074.超越者(ブレイカー)
「いいねぇいいねぇ! どいつもこいつも上玉揃いだねぇ!」
ソウタの頭上で豪快な声が響き渡る。
声の主はロヴァートだった。
「お前が召喚した物質、なかなかの防御力を誇っていた見てぇだが、この俺の攻撃に耐えられるほどの硬さは兼ね備えていないみたいだな」
どうやらガーディアンが咄嗟にロヴァートからの攻撃を守ってくれたようだ。
ソウタの頭目掛けて全力の蹴りをお見舞いしていたようだが、ガーディアンが守ってくれなかったらどうなっていた事か。
……というよりもだ、なんだこの化け物じみた攻撃力は。
もし仮に今の攻撃が僕に当たってしまっていたら確実に死んでいた。
殺す気か! とツッコミたくなるところだったがそういう暇も与えてくれない。
「ふぅー……。おいおい、シャキっとしろ……よ!!!!」
ロヴァートの鋼鉄のように硬い拳がコロセウムの地面に直撃する。
「施設は壊したくねえからな。加減してやったがヤベェなこりゃ」
ロヴァートは頭を掻きながらその惨状を見て笑っていた。
本人は加減をしたと言ったが、コロセウム内には万が一にも観客に攻撃の飛び火がいかないようにと何十もの強固な結界が張られているがそれを物ともせずに床に大穴を開けたのだ。
ソウタはそんな当たったらマズい攻撃からギリギリの所で回避した。
(危ねぇ危ねぇ危ねぇ危ねぇ!!!! あんなの当たったら死ぬって!)
「いやはや、本当に今日はツいてたぜ。まさかこんな闘技場でめちゃくちゃな強さを持ってる謎のローブ三人衆と相手出来るなんてな!」
ロヴァートの異常なまでの攻撃力の高さに、作った本人であるソウタさえも驚いていたが次第に設定通りの強さだったことが嬉しくて興奮気味になっていった。
「めちゃくちゃだけどやっぱり強い!! 流石だなぁ!」
「ふぅー……。おう、どうもな。さっきは派手にやられちまったが今度はそうはいかねえぜ。俺たちの誰かがヘバるまで戦い続けようや!」
ロヴァートはソウタの攻撃を食らった後、確かに気絶寸前まで陥っていた。
だが復活したロヴァートが時折おりまぜている息遣い。
精神を集中させ全神経と感覚を研ぎ澄ませ、更には身体機能までも向上させるモンクの道を究めた者だけが会得できる技法である【呼吸】を使っている証拠だ。
「ひぃ~! まじもんの近接戦闘はこれが初だからどこまでやれるか不安だな……」
ロヴァートはひとしきり様子を伺うと口を開く。
「ふぅ~……。さて、お前も中々の強さを持ってるがやっぱり本命はあんただ!」
ぐるりと方向を変え、ロヴァートはルミエルの場所へ風を圧縮した気弾を飛ばした。
「技を放つ場所を考えてください。
無作為に技を打てば観客が巻き添えを食らいます」
ルミエルは飛んできた風の気弾を軽く剣で打ち消した。
ルミエルの武器もまた具現化で作り出した物。
気弾を消したという事はマナの質がロヴァートよりも高いという事だ。
「ふっふっ……。まあまあ、軽いウォーミングアップだって。これしきの攻撃じゃあ結界は破れないさ。ふぅ~……それよりも次油断したらその体、持つかどうか分からねえぜ?」
ニヤリと笑いロヴァートがルミエルに言い放つ。
ソウタはロヴァートの発言とルミエルの傷を見て納得がい言った。
僕とフランシスカが戦っている間に不自然なほどにルミエルの乱入がないと思っていた。
だがそれの意味が分かった気がする。
ルミエルはロヴァートと応戦していたんだ。
ロヴァートがいつ気絶から回復したかまでは分からないけど、それは確かだろう。
「これは称賛です。先ほど私は油断などしていませんでした。ですがあなたは気配を完全に消して私の背後を取った」
ルミエルはロヴァートに背を向け、マナで作り出した雷の鎧にヒビが入ったのを見せる。
「この鎧はいわば具現化のような物。あなたは私のマナに、たったの拳だけで傷をつけた初めての人物です。これは称賛するしかありません」
「へっ。なんだか照れるねぇ。今日は褒められてばっかりだなぁ」
「ですが、それが直接勝利に繋がらないのも事実。
何よりあなたからは見えないのですから」
「ん? 何が見えないって?」
ロヴァートが瞬きをした瞬間、視界からルミエルが消えた。
「私より強いという証が」
「……ガハッ!」
瞬きをした一瞬の隙だった。
ルミエルはその一瞬の隙に生じてロヴァートを取り囲むように高速で移動していた。
まるでルミエルが何十人二も見える程の高速移動をしながら無数の斬撃を叩き込んだ。
1秒にも満たないその時間の間に、ロヴァートの体には無数の傷跡が新たに生まれた。
「ありがとうございました。
あなたほどの腕のモンクと戦えたのは私としても良い経験になりました」
ロヴァートと背中合わせになっているルミエルがそう言いながら首を後ろに向けた。
「ああ、それはどうもな!」
「――な……!」
その瞬間、ルミエルの目には見えた。
ロヴァートから自分よりも強い証である闘気が。
持続的にではなく、ほんの一瞬だけだったが問題はそこではない。
ロヴァートの攻撃を見切ったルミエルは危なげなく攻撃を避けたが、先ほどまでロヴァートに向けていた視線が揺らいでいるのが見て取れた。
(この方、絶技までにとどまらずにあの領域にまで踏み込んでいる可能性が……)
「あんたが思っている事は正解だぜ。俺は超越者だ」
ルミエルの瞳孔が大きくなる。
「驚きですね……。まさかこんな場所で超越者に出会えるなんて」
「俺も驚いたよ。何となくそうじゃねえかと思っていたがな。
ロイヤルナイツNo.1様よ」
両手の拳を合わせながらロヴァートは嬉しそうに語る。
「まさかそんなお偉い方と手合わせが出来るとは思ってなかったぜ。もちろんあんたも出来るんだろ? 見せてくれよその力」
無邪気な子供のように笑い、期待の眼差しでルミエルに視線を送るロヴァート。
「期待に応えられずに申し訳ないですが、私は超越者ではないのです」
「おいおい冗談きついぜ。あんたみたいな奴が超越者じゃない訳がねえだろ」
「嬉しいですね。そう思っていただけるとなると、私にはもっと伸びしろがある……。いえ、むしろ今あなたにここで勝って更に強くならせていただきます!」
二人の闘争心が剝き出しになるにつれ、あたりのマナが揺らぎ始める。
空はいつの間にか雷雲が立ち込み、辺りに暴風が吹き荒れた。
竜巻に雷が纏い、抉れた地面が巻き上がる。
「嘘偽りはないようですね。あなたは超越者に見られる特有のマナの力場が発生しています。これは紛れもない超越者の証です」
「嘘つく理由なくねぇか? それよりも今は戦いを楽しもうぜ♪
こんな機会、二度度ねえかもしれねえんだ。悔いが残らないよう全力でいくぜ!」
「私も同意見です。武者修行の旅が終われば私もまた立場上こうやって闘技場などに足を運ぶことはできなくなります。お互い悔いの残らないよう、全力で……!」
ルミエルからは激しい閃光と稲妻が。
ロヴァートからは吹き荒れる暴風とマナが。
お互いから発せられている強力なマナの力場が共鳴し、一本の光柱を生み出す。
「な……なんじゃこりゃあ! 現地人凄すぎないか!!」
完全に蚊帳の外になっていたソウタは二人の圧倒的な実力に度肝を抜かしていた。
こんなもの見たら自信なくすっての。
強くなったと勘違いしていたけど、全然まだまだじゃん僕。
ここでソウタはハッとした顔をし、思い出した。
自分がこの世界でやるべき事を。
聖領国に入るために何としてでもロイヤルナイツにならなければならない。
そのためにはこんな強敵たちと戦って勝たなければならないんだ。
ここでただ黙って指をくわえている場合じゃない。
自分が今どこまでやれるかを確かめるんだ!
圧倒的なまでの二人の力を前にソウタは委縮していた。
だがやるべき事を思い出し、ソウタはクレアールを構えた。
「あの二人に通用するかは分からないけど、やるだけの事はやるしかない!」
ソウタは柄だけのクレアールにありったけの創造のマナを流し込んだ。
それと同時にソウタはマナを放出することに一転集中した。
「「!?」」
果てしない集中力でマナを練っていた二人がその時、二人してソウタへ顔を向けた。
創造のマナに反応したクレアールには剣身が出来ていた。
それにも驚いたが、それ以上にソウタから放出されている見たことも感じたこともないマナの質に二人して目を丸くして驚いている。
「おいおい、あの感じ……。あいつも超越者か?
だが何かが違う。超越者なら俺みたいにマナの力場が……」
「はあああああああああああ!」
まだだ。まだ足りない。
あの二人の力に対抗するにはもっとマナの放出に全てを掛けなければ。
ソウタの集中力は凄まじかった。
クレアールを構えてほんの数秒だった。
二人で作り出した一本のマナの光柱よりも太い二本目の柱を作り出した。
ルミエルと戦ったときのように、体に納まらない溢れ出るマナがソウタの周りでバチバチと音を立てながらその存在をアピールしている。
「まだだ……。僕はまだいける!」
「おいおい、嘘だろあいつ! 超越者でもない癖してなんだありゃあ!?
これは俺も負けてらんねえなぁ!!!!」
「今日は素晴らしい日だよ! こんなにワクワクしたのは本当に久しぶりだ!
私も全力を持ってして君たちに応えよう!」
「「「はあああああああああ!!!!!」」」
三人の気合の乗った声がコロセウムに響き渡る。
もはや観客などどこにもいなかった。
フランシスカも既にリタイア組として運ばれこの場にいない。
天変地異ともいえる雷や竜巻。
圧倒的過ぎるほどのマナとマナとのぶつかり合いを目にした観客は、巻き添えをくらうのを避けるため避難していた。
もはやこの場所はフランシスカを除く三人の戦いの舞台となっていた。
「それじゃあ……」
ロヴァートは腰を深く落とし――。
「悔いの残らないよう、全力で……」
ルミエルは雷雲から放たれた雷とマナを剣に宿し――。
「……きっ!」
ソウタは目を大きく見開いた。
全集中力をマナの放出につぎ込んだクレアールを突き出す。
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
三人の叫び声が響き渡る中、空から新たに三本の光柱が降りそいだ。
「……あなた達、ここを破壊する気なんですか?」




