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071.炎の少女

「いくぞルミ……じゃなくて、ローブの人!」


 ソウタは閃光の構え・避雷針で武器に宿った雷をマナに見立てて放出を試みた。

 たとえ放出の対象がマナではなく外的な物だとしても、それを放出と同じ要領で相手に撃つ事は出来るはずだ。


 ソウタは十分に剣に雷を帯電させると、空高く飛んだ。

 観客がいるこの状況でルミエルに向けて直線状に撃ってしまったら観客が巻き添えを食らってしまう。だから空からルミエル目掛けてぶっ放すという魂胆だ。


「くらえ!」


 頂点に到達したソウタは、後ろに引いていた剣を勢いよく前へ突き出す。

 バチバチと雷鳴が鳴り響くと、雷が竜の頭の形を成して地上へと降り注ぐ。


「轟け雷鳴、穿て雷光。蒼光の輝きと共に今ここに顕現せよ!

 叫べ、雷竜の咆哮!」


 閃光の構え・避雷針で帯電した雷を放出する技である雷竜の咆哮。

 あらかじめ考えてある詠唱をそれっぽく唱えてはいるものの、実際に使っている技は雷竜の咆哮ではなくただのマナの放出と言う見せかけだ。


「――っ! なんだこのマナの放出量は!?」



 そのマナの膨大さに最初に驚いたのは、ローブの少女だった。

 ソウタと一対一で向き合っているルミエルはその竜の頭の形を成したマナを俯瞰的には見ていないが故に気づいていない。しかしソウタが放出したマナはコロセウムの闘技場全体を覆いつくす程だった。


 ルミエルはそういった光景を見慣れているからか、特にこのマナの放出量に関して驚いてはいなかったが、この場にいる観客含め、ローブの少女は規格外のソウタの攻撃に対しその場に立ちすくんでいた。


「こ、こんなの……人間の引き出せる力の度合いを遥かに超えている!」


 しかしそんなローブの少女とは違い、ルミエルは真っ向からソウタが放出した膨大な雷のマナへ向けて一直線に飛んで行った。


 ルミエルは何も驚いていないわけではなかった。

 確かにロイヤルナイツNo.1の実力があれば、ソウタが見せたマナの放出は微々たるものなのかもしれない。しかし、それ以前にルミエルには幾度の戦闘経験に加え数多くの化け物級の魔物と張り合ってきたという膨大な経験がある。


 過去の経験と照らし合わせた結果、多少はソウタの攻撃には驚きはしたがそれ以上の物を見てきたが故にルミエルには余裕があったのだ。


「凄いですね。こんな規模のマナの放出が出来るなんて!

 もう少し技術を磨けばあなたはもっと強くなるかもしれないですね!」


 ルミエルは突き立てた細剣に、ソウタが放出した雷のマナを集結させた。

 不思議な事に、そのマナはルミエルに向けて攻撃するように放たれたマナだったのにも関わらず、一切の抵抗を見せぬままルミエルの武器に纏わりついたのだ。


「ま……まじかよ」


 流石のソウタもこれには目を丸くして驚いた。

 まさか自分の放った攻撃を全て相手に奪われるとは思っていなかった。


「私に対して雷属性のマナで挑むのは悪手でしたね」


「……」


「見ての通り、私は雷属性のマナを扱う事に対してはエキスパートなんです。

 自分が使う雷のマナも、相手から向けられた雷のマナも、全て今のように自分の力として扱う事が出来る」


「そ、そんな!」


「何故だかは分かりませんが、私の技を扱えるのが自慢らしいですね」


 ルミエルはニヤりと笑う。


「ですが、その技の全ては私には通用しません。よってあなたは私が扱う技以外で戦う必要があるという事です。もし、有効打がこれしかないのなら私の勝ちですが……」


「くっ、くそー! 俺にはあなたの技しかないのにっ!」


「……まさか本当にこれしか戦う術がないとでも?

 では先ほどの近接戦は?」


(まさかそんなはずは……。先ほどの男の方との戦いを見るからに雷属性のマナ以外を扱う事はできるはずです。しかしこの悔しがりようはどういう事――)


「なんちゃって! 油断したな!」


「な……なにっ!」


 ソウタはルミエルの細剣に纏わりついた雷属性のマナを、シラユキと体が入れ替わったときに何故かうまく扱えるようになった氷属性のマナに属性を変化させた。


「マ、マナの属性変化……!?

 こ、これは一体どういう――!」


 ルミエルに驚く隙も与えさせぬまま、ソウタは雷のマナを氷属性へ変化させた。

 するとどうだろうか。

 マナというのは自分が扱える属性以外のマナを扱うのは至難の業であり、制御が難しい。それ故に適正している属性以外のマナを扱うのは至難の技だ。

 なのでルミエルの細剣に纏わりついていた雷属性のマナは、強制的に氷属性にマナの属性を変えられた結果、ルミエルの制御を外れた。

 その後みるみる形を変えて鋭い針のように形状を変え、ルミエル向かって飛んでいった。


「ぐっ……この技、似ているっ――!」


 ルミエルは咄嗟に細剣を投げ捨て、無数に生成された氷の針を避け始めた。

 しかし避けても避けても氷の針は自我を持っているかのように執拗にルミエルを追従し続ける。

 これには理由があった。


 雷属性を扱うルミエルの制御を外れたとはいえ、つい先程まではこの氷属性のマナもルミエルの制御下だったものだ。

 残り香の雷属性のマナが使い手であるルミエルの元へ戻ろうとして、結果的に追従機能のある攻撃になっているのだ。


(ルミエルが雷の使い手だっていう設定を作ったのは僕だ。

 その情報さえあれば、相手が得意とするマナの属性でわざわざ戦う意味はない。

 それよりも意表をつく一撃で確実に攻撃を当てる。それが目的だったんだ)


 あえて演技をしてルミエルの油断を誘ったソウタの攻撃は見事に成功したが、これだけでは決定打に欠ける。勝負はこの小細工じみた攻撃が終わってから本格的に始まる。


「私の技を真似した次はシラユキの技までも真似するのですね。どうやらあなたは相当まねっこが好きなようだ」


「え?」


「いえいえ、何も否定しているつもりはありません。強者の技を模倣するのは何も悪い事ではない。ですが、真似するだけじゃあ強くなれないと言うのも事実です」


「あれってシラユキの技だったの……?」


 ルミエルは何本もの氷の針を避けながら、ソウタと言葉を交わしている。


「はあっ!」


 ルミエルが気合を入れた声を一声発すると、周囲にマナを伴った衝撃波が生まれソウタが生成した氷の針がいとも簡単に砕け散った。


「見せてあげましょう。真似だけでは決してたどり着くことの出来ぬ技の領域を……!」


 ルミエルの右手に空間が捻じ曲がるほどの高密度のマナが集中して集まっていく。


「私の正体がバレているのは少なからずあの男性だけ。もしかすると対戦相手には感づかれているかもしれないけれど、極力まだ私だとは思われたくはない。なので少しだけ加減はしましょう」


 大気中のマナが光り輝きながら、ルミエルにみるみると集まっていく。

 武器は何も構えていないが、ルミエルはその右手を天高く掲げた。


「閃光の構え・避雷針!」


「お、おお!!!」


 ソウタはルミエル本人が自分が考え作り上げた技を繰り出したのを見て興奮した。

 ただそれ以上に、流石と言うべきだろうか。


 技を使ってきた回数が素人目にも分かるほど、ソウタが見様見真似でやってのけた閃光の構え・避雷針と、ルミエルが使った閃光の構え・避雷針とでは天と地と程の熟練度の違いが見えた。


 雷を作り出すスピード、それが術者に到達するまでの速さ、そして一糸乱れぬマナの流れの正確性。マナを扱う上での技術がソウタよりも数百段上の領域だった。


 ルミエルが掲げた手に雷が落ちると、ルミエルは瞬時にそれを全身へと纏った。

 左手には高密度のマナの盾を作り出し、体はマナで出来た鎧が。

 それぞれ雷鳴を轟かせながら存在感を醸し出している。


 どれもこれも実物ではない。

 潜在エネルギーであるマナというエネルギーだけで作り出された、実態を伴わない武器と鎧を超高精度なマナコントロールだけで作り出したのだ。


「な、なあ……なんだよあいつら。この闘技場で見た戦士たちの中でこのローブの集団、かなりヤバい奴らなんじゃねえか?」


「あれほどのマナを扱う技術を持つ戦士なんて、後にも先にもあのローブの人くらいか? いや……というよりもアレが本当にロイヤルナイツのルミエル様だったんだとしたら俺たちってかなり貴重な戦闘を見れているってことだよな?」


「馬鹿いえよ。ルミエル様なわけがないだろ。ロイヤルナイツ様ともあろう人達がこんなちんけな街のちんけな闘技場で、しかも平日に戦いに来るわけねえだろうが。あの人たちはこのクレアール大陸の平和を守るために大陸全土の警備とパトロールを欠かさないんだからな」


「そ、それもそうだよな……。一時はルミエル様かと思ってたけどただルミエル様に憧れている奴らが真似しているってだけだよな?」


「あたりめえだろ! あんな怪しいフードを被った連中に紛れているわけがねえ。

 というよりイチイチ身分を隠してまで参加するわけがねえだろ!」


「だよなぁ。でもルミエル様とかロイヤルナイツではないと言っても、あいつらの実力ってかなり高いレベルだよな」


「ああ、それは間違いねえ。だからこの戦いは見逃せねえ」


「司会の人も実況忘れて見入ってるくらいだもんな」


「確かにな、ちゃんと仕事しろよあいつ」


 ――など、観客の中にソウタ達の戦いや、練度の高い技の数々を見て正体が誰なのかと考える者たちが多数いた。ロイヤルナイツの誰かが参加しているかもと考える者もいたが次第にそんな訳がないだろうと、ただ純粋に試合を楽しむことにした者もいる。

 そう思われるほど……いや、実際にそうなのだがロイヤルナイツNo.1のルミエルとソウタの戦い、そしてローブの少女とロヴァートの四人が規格外の強さを見せつけていたのだ。


「いくぞ、これが私の練技・雷鳴の鎧、そして雷鳴の盾」


 ルミエルの右手には神々しくも荒々しく蒼い光と稲妻を走らせた一本の剣が握られていた。


「そしてこれが光臨の刃。超高密度の光属性のマナと雷属性のマナ、二つのマナを練り上げて相乗効果でマナの質を爆発的に上げた武器です。さあ、あなたにこの技は真似できますか?」


 ソウタが答えるよりも先に、ローブの少女が炎を纏わせた大槍をルミエル目掛けて突き立てながら突進してきた。


「甘いですね」


「ぐうっ!」


 ルミエルは横目にローブの少女を流し見て、一言だけそう言った。


「実体を伴わない武器相手に普通の武器で立ち向かうなど、ありえない事です。剣であれば刃すら通らず、槍であれば先端が当たる前に弾き返される。それを分かっていてここに向かってきたのですか?」


「ちっ、イチイチ気に食わない言い方だ」


「まあ無理もないでしょう。マナで作られた武器などそうそう見る事もないでしょうからね。逆に感謝するのですね。良い経験を与えてあげたこの私に」


 ニヤりと嫌な笑みを浮かべながら、挑発するように語り掛ける。


「おい貴様、なんでか私にだけムカつくような言い方をしていないか?

 あの男と話しているときはこんな感じではなかっただろ!」


「そうですか? いつも通りだと思いますけど」


 ルミエルはそう言うと剣を薙ぎ払い、ローブの少女を追い返す。

 その光景をソウタはウキウキしながら見つめていた。


「とりあえず邪魔はしないでもらいたいですね。マナで作られた武器には同じくマナをぶつけるか、私と同じようにマナを武器として具現化した状態にしなければ戦う事すら出来ないのですからね。あなたにそれが出来れば相手をして差し上げましょう」


 興味なさそうにルミエルはローブの少女から目線を外すと、再びソウタを見据えた。


「さあ、私はあなたに期待しているのです。

 あなたは今の私にどうやって応えてくれるのですか!」


「――あーもう、なんかウザいから私も少しばかり本気を出させてもらう。

 こんなローブ被ってまで力を制限するまでもない。どうせ今のこの状態の私を知っている奴なんてどこを探してもいるわけないしな」


「うるさいですね。何をごちゃごちゃと言って……」


 ルミエルは面倒くさそうにしながらも、適当に言葉を返すつもりだったが、ローブの少女から溢れ出るマナの質の高さと背中に集中している超高密度のマナの塊を見て目を丸くした。


「……おもしろいですね」


「おい貴様。その武器にぶつけるのはマナだったら何でもいいんだろ?

 武器じゃなくても要はマナのぶつかり合いをさせなきゃ相手にならないってだけで、マナで作り上げたものならなんでもいいんだよな?」


 かなりの耐熱性を誇るマジックローブすらをも燃やし尽くす炎を全身から放出する少女。

 もうローブを被ってなどいない。

 そこの映るのは燃え盛る炎の中に立ち尽くす一人の少女だった。


「へへっ、やっぱりそうだったんだな」


 その姿を見てソウタは嬉しそうに少女を見つめ……。


「ま、まさかフラン――。いえ、そんな訳はないですね。

 最後に見たときはもう立派な女性でした。だからこんな少女の姿なわけが……」


 ルミエルは更に驚きを隠しきれなかった。


「私も力を制限して戦うのには御免だ。ここからは結構本気でいかせてもらう!」


 背中に集中していた高密度のマナが、翼のように形を変えながら優雅に空へ弧を描くようにして出現した。羽の代わりに火の粉を飛ばし、燃え盛るその翼を存分に見せつけた。


「真紅の片翼。私のマナの具現化だ。

 言っておくが、さっきまでの私だとは思うなよ?」


 マナの具現化。それすなわち体内にある潜在エネルギーであるマナを体の外に放出しながら、体内で練り上げた形を持ったマナを文字通り具現化させること。


 放出と違うところは、放出は一瞬だけ瞬間的な力を体外に放出することでそのエネルギーを利用して攻撃するが、具現化は体内のマナと放出したマナが体から切り離されずに連結しているため、一度練り上げたマナを体外に放出し具現化すると、具現化を解くまでは永続的に練り上げたマナの出力を維持しながら戦えるという事。


 つまりは体の中に眠っていた潜在エネルギーを常に解放している状態だということだ。

 扱うのが難しい分、扱えれば具現化するだけで飛躍的に身体能力が上昇し、具現化で作り出した武器でも攻撃できるのが最大の利点だ。


 具現化したマナの放出量が多ければ多いほど、上昇する能力幅を大きくしつつ長期的に戦えるが、そのマナを放出するだけのマナの質と量が求められる。


 それを踏まえると、炎の少女が具現化した真紅の片翼。

 マナの質はさることながら、具現化されたマナの量も膨大なため身体能力の上がり幅は相当な物になっているはずだ。


 それを見たルミエルの目には、先ほどまでは見えていなかった自分よりも強い相手か対等な相手にしか見えない闘気が、少量ながらも溢れているのが見えていた。


「面白い、面白いですね!

 今日は最高の戦い日和になりそうだ!!」


 炎の少女とルミエルは二人同時にソウタを見つめ、同時に口を開く。


「さあ、あなたもマナの具現化をしてください。

 そして楽しい勝負にしましょう」


「……う、う~ん」


 ソウタの様子を見た炎の少女はまさかと思ったのか、疑問を靴にする。


「おい貴様。まさかとは思うが具現化が出来ないとは言うまいな?

 ガッカリさせるんじゃないぞ」


 ソウタは迷っていた。

 ここでマナの具現化をしてもいいのだろうかと。


 確かに異界で見たマナの具現化は凄まじい物だった。

 ただ強力な分、時間制限も設けられているのも事実だ。

 それに加えて、あの力は創造の力の一部でもある。

 そう安易に使っていい者だろうか……。


「まあいいや! 持っている力は使わずして慣れることはない。

 いい機会だからここで使って今一度、コイツの力を試してみるか!」


 ソウタは右手を前に出し、浮かび上がる創造の模様を隠すように手の甲を左手で抑えた。

 そしてその名前を叫ぶ。


「創剣クレアアアアアル!!」


 その瞬間、右手が眩く輝いた。

 一瞬だった。


 あれほどの実力者であるルミエルと真紅の片翼を具現化させた少女がソウタから発せされたマナによって吹き飛ばされた。


 ルミエルをも超える超高密度のマナによるマナがソウタの周りに障壁を作り、空間が歪むほどに大気のマナの流れが不安定になりぐちゃぐちゃになっている。


 溢れ出るマナが膨大すぎるが故に、絶え間なくソウタの体からバチバチと音を立てながら体内に収まりきらない潜在エネルギーが放出されている。


 そのあまりにも異様な力と光景を目にした二人は武者震いを起こした。


 

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