077. 闘技大会終了
システィーナが放った超極大の魔力の塊をいとも簡単に斬り捨てた後、ロヴァートとシスティーナはその異様な光景に釘付けになっていた。
まさかマナが霧散せずに形を止める事があるのかと。
今まで見たこともない現象を目の当たりにしてソウタに対して深く関心を抱いた二人。
何をしたのかと問い詰めたい気持ちもあるにはあったが、システィーナはわざわざマジックローブを身に着けているソウタを見て深くは詮索しないようにした。
身分を隠している以上、何か事情があるに違いないと察したのだ。
今日起こった出来事はお互いに無かったことにし、いつの日かまた偶然巡り合う時が来たらその時はそのローブを外して是非お話をしたいとソウタに告げる。
穏やかな笑顔をソウタに向け、ペコリと一礼をした。
システィーナのそばに立つルミエルも意外と物分かりが良く、「私と同様にそのローブを着けて居なかったら良き友人になれただろうな」と半ば惜しそうに口を開いた。
何かを訴えかけるような素ぶりでシスティーナの方へ顔を向けるルミエルを見てシスティーナはクスりと笑いながら言った。
「私の力があればマジックローブの効力はすぐに解くことが出来るのだけれど、お互いの事を尊重してそんな野暮なことはしませんよ?」
「そうですよね……。くっ、実に惜しいです」
「まあまあ、システィーナさんが言うようにいつかまた必ず会いましょう。僕個人としても是非ともそのローブの下のご尊顔を拝みたいところなので」
「あなた今システィーナさんと申しましたか?」
「え?」
ルミエルはソウタが敬称を使わずにシスティーナを呼んだことに対してピクリ反応した。
その瞬間、大袈裟ともいえるオーバーなアクションを起こした。
キレよく上下に開いた腕をシスティーナに向けながらソウタに言う。
「あなた、一国の王女様に向かってなんと馴れ馴れしい呼び方をするおつもりですか。システィーナ様と呼んで頂きたいですね」
行動と言動の振れ幅が大きい事が気にはなるが、そんな事よりも一国の王女様とは一体なんの事なのだろうか。薄々感じてはいたがルミエルは先ほどからシスティーナに対して様付けをして名前を呼んでいるのも気になってはいた。
思い切ってここは聞いてみることにしよう。
「一国の王女様ってどういう事?」
「お前マジか」
ついロヴァートがツッコミを入れる程ソウタの返しが予想外だった。
ソウタのまさかすぎる質問にこの場にいる全員が面を食らった。
ルミエルはあまりに不敬なソウタに対して怒りをあらわにしながらも、このお方はこの東エリア全体を統治しているロンペール聖王国の聖女の一人であるシスティーナだという事を説明した。
「せいじょ……さま……?」
「はい、一応やらさせて頂いていますね」
ソウタはルミエルから一国の王女様だという事を説明されてから急に青ざめた。
先ほどまで自分はこれほどまでのお偉いさんに向けて攻撃をしてしまったという事実に冷汗が止まらなかった。いや冷汗どころじゃない。もはや滝のように流れた。
(僕、もしかしておつきの護衛に連行されて一生牢獄の中で過ごすんじゃなかろうか? いいやそんな生ぬるい対応じゃあ済まされない。死刑だ。極刑に下される!)
「すみませんでした!」
ソウタは深々と頭を下げた。
いや、頭だけじゃ生ぬるい。
思い切って土下座までした。地面に頭をうずめ全力で謝った。
「いえいえ、そこまで謝られても困ります。別に私は気にしていませんので。この子が少し私に対して過保護というか……。忠誠心が高すぎるので偉く見られてますけど大した人でもありませんので」
お上品に口に手を当ててクスりとほほ笑むシスティーナ。
「何を言っているのですか! 破壊の聖女様であるあなたは始祖の力である破壊のマナを宿す大変立派な人物であって、何よりもその卓越したマナの扱いからなされる超絶威力の……!」
「破壊の聖女!?」
ソウタはその単語を聞いて慌てて顔を上げた。
そしたらソウタの目には純白の布生地が映っていた。
「し、白っ!」
「えっち~」
ソウタのすぐ目の前にはエリシアが立っていた。
丈の短いスカートを履いているものだから、否が応にも顔の位置が低かったソウタはエリシアのパンツが目に焼き付いてしまった。
「不可抗力です!」
エリシアは悪戯っぽく笑い、ソウタに目線を合わせるように姿勢を低くした。
屈みこんでくるものだから、肌面積が多いドレスを着ているエリシアの胸の谷間やら色んなフェチを刺激するよな場所が目に飛び込んできてソウタは大変取り乱した。
というのもキャラクリをしていた身からするとこういうフェチな部分というのは大好物だったりする。だから見てみたいという欲求もあるにはあるがそうも言ってられない。
「あははっ面白いね君! 見たいなら見せてあげてもいいよ~?」
「エリシアちゃん。ダメよ」
「冗談だよーシスティーナお姉ちゃん」
やはりかと。
システィーナの事をお姉ちゃんと呼んでいるのを見るにこのエリシアも……。
「クスッ。分かりやすく動揺してるね! そうだよ、私ロンペール聖王国の聖女の一人なんだー」
「エ、エリシア様……とお呼びします!」
「むぅ~、それはダメ。私あなたの事が結構気になっちゃってるの! だから普通にエリシアって呼んでも構わないよ!」
「気になってるって、お戯れを」
エリシアは中々聞き分けの無いソウタの顔を指でなぞった。
「あなたとは対等の関係で居たいなって個人的に思ったの。だから気にしないで、ね?」
天然なのか、狙っているのか。
この子からは小悪魔的な魅力を感じた。
見た目と性格の属性が完全にソウタの中で一致したのだ。
自分が作ってきたキャラには絶対的な自身があるが、これほどまでこの子が自分が作ったキャラクターであってくれたら良かったのにと思ってしまった。
ソウタはエリシアの行動、見た目、性格に対して目を輝かせながら子供のような無邪気な表情でジッと見つめていた。
「えへへ、また今度個人的に会いに来るねー! 今日はこの辺でばいばいだよ!」
ソウタのおでこをコツンと指で押して、そのまま軽快に立ち上がる。
満開の笑顔で控えめにソウタに向けて小さく手を振り背を向けた。
エリシアがその場から立ち去ろうとしたとき――。
「か、可愛い……!」
「ひょえ?」
ソウタの口から出た可愛いという単語に、エリシアの動きが止まった。
くるりと向きを変えてソウタの方へ体を向けると、先ほどまで地面に膝と手をついていたソウタはエリシアの眼前にまで迫って来ていた。
「わわわわー! ちょ、ちかっ……!」
「君のその瞳、なんて綺麗なんだ! そのピンク色の髪に合う素晴らしい色合いだ!」
「え……? わ、私の目の色を見て何とも思わないの?」
「思わないさ! オッドアイなんて最高の個性じゃないか! エリシア、君のこの瞳の色は素晴らしいに越したことはないよ。自信を持ってほしい!」
「は……はい」
あまりにも熱烈に自分の瞳の色を語られたエリシアは少し困惑してしまった。
ぐいぐい迫ってくるソウタの圧にも押され、初めてゼロ距離に近い場所まで顔を近づけられたエリシアはどう反応していいのか困ったのだ。
だがその表情はどこか嬉しそうにも見えた。
そんなエリシアとソウタのやり取りを見てシスティーナはエリシアに「魅了は使ってはいけません」ときつくおしかりを受けるがエリシアは使っていないと言い返す。
「……ではあの方はあなたの目の色を見ても何も思わなかったどころか、可愛いと本当に思ってくれたという事ですか?」
「そうなんだよシスティーナお姉ちゃん! これって初めての事じゃない? 私どう反応していいか分からなくて固まっちゃったんだよね。でも……ふふっ」
「確かに……。エリシアちゃんの瞳の色を見れば普通は……。それを左右の色が違うのが個性と言っていて更には可愛いと言ってくれる不思議なお方。ふふっ、やっぱり彼は見たことない力とも相まって大変興味深い人ね」
「ね~。私ちょっとドキっとしちゃった!」
「エリシアちゃんの方があの方に魅了されちゃったみたいね」
小声でシスティーナが呟くとエリシアは何を言ったのかと質問するが軽く流してシスティーナは事を前に進める事にした。
「ではロヴァートとローブのお方。私たちはこれでお暇させて頂きます」
ローブのお方って言い方が少し気に障るな。
相手は王女様だしこっちも名乗り出たほうが良さそうだよなぁ。
ソウタはそう思っていたが、システィーナがその事を察したのか名乗り上げるのを止めさせた。近いうちにいずれ会う日が絶対にあるとの事。その時は身に着けているローブを外しておいて下さいねと、二回も釘を刺された。
「ではお二方、ごきげんよう」
「まったねー!」
そう言い残して二人の聖女とルミエルは光の柱と共にコロセウムから姿を消した。
ソウタとロヴァートはあちらこちらが滅茶苦茶になってしまったコロセウム闘技場の中でこれからどうしようかと話し合った。特に何をしたらいいのか解決策が思い浮かばなかったが、とりあえず滅茶苦茶にしてしまった事を謝り、後日ありったけの資金を援助して新しい闘技場を作らせるとロヴァートが提案した。
「本当にいいの? 僕何もお金出せないんだけど」
「まあいいんじゃね? お前俺に実質勝ったようなもんだからな。その分は俺が払ってやるよ」
「そんな約束した覚えないんだけど。後から高額な利子をつけたりしたりは?」
「んな事しねえよ。俺が今かってに決めた事だ。お前は気にすんな」
「いやはや面目ない。ありがとうロヴァート」
「おう。それよりもお前が切り落とした魔力の塊、あれどうすんだ?」
ロヴァートは闘技場内に落ちている魔法の残骸を指さした。
「いやほんと、見事なまでに斬られてるよな、アレ。まるで意味が分からん」
創造のマナが始祖の力の一つだという事で理由が付けられるが、ソウタ自身が創造のマナを宿している事はあんまり知られたくはなかったため、適当に武器が特別だからだと嘘をついて誤魔化した。
その際にクレアールを使い、魔法の残骸を細切れにして跡形もなく消し去る。
これで大丈夫だとソウタはロヴァートに言った。
「いや……まあうん。そういう事にしておくわ。正直納得はしてないがお前の事を深く詮索するつもりもねえ。まあいつかまたどこかで会ったら、そん時は色々と聞かせてもらおうかな」
「なにから何までありがとう、ロヴァート」
ロヴァートは後始末は任せろと言ってソウタと別れを告げた。
色々と一悶着はあったが、自分の今の力を試すことが出来たソウタは大変満足そうだった。用も済んだことだしシラユキに合流して王都アンファングへ戻ろうとしたのだが、肝心のシラユキがどこにもいない。コロセウムの街を隈なく探すがローブを被った人物は見つからなかった。
「おかしいな。マジックローブを着ているから目立つはずなのに……」
ソウタが困り果てていると、一人の男性が近づいてきた。
「あんた人探ししているんだって?」
「え? どうしてそれを?」
「道行く人にマジックローブを着た女性を見ませんでしたかって声をかけまくっていりゃあ噂にもなるよぉ。それにあんた、闘技場で戦っていたローブ三人衆の一人だろ? もうこの街じゃあお前さんは有名人になっているぜ。そんな奴が街中駆け回っていたら気になっちまうだろ」
噂になるほどにまでシラユキを探すのに必死になっていたのかと今になって気が付いた。ソウタは少し恥ずかしくもなったが、わざわざ向こうから声を掛けたという事は何かしっているのだろうか?
「あの、もしかしてローブを着た女性がどこに行ったか分かるんですか?」
「ああ。偶然見かけてな。確か大勢の軍勢に連れていかれるのを見たぜ」
「は?」
ソウタは眉毛が思いっきり上にあがり、口があんぐりと開いてしまった。
それと同時に思わず反射的に声を出してしまった。
大勢の軍勢ってどういう事だ?
シラユキが連れていかれる理由が分からない。
ソウタは男性にどの方角へ行ったのか、相手の特徴を詳しく教えて欲しいなど、シラユキを連れて行った相手の詳細を聞くべく質問した。
「他にもって言われてもなぁ。ロイヤルナイツの紋様が服に施されていたからあれは聖騎士様だという事しか。あぁ、あと方角的には王都の方面じゃないかな?」
男性は王都の方へ指を差しながらソウタへ答えを返す。
「ありがとうございます!」
ソウタはそれだけ聞くとすぐさまその場から飛び出しコロセウムの街の外へ出た。
土地感覚が全く無いに等しいのに一人で飛び出すなど無謀にも程があったが、シラユキの行方が気になるソウタはそんな事はお構いなしにと王都の方角へ体を向ける。
「待っててくれよシラユキ!」
足へ力を一点集中させ、ソウタは大きく一歩踏み込んだ。
ソウタが足を動かした瞬間、もはやその瞬間からソウタの姿はコロセウムの街から姿を消していた。それほどまでに速く、それ故にとんでもない程の衝撃波を残していった。
最初の一歩を踏み込んだ瞬間、コロセウムの街の周辺の地面が大きく揺れた。
立つことも困難になるほどの地面の振動を感じた住民はこの世の終わりかと思ったらしいが、揺れは継続的じゃなく一定の感覚で三回程揺れた程度だった。
それ以降は段々と揺れの強さは収まっていった。
だがソウタが地面を蹴る度に発生した振動は、遠い場所からでもまだ微量に感じる程とんでもないエネルギーを発生させていた事実に、コロセウムからソウタの出発を見ていたロヴァートは恐怖半分、嬉しさ半分、驚いた顔をしながらも体は武者震いを起こしていた。
「こりゃあまたとんでもねえな。楽しみになって来たぜ」
ロヴァートは拳をぐっと握りしめた。
そして先ほどの大きな衝撃で、わずかに原型を残していたコロセウム闘技場が完全に倒壊したのを見てロヴァートは決心した。
「やっぱり後で金は払ってもらおう」と。




