073.屈辱
なぜこの男は絶好のチャンスであるこの状況で攻撃をしなかったのか?
なぜこの男は見せつけるように私の前に高速で接近してきたのか?
なぜこの男は至近距離まで来たのにも関わらず引きの行動をしたのか?
なぜこの男は――。
渦巻く屈辱の感情が爆発した。
手心を加えられてしまった。
フランシスカが何よりも嫌いな行動だった。
「おい」
フランシスカはその一言だけいうと、具現化を解除し大槍を構えた。
「手心を加えればそれは侮辱と見なす。
お前は私に対してそれ相応の行いをした」
「へ……? 手心?」
「とぼけるなあああああ!!!」
フランシスカは溢れ出る怒りの感情のままに全身から激しい炎を放出した。
その炎はソウタ目掛けて放たれたが……。
「クレアール、お前はどこまでやれるんだ?」
ソウタは向かってくる炎にクレアールを向けた。
そして炎はクレアールに触れた瞬間、ソウタを中心に綺麗に二つに割れた。
剣の柄が触れているだけでもマナのぶつかり合いに勝てる。
この情報が知れただけでもこの武器の事がまた一つ分かる事が出来た。
大きな収穫だった。
「くっ……!」
フランシスカは悔しさのあまりソウタを睨み、歯を噛み締める。
それは決して自分の弱さを悔やんでいるからではない。
もし私が今、いつも通りの装備でこの男に挑んでいたら?
なぜこんなローブを着けながら窮屈な戦いをしているんだと。
今のこの状況に対して苛立ちを覚えていた。
「言っておくが、私はまだまだ全然、本当に本気じゃない!!!」
フランシスカは小さな子供のように、地面とダンダンと足で叩きながら指を差す。
「だが、だからと言ってここで負けるなんて事は絶対にない!!」
フランシスカは溢れ出る感情に身を任せソウタに猛攻を仕掛ける。
しかしソウタはフランシスカの攻撃方法や癖などは現実世界でこのキャラを作り上げた頃から何度も何度も設定し、イメージをしてきた本人である。
特徴を完全に熟知しているが故に、フランシスカの攻撃はカスりもしなかった。
ソウタ本人は自分で考えた戦闘スタイルや攻撃のやり方でキャラクターが動いているのを生で見れているのでこの上ない幸せと興奮を感じている。
「貴様……! やっぱり私を舐めているな!!」
今の現状の力で必死に食らいつくフランシスカと余裕そうなソウタの対比。
コロセウムの観客の目からしても明らかにその違いが見て取れた。
特にソウタはクレアールを具現化してから動きのキレが別人のように違っていた。
これが具現化の力とソウタの創造の力が解放されている状態の強さだった。
(っと……。そろそろキツくなってきたな。よしここら辺で)
ソウタはフランシスカから一気に距離を取るように空中へ飛んだ。
「それで逃げたつもりか!?」
フランシスカはそう言うと、持っている大槍を空中へ向けて構える。
「逃げ場のない空中へ飛んだことが仇となったな!」
「……かかった!」
その瞬間、フランシスカの槍が伸びた。
そのスピードは常人の目では捉えられない程だった。
だが、一気にソウタ目掛けて伸びた槍は手ごたえなくその勢いが止まった。
「ありがとう! この槍、有効活用させてもらうよ!」
ソウタはフランシスカの次の攻撃方法を完璧に予想していた。
その結果、ソウタは空中で槍を紙一重の所で躱し、槍に手を添えた。
「来い、守護者!」
ソウタの創造の力の一つである守護者。
まだその力は完全に把握したわけではない。
だが守護者を出現させる方法は既に実験済みだ。
ここに来て念入りに自分の能力の事をある程度把握できている事が功を奏した。
ソウタの手に触れた場所が光り出した。
フランシスカはすぐさま槍の伸縮を行い、元の大きさに形を戻す。
そしてただ黙ってみるわけでもなく、すぐさま槍を伸ばし追撃に出るが……。
「ほう、なかなかの防御力だな!」
フランシスカの全力の刺突攻撃は、召還された守護者によって防がれた。
守護者の能力や姿形などは、呼び出したときに触れていた物質によって変わるというのが何度か呼び出したうえで分かっている特徴だった
今回は全体的に厚みのある見た目で、重鎧で身を固めている。
大きな盾とフランシスカが持っている槍に瓜二つな武器を装備している
「ほう、貴様は召喚系の魔法も扱う事が出来るのか。だが状況が悪かったな」
「あ、デジャヴ」
ソウタは次にフランシスカが何を言うか、この世界での経験から予想がついてた。
「召喚系の魔法は基本的に複数人で同じパーティを組んでいるときに援護として使うものだ! 1対1のこの状況で命令を下しながらこの私と戦えるとでも……」
その瞬間フランスカのすぐ真横を一本の槍が通り過ぎた。
フランシスカはまさか今あの状況で攻撃されるとは思っていなかったが、それよりも一つの光景に目を疑ってしまった。
召喚された物質がソウタと一緒に自分の方へ攻めてきているからだ。
「術者と召喚物が同時に……!?」
「何故術者が命令を下していないのに召喚物が動いているんだ? って言いたげだね」
「貴様……! おちょくっているのか!?」
ソウタと守護者は息ピッタリの連携攻撃でフランシスカをジワジワと追いつめる。
フランシスカは何度も反撃を仕掛けるが、守護者の鉄壁の守りで無力化される。
改めてソウタは思う。
創造の力で生み出すこの守護者はハッキリいって強すぎると。
攻守も出来ることながら、自我を持っているため命令をする必要もない。
そして守護者たちは自分が次にしたい行動を先読みして動いてくれる。
これほど頼もしい補佐はいない。
正直この守護者を生成する能力だけでもオツリがくるレベルだ。
「くそ! くそ! 何なんだ貴様は!!!」
フランシスカはソウタと守護者の連携攻撃に成すすべもなくやられているの現状に耐えられずに、その瞳にかすかに涙が溢れてきてしまった。
「私は……! こんなハズじゃないんだ!!
お前なんて……クソおおおおお!!!!」
フランシスカは自分の実力不足に苛立ちを覚える。
そしてまたしても業火のごとく全身から炎を放出させた。
感情に揺さぶられすぎているのか、炎の勢いが強まったり弱まったりと安定しない。
「私はクレアール大陸の中でも一番強いんだああああ!」
「見苦しいですよ。もうあなたはこの戦いから身を引いてください」
「あ……!」
フランシスカの背後に一瞬でルミエルが現れ、背中に手を当てたと同時にフランシスカは一気に脱力し、地面に倒れこんだ。
「どうやら彼女はまだまだ未熟者だったみたいですね。
マナの扱いと質は相当なものだったのですが精神面がかなり弱い」
(そんなところも含めてフランシスカの魅力なんだけどなぁ~)
ソウタはもう少しフランシスカとの戦いを楽しみたかった気持ちを抑え、次はいよいよルミエルとの戦いになるのかと思い身を引き締めた。
ここであることに気が付く。
なぜかルミエルのローブに所々の傷と汚れがある。
それに加えて若干だが息が荒い。
何事かと思いソウタは質問しようとするが、その時ソウタは何かに背中を押さえつけられた。
その直後、物凄い破壊音と共に守護者の盾の破片と胴体がボトボトと頭上から降りそそぐ。
「は?」




