076.光から現れし少女たちの力
ロヴァートとソウタから放たれたマナの放出攻撃を前にしてもシスティーナは動じなかった。それどころか攻撃が飛んでくる方向へと手を伸ばした。
「驚きです。こうも高いマナの密度を持つ攻撃を放てる者は限られています。ロヴァート、あなたの攻撃は相当な鍛錬を詰んだ努力の賜物でしょう?」
「まあ、そうだな。その事に関しては礼を言うぜ。だが……それよりもあんた、そんなに余裕ぶっこいていて大丈夫なのか?」
システィーナの元には今まさにロヴァートの放った攻撃が直撃しようとしていた。
「問題ありません」
そう口から言葉が出た瞬間、システィーナが伸ばした手の前でロヴァートのマナが消失した。
「おいおいマジかよ……。結構本気でやったんだがな」
その事実を前にしてロヴァートは急に落胆する。
それもそのはず。超越者であるロヴァートの攻撃はそう簡単には防ぐことのできない代物だったのだ。それをいとも簡単に消し飛ばしたシスティーナという女性。彼女は一体何者なのだろうか? まあ、おおよその答えはロヴァートの頭の中にはとっくにあったのだが。
「さて、あと一つは……」
(ロヴァートと違い、かなり荒削りなマナの放出技術ですね。ですがこの何にも代えがたいようなこのマナの感覚は一体なんなのでしょうか)
システィーナはロヴァートのマナを消したように、ソウタから放たれたマナも同じ要領で消失させようと試みたが全く消える様子がなかった。
「ぐっ……、あなた、このマナは一体……!?」
ソウタから放たれたマナがシスティーナの体を押した。
システィーナはかなり動揺している様子だった。
歯を食いしばり、片手でマナを受け止めていたのを両手に変えた。
その場に居合わせているエリシアやルミエルも、このようなシスティーナの様子を見るのは初めてだったのか、どうしたらいいのか分からなかった。
今すぐにでも助けに行きたいルミエルだったが、謎の力で地面に体を叩きつけられている状況のため動こうにも動けない。こうなればソウタに直接マナを消してもらうしかないのだが……。
「ぐ……! システィーナ様ああああああ!」
今まさに名前の後ろに様をつけるほどの人物が危機に陥っているためか、いち早く助けたいという感情がルミエルの思考を支配していた。
ソウタのマナに押されているシスティーナ。
その様子を見て、エリシアが動きを見せる。
「ねえねえシスティーナお姉ちゃん! 助けてほしい?」
いたずらっぽく笑い、システィーナをからかうように質問をする。
「ふふっ、相変わらず生意気な子ね。本当は私ひとりの力で止めたいのだけれど、どうもそう言っていられるほど余裕がないわ。お願いしてもいい?」
「まかせてまかせて! でも後でいっぱい褒めてよね!」
満面の笑みを浮かべながらエリシアは空中へ飛び立つ。胸の前に手を持っていき、その中心から小さな球体のマナの塊が出現した。
「ほいっ!」
エリシアが両手をバッと広げると同時に綺麗なピンク色の髪がなびいた。
さきほどまで作られていた小さな球は一気にドーム状へと広がる。
彼女を中心に心地の良いマナの領域が展開し始めた。
コロセウムの闘技場をまるごと包み込むほどのマナの放出。その中にいたロヴァートやルミエルの体についた傷がみるみると回復していった。
「へぇ~、これが噂に名高い、肩書きとは正反対の力か」
ロヴァートがエリシアの癒しの力を体感したのちにぼそっと呟いた。
「システィーナお姉ちゃん、どう? 力、もっと出せそう?」
エリシアの魔法は回復と強化の魔法を同時に発動した代物だった。
その力は凄まじく、ルミエルとロヴァートの傷は完全回復し、システィーナに関してはエリシアの魔法のおかげでマナの活動が著しく上昇していた。
マナの活性化もあって、ソウタのマナに押されていた体がピタりと止まった。
「ええ、ありがとうエリシア。これで大丈……夫!?」
――のは一瞬だけだった。
「ぐっ……! まさか私の力はおろか、エリシアちゃんの強化魔法を受けても受け止めきれないというの!?」
「まだだよお姉ちゃん、広範囲に広げた癒しの力を一か所に集中させるね!」
エリシアは広範囲に広げたマナをもう一度、一か所に終結させた。
使用したマナの再利用など、とうていただの一般人が出来るような技術ではない。だがエリシアはそれをいとも簡単にやり遂げている。
「システィーナお姉ちゃん、いくよ~!」
エリシアはシスティーナの手とソウタが放出したマナの間に、聖なる力を宿した神々しい大盾を生成した。見るものを圧倒させる程のスケールだった。
「えっへん! これでもう安心だよ。さすが私だね!」
胸を張り、ニコニコを笑いながらシスティーナにピースサインをした束の間の間、大盾にピシピシと嫌な音と共に大きなヒビが入った。
「え、うそ!?」
口をあんぐりとあけ、両手両足をぱたぱたをさせながら焦るエリシア。この状況にシスティーナは焦りながらも冷静に対処すべく、慌てる素振りを見せずに思考を巡らせる。
「やはりこれしかありませんね……」
ため息をつきながらも、ソウタが放ったマナをどうにかする方法を思いついた。
システィーナは人差し指をピッとマナのほうへ指した。
その瞬間、システィーナの雰囲気がまるで変わった。
先ほどまでのおっとりとした雰囲気のシスティーナからは考えられない位に、今のシスティーナは凛とした女性に見える。
それほどまでに纏う空気が一瞬にして変わったのだ。
「システィーナお姉ちゃん? 何を?」
「エリシア、丁度いい機会だからちゃんと見ておくのよ。いざという時には私たちの力がこの世界で必要になるのだから」
「え? え!? 何をするつもりなの!?」
「本来この力はみやみやたらに使ってはならないの」
(私自身がこの力を使うのを恐れているというのもあるけれど……)
「でもこれはやむを得ない状況。このマナを消せるのでしたらこの力、存分に使っても問題ないと踏んでの行動です。許してくださいお母さま」
そういうとエリシアは閉じていた目を開いた。
その眼は深い深い紫色をしていた。
内なる力が目の奥で蠢いているように、その紫色の大海のような瞳はジッとソウタのマナを見据えている。そして指先に小さな火の球が生成された。
「このマナを消すのにはこれで十分ですね」
エリシアが生成した大盾が割れたと同時にシスティーナが声を上げた。
「ブレイクスペル!」
すると小さかった火の球は一瞬にして巨大な火球へと姿を変えた。
規模にして初級魔法程度の火の球が一瞬にして超上級魔法になったのだ。
誰がどう見てもそういうに違いない。
それほどまでに火球の周りに発生しているマナの力場が異常なのだ。
まるで太陽と思えるほどの熱量を持った火球が放たれた。
その力は圧倒的で、さきほどまで止めるのに苦労していたソウタのマナを一瞬にして飲み込んだ。こうして無事にソウタのマナを消失させる事には成功したのだが……。
「やはり私の力だとこうなってしまうのですね……。このままだとあの方が!」
すぐさまシスティーナはエリシアの方へ向き、ソウタを魔法で守るように指示をしたが火球がソウタに直撃する前にそれをする事は出来そうになかった。
「エルヴィナちゃん! もうあなたしか私の魔法を止められないわ! お願い、近くにいるのでしょう? 今すぐ戻って私の魔法を……」
「心配ご無用ですよ、システィーナ……様?」
特大の火球が迫りくる中、ソウタが口を開く。
「僕の具現化は、マナとのぶつかり合いに対してはめっぽう強いみたいですから!」
ソウタはそう言い放ち、システィーナが放った火球に向かってクレアールを一振り。
「いけません! 私のマナには破壊の力が――!」
創剣クレアールは、始祖の力である創造のマナの集合体。
破壊、慈愛、智慧の三系統のマナには属さない、唯一無二の力。
そんな力の前では、どんなに質の良いマナで練られた魔法を相手にしたところで、そのマナを何事もなくいとも簡単に斬り捨てられる。
スパッという擬音が聞こえてくるようだ。
それは見事にまで真っ二つにされ、地面に落ちた。
「ほらね。僕の具現化、マナとの戦いにおいてはめっぽう強いでしょう?」
システィーナやエリシア、ましてはルミエルとロヴァートもその光景を見て、ただただソウタをポカンとした表情で見るほかなかった。
そして文字通り、本当に斬られた火球がいつまでも形をとどめて残り続けているのも見てシスティーナとエリシアは驚いた。
「あ、あなたは一体……?」
システィーナはただただ、目の前で起こったありえない現象とありえない人物に困惑している。エリシアはそんなソウタを目をキラキラさせて見つめていた。
そしてもう一人、この光景を傍観していた三人目の少女が居た。
「さすがお姉さまのブレイクスペルね。この私と違って完全に制御が出来ない代わりに軽く出力を100%以上に出来るのは羨ましい限りだわ。そしてあの男……。ふふっ」
面白いものが見れて満足した少女は消えるかのようにこの場所からいなくなった。




