の本質だ。やっぱ魔法っていったら詠唱だもんね」
「えいしょ……!? な、なに言ってるのよあなた。
詠唱なんて古臭って今時言われているのよ? それなにの詠唱魔法だなんてバカバカしい! それにそんな発動までに時間が掛かる技術なんて誰も必要としな――!」
「ハハッ。今もそうやって必死に詠唱しているんだもんなー!
エニグマ、恥じる事はない。詠唱魔法はかっこいいじゃないか!
もっと堂々と見せつけてやっても良いと僕は思うな」
「なななな……! 何を言って!」
「おっと……もう少し君と話していたいんだけど、この魔物の軍勢を早くなんとかしないといけないんだった。少し力加減を間違えたら君にも危害を加えるかもしれないから少し離れていてほしい」
「この数を一人で相手にするわけ? 無茶よ無茶!
あなた、さっきの私の魔法見てたんでしょ? あんなに広範囲を一斉に攻撃してもさっきみたいな素早い魔物には無意味になる可能性がある、だからここは……」
「いいや大丈夫。それよりもこの状況を利用させてもらう」
「利用させてもらうって……どういう事?」
エニグマは突然抱きかかえられた。
「へ!?」
「君が移動しそうにないから、少し強引だけど許してくれ」
「ちょちょちょちょちょーーー!
な、なにするです!!!」
ローブの男性……。というよりソウタの腕の中で暴れるエニグマ。
顔を赤らめ、かなり慌てふためいている様子だった。
ソウタはエニグマを抱え、その場から高速で移動し、今から行う攻撃の範囲外になりそうな地点へおろし、自身は再びモンスターの群れを視界に全て納めるように空中へと飛び立つ。
「一体何をするつもりなの?」
「対立する二つの力。絶対零度の氷柱と、錯綜する炎の渦よ。星々の導きによりその対立を超え融合せし時、我が声に応え顕現せよ!」
エニグマは力強く言葉を発するローブの男性を見て目を見開く。
そして同時に胸がときめいた。
「創造魔法・サザンクロス!」




