068.闘技大会開始
この異世界には様々な能力が付与された武具や装飾品などが腕のいい鍛冶職人によって作られ、交易が盛んな都市や大きな街などで売られる。
マジックローブ。
アンデッド戦の戦利品である魔力を高める水晶玉を、ソウタが売って手に入れた衣服。
このローブには不思議な魔力があり、一度身に着ければその瞬間から約24時間は体に密着する。そのため強風が吹こうが、炎が燃え移ろうが、マジックローブの効力で風程度ではピクりとも動かず炎はタチマチ鎮火する。
そのため耐熱装備としても役に立つという用途もあるが、その用途のほとんどは身元を隠すために使われている。
そんなことを知るはずもないソウタは、迷いもなくマジックローブを身に着けた。
「おお! なんだこれ!」
マジックローブは着る人に合わせてサイズを変える事が出来る。
ローブを羽織れば自動的に体の寸法を測り、使用者の体にフィットするようになっている。
とんでもない技術だ。
着心地も悪くない。おまけに通気性も抜群だ。
ソウタは万能な部分だけに目を向けて、マジックローブの最大のデメリットである24時間はローブを外せないという事に全く気が付いていない。
必要なものは揃ったと、ソウタはマジックローブに身を包み、街の中心部にドンと建っている大型の円形闘技場へと足を動かす。
「シラユキと行動するときはこれを着ければ問題なさそうだな」
それは自由にマジックローブが脱着できればの話だった。
――そして。
「さあ! 本日の戦いはバトルロイヤル方式で行うぜ! 戦いに飢えた戦士共! 参戦、乱入いつでも自由! 戦いはこの街では日常茶飯事。戦いたくなったらいつでもこの舞台に足を踏み入れろ!」
気合の入った迫力のある声が闘技場内から外へ大きく響き渡った。
この世界にマイクなどあるはずがないが、どうせ魔水晶とかいう万能アイテムを使っているんだろうなとソウタは変に一人で納得していた。
「さあ! 飢えた戦士共、戦いの開幕だ!」
大きな戦いの鐘が鳴り響くと同時に闘技場内から、火傷しそうな程の熱気が伝わって来た。
「……あっつ!」
比喩などではなく、本当に。
そして熱気が伝わってきた瞬間に、先ほどまで大きな雄たけびが上がっていた闘技場内の戦士たちの声が約半分はなくなっていた。
一体なにが起きたというのだろうか。
気になって気になって仕方ない気持ちと、一刻も早く強くなった実感がある自分の体を動かして戦いたという二つの気持ちが同時に襲い掛かり、我慢できなくなった。
「確か参加も乱入も自由っていっていたよな!」
ソウタは目をギンギンに光らせ、足に力を込めた。
練技はまだ使えなくとも、活性化はある程度出来るようになった。
だったら華麗かつド派手に闘技場の上空から戦いに乱入してやる!
足に力を込めると、立っていた場所の地面がへこんだ。
そして一瞬にしてソウタは空へと飛び立った。
遅れて衝撃波がソウタがいた場所の周辺へと伝わる。
その付近にいたコロセウムの住民は、とんでもない物が見れそうだと期待を膨らませ、すぐさま噂を流し住民総出でコロセウムへと向かった。
――闘技場内。
そこにはソウタと同じくローブを被っている小柄な人が居た。
「オラアアアアアア! どうしたあああ! この程度なのかああああ!」
怒声を上げながら激しい炎に身を包む小柄な人。
声質的に女性の物だろうか。とにかく何かに対して激しい怒りを覚えているような、そんな感情を表に出している感じが見て分かる。
「ガッカリだ!!」
持っている槍のような武器を振るい、業火を発生させる。
「ぐぎゃあああああ!」
その一振りでまたも、闘技場内にいる複数人の戦士達が一瞬にして葬り去られた。
「何が戦いの街コロセウムだ!」
小柄な少女は槍の先から燃えたぎる炎を広範囲に放出した。
それもかなりの出力で。
「よ、よけられなっ……!」
圧倒的なほどの炎の壁を前に、攻撃を避けられなかった戦士たちがまた次々と戦闘不能に陥る。ローブを被った小柄な少女の炎はかなりの熱気を放っていた。
その熱はおさまるどころか、段々と温度を増して言っている。
「この程度の戦士しかいないのかああああ!」
そんな少女の元に、筋肉質な男性が近づいてくる。
「ヘヘッ。あんた、中々やるじゃん」
「……誰だ貴様は」
強者のオーラを感じ取ったのか、怒り狂っていた少女は少しだけ落ち着きを取り戻し男をギロっと凝視している。
「あんたのその技。ロイヤルナイツ級だな、俺にはわかる」
「あっそう。それはどうも!」
挨拶もなしに、ローブを被った少女は問答無用で槍先を男へ突き出した。
……しかし。
「へへっ、見えるぜお嬢ちゃん!」
男はその攻撃を片腕を使って流した。
そしてすぐさま一瞬にして距離を詰めながら反撃に入る。
「この至近距離から避けられるかな?」
屈強な男は、拳に風を纏わせ、少女目掛けてパンチを繰り出した。
「ほう……。貴様、純粋なモンクタイプか。
時代に取り残された古い戦い方がお好みらしいな」
「この俺の拳が止められるか」
ローブを被った少女と男の間には、激しく燃え盛る炎の壁が出来ていた。
男が放った強烈なパンチはその壁に止められている。
「誉めてやるぞ。私の炎に触れても火傷の一つもしないその体。
流石はモンク。体の丈夫さだけは一丁前だ」
「なあお嬢ちゃん。さっきからモンクの事を馬鹿にしているがな、それはお嬢ちゃんが半端者のモンクとしか戦ってこなかったが故の認識だぜ?」
「なんだと?」
「確かにお嬢ちゃんのいう通り、モンクってのは時代に取り残された古い戦い方をしているかもしれない。ただしそれは力の使い方が下手くそなモンクが多いから生まれる認識だな」
「たかだか力任せに拳を振るうだけなのに、力の使い方もクソもあるか」
「そう。たかだか拳を振るうだけ。それ故に一芸に特化しているともいえる」
「……ほう?」
「モンクを目指していた大半の奴はな、中途半端に自分に眠る他の才能を開花させようとして、やがて拳を振るう事を辞めちまうんだよ」
「その気持ちは分からなくもない。拳を振るうだけで芸のない戦い方などつまらないからな。それにモンクというのは才能のない者が行きつく道だ」
「そうさ。魔法を使えなければ、武器に依存する練技だってろくに扱えない」
「そうだな。その点わたしは生まれたときから才能の塊で強さも一級品。貴様たちモンクとは住んでいる世界が違う」
「傲慢だな、お嬢ちゃん。ただしそうあってくれたからこの俺には勝てない」
「なに?」
「さっきも言ったが、武器に依存する練技や、高度なマナのコントロールを必要とする魔法はろくに使えはしない。ただし、俺達には最大の武器がある」
男はそこまでいうと、不意に攻撃の構えをとる。
ローブの少女はその行動をすぐさま察知し、大きく距離を取った。
「それは、己自身の鍛え上げた拳!」
男はローブの少女を目で捉える。
その間に、足に風の力を纏わせ地面を蹴った。
「そして基本的なマナの練り方を極めた結果手に入れたこの運動性能!」
あっという間にに距離を取っていたローブの少女に追い付いた。
「はやいっ!?」
少女は炎の力を使い急旋回をしたが、屈強な男はその動きを後から追いかける形でも容易に追いつくことが出来ていた。
「鬼ごっこはおしまいだお嬢ちゃん!」
「ぐっ!」
ローブの少女は男に追い付かれ、頭を抑えられる形で地面に叩きつけられた。
「お嬢ちゃん、あんたはモンクの事を下に見すぎていたが故にこの俺に負ける事になる」
「う、動けないだと……! この私が!」
「さっきも言ったが、モンクは中途半端な奴が多いが故にその戦闘データが少ないんだ。だが、中途半端ではなくその道を究めたモンクは一芸に特化しているとも言える」
拘束から逃れようと、暴れる少女に動じる事もなく男は片方の拳を上にあげる。
「その意味が分かるか? 俺みたいに道を究めた純粋なモンクはな、基本的な練技しか使えないし、魔法は当たり前のように使えない。だが基本を極める事によって練技の先にある領域に足を踏み入れる事が出来るんだよ」
その言葉を聞いて、ローブの少女は激しく動揺をした。
「ま、まさか貴様っ……!」
男は口角を徐々に上げ、力を見せつけられる良い機会だと言わんばかりに振り上げている拳にマナを集中させる。その瞬間、周囲に複数の竜巻が出現した。
竜巻のような風は地面を抉り取りながら男の拳に収縮しながら纏わりついた。
「貴様、魔法が使えないっていっていたな? あれは嘘か!?」
「いいや、使えないぜ。これは魔法じゃなくてマナの放出だ。俺のマナの属性は風。そしてこの竜巻はマナの放出を極めた事で出来る芸当だ。そして……」
話は終わりだと、男はローブの少女に拳を振りかざす。
「これは練技の先の領域……。これが俺の絶技だ!」




