079.予兆
久しぶりと声を掛けて来た人物はリリーシェだった。
ソウタの体を襲っていた寒い夜風は、リリーシェが呼び出した大量の屍の山がドーム状に積み上げられていたのでそれで防がれていたのだ。
「リリーシェ? どうしてここに?」
「不憫。門兵に王都に入れてもらえないのが見えたから来た」
「見られちゃってたのね。いや~、やっぱり冒険者を名乗るうえではペンダントは切っても切れない物なんだな~って実感しちゃったよ。僕もはやく貰いたいな」
ソウタがそう言った後、リリーシェは軽く俯いた。
「残念。その事なんだが実は……」
リリーシェは言葉を濁らせる。
感情があまり表に出ないリリーシェが口籠っているのが珍しかった。
そういえばソウタも疑問に思っている事があった。
リリーシェが再会だとか、久しぶりと言っていたのがどうにも腑に落ちなかった。
ソウタは状態を起こし、どうしたんだと問い質す。
「失効。ソウタの冒険者としての資格は無くなった……と思う」
「はい?」
あまりにも突拍子もない事に思わずソウタから声が出る。
冒険者としての資格を失効された?
意味が分からない。苦労してリリーシェとの戦いに勝って会得したのに。
「どうしてそんな事を? 僕なにかしちゃったの?」
「憤怒。ソウタ、お前はフランシスカの怒りを買ってしまった。
それ故に色々と大変な事になっている」
「全く話が見えてこないんだけど」
ソウタはリリーシェから今の状況を一から百まで教えてもらった。
そして自分がやってしまった事の重大さに肝が冷え切ってしまう。
「僕が異界に入っている間、異界の外では約一週間ほど経過していて、僕がフランシスカと約束していたSランクの試験に訪れなかったから相当な怒りを買ってしまい僕の冒険者としての資格は剥奪された……という事でいいんだよね?」
「理解。ソウタ、お前は大変な事をしてしまったんだ。あの怒り狂ったフランシスカを止められる奴はもうどこにもいない。今もどこかでお前への怒りをぶつけるべく彷徨い歩いているに違いないぞ」
「は、ははは……そうかもね」
コロセウムでやけにフランシスカがイライラしていた原因が僕自身だとは。
僕も予定を守らないつもりはなかった。
まさか異界の中と外とでは時間の流れが違うものだとは知らなかっただけなんだ。
まあ、こういう言い訳まがいな事をいっても納得しなさそうなのがフランシスカだ。
こうなればまた、面と向かって謝るしかない。
色々と考え事をしていると、リリーシェが近寄ってきた。
ソウタの腕をツンツンと突き、こっちを見ろとアピールする。
「疑問。ソウタ、お前は異界の中でどれほどの時間を過ごした?
異界の中では時間の流れが異なるとはいえ、一週間ものズレを起こすなんて相当。
ここまでのズレは長期間異界の中にいないとありえない現象だ」
背の低いリリーシェが、ソウタの目線までジャンプした。
そのままリリーシェはソウタの首に腕を回ししがみつくようにガッチリと掴まる。
「僕も詳しい時間は分からないけど、異界の中で色々とマナの扱いの基礎とかを教えてもらったから試しにあれやこれや実験していたんだ。それで夢中になっちゃってたのかもしれないな」
「実演。じゃあその特訓の成果を見せてみろ」
リリーシェは首に抱き着いている状態から、ソウタの体を全体重をかけて思いっきり蹴り飛ばした。リリーシェからの不意なドロップキックに呆気に取られるもソウタはすぐに体制を整える。
「え? いきなり?」
「油断。実践ではその思考の一瞬が命取りになる」
リリーシェは大鎌を召喚した。
鎌の中央に埋め込まれている魔水晶から大量のマナを放出して攻撃してきた。
以前のソウタならマナの性質を理解していない為、この場合すぐに守護者に頼って防御をしていただろう。しかし異界やコロセウムでの戦闘経験を経た今。ソウタにはマナを扱った攻撃には無類の強さを誇る秘密兵器がある。
「リリーシェ見ろ! これが異界で会得したマナの扱いだ!」
ソウタは向かってくるマナの攻撃を迎えるように、反撃の構えを取った。
斬撃を行うであろうその姿勢は、右手をサッと横に薙ぎ払うであろう予測が立つ。
その構えを見てリリーシェはマナによる攻撃しか見ていないソウタの不意を突くべく、息を殺して背後を取るべく動き出す。
(何をするかは知らないけど、私の攻撃を剣で受け止めようとしている?)
リリーシェはかすかな疑問を持ちながらも、ソウタの背後に回り込んだ。
「さあ、よ~く見てろよリリーシェ!」
ソウタが抜刀するような動作をした後、右手に創造の紋章が浮かび上がる。
激しい光を輝かせながら現れたのは創剣クレアール。
ソウタが具現化で生み出せるようになった武器だ。
「驚愕。まさかたったの数日で具現化まで完成させたのか」
「僕はマナに対しての攻撃にはめっぽう強いんだよね!」
リリーシェから放たれたマナを用いた放出攻撃は、ソウタのクレアールで海が割れるかのようにスパッと切り裂かれ、マナの塊が地面に落ちた。
「……初見。こんな現象は見たことが無い」
リリーシェは背後からソウタを攻撃するつもりだったが、クレアールがマナを真っ二つに切り落とし、その切り落とされたマナが霧散せずにその場に残っているという事実に驚きが勝ってしまった。
「挽回。ソウタ、今のお前の力ならもしかしたらその強さに免じてフランシスカに再試験の申し出が出来るかもしれない。私の目から見ても、異界に入る前と後とではマナの扱い方が見間違う程にあがっている」
「そう思われるなんて光栄だなぁ。最初リリーシェにはマナの扱いが散々だと言われっぱなしだったから少しは成長が実感できたよ。どれもこれもシラユキが基礎的な事を教えてくれたからだな。感謝しないと」
ソウタは異界でシラユキにマナの扱い方を教えられ、それが自分の技術として身についているのに鼻が高くなっていた。自分が作ったキャラクターに技術を教わる事が出来てそれを身につけられた。実に嬉しい事だ。
シラユキの事に対して嬉しそうにしているソウタを見てリリーシェの目が怒った。
「……私にも何か教えられる事はないか?」
「ん~、マナの扱い方なら基礎的な事は一通り学んだから大丈夫だよ」
「否定。私はソウタにマナの技術をもっと高めて欲しい。
ので、シラユキがソウタに教えたように私も教える。ダメか?」
「とはいっても……」
ソウタは異界で学んだ、【活性化】【放出】【具現化】を一通りやって見せた。
どの技術もとても一週間で身に着けたとは思えない程に練度が高く、放出にいたっては先ほどのリリーシェの攻撃よりもマナの量もはるかに上回る質量だ。
「圧巻。確かにそのレベルでマナを扱う基礎的な技術が使えれば私が教える事がない」
リリーシェは最後にボソッと残念だと呟いた。
「うん?」
「それよりもソウタ。気になる事がある。お前はシラユキから異界の中では時間の流れが現実世界とは異なるとは聞いていなかったのか?」
「全然、そんな事はリリーシェから聞くまでは知らなかったよ」
「そうか。なら私もソウタの役になったな」
「ん? あぁそうだね。ありがとうリリーシェ」
リリーシェは密かに何故かソウタの前だとシラユキには負けたくないという、強い対抗心が芽生え無意識にソウタの意識を自分へ向けたいという感情が出来ていた。
だがそれが何を意味しているのかは本人は理解できていない。
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――時を同じくして、ソウタとリリーシェがほんの一瞬ではあるが、激しいマナとマナのぶつかり合いをした戦いを感じ取り、その光景を見ていた者がいた。
その者はただ一言、『これは面白くなってきた』と満面の笑みを浮かべる。
そして空間に異界に入る入り口のようなゲートを作り出した。
そして大量の魔物の軍勢を、ソウタとリリーシェがいる付近へゲートを繋いだ。
つまりは王都アンファングの方へ謎の刺客から大量の魔物。
それもただの魔物ではない。全部がストロング系の魔物で形成されている。
そんな魔物の軍勢が一斉に押し寄せてくるのだ。
そんな魔物の軍勢が押し寄せてくる予兆にいち早く気が付いた者がいた。
その者は金色の美しい髪を二つ結びにし、真紅の瞳を輝かせている。
手には肌身離さず持っているクマのぬいぐるみを持っていた。
「この妙な感じ……マナが乱れているのが嫌っていう程わかるわね」
王都アンファングでも人気のない静かな場所の民家で予兆を感じ取った者はエニグマだった。彼女の目は普段は宝石のように光り輝く綺麗な緑色をしているが今は闇夜に輝く真紅色をしている。
「ロビン、こういうのには首を突っ込まない方がいいかしら?
……いいえ、多分この異変を感じられるのは今の段階で私だけよね」
「……」
「何が起きているか分からないけど、誰かに被害が出る前に行動よ!」
エニグマはロビンと、一本の杖を片手に急いで家を飛び出した。
「この感じ……方角的には王都の北門辺りね。急ぐわよ」
北門。それはソウタとリリーシェが居る場所でもあった。




