006.シラユキの決断○
ソウタはあの空間から無事に戻ってくる事が出来た。
厳密に言うと肉体はあの場所にはなくて意識だけが移っていた。
だから戻って来たという表現が正しいのかは分からない。
だがあの空間には居ない事は確かなので戻って来たんだ。
――心地よい風が吹いている。
虫一匹の鳴き声もしない、静かな草原。
その草原で虫の代わりに、か弱い声で泣いている少女が一人。
シラユキがソウタの隣で泣いていた。
よし、起きるか。と思っていたソウタ。
だがその光景を目の当たりにし、すぐさま起きるのを止めた。
これは、何度も何度も早いペースで鼻をすする音かな?
ソウタはシラユキの過呼吸気味な呼吸の音を聞き取る。
ソウタは薄目で状況を確認し、今が明け方だと把握した。
周りは少し薄暗いけど、日が少しだけ差し込んでいる。
ソウタは感動してしまった。
この状況から見るに、シラユキは僕に魔法を撃ったあと『私のせいでこんな事になっちゃった。どうしよう』と思って、夜通し僕の事をモンスターから守ってくれていた。そう捉えても良いだろう。
野営の準備とかは絶対していないだろうから、こんな岩陰でびくびくと震えて。
シラユキは足をガクガクさせていて、今にも膝から崩れそうだ。
腕も相当震えている。
震える右手で剣を握り、左手でその震えを抑えていた。
モンスターが怖くて泣いているだろうに、そこまでして僕を守ってくれていた。
健気だ。
なんて良い子に育ってくれたんでしょう。
怖かったら逃げれば良いのにそうしないなんて……。
よっぽど僕に魔石を撃った事に負い目を感じているんだ。
ソウタはそんなシラユキをずっと見ていたい気持ちを押し殺した。
ひとまずソウタはわかりやすく伸びをした。
シラユキに今から起きますアピールを見せるためだ。
――ここでソウタはすかさずシラユキの動きを観察する。
ソウタの伸びに反応して、シラユキは岩に背をかけ腕を組み始めた。
そして、目つきを変えてどこまでも伸びる草原の一点を見つめ始めた。
先ほどまで泣きじゃくっていた女の子には到底見えない。
いいね。
その切り替えの早さ。惚れ惚れしちゃうよ。
でも泣き崩れていた顔の処理を忘れている。
ソウタはシラユキが顔の処理をするのを待ってあげた。
だが、待てども待てども、一向に全然気づく様子がない。
シラユキは恐らくソウタが起きた時に言うセリフを考えているのだろう。
もしくはもうスタンバイしているか。
ウズッ。
そう思ったらソウタの中のいたずら心に火がついてしまった。
「う~ん、よく寝た」
ソウタの言葉に反応してシラユキの肩が小さくピクッと反応した。
「あれ、ここは……?」
ソウタはわかりやすく、まだ状況が把握できない演技をした。
その間にシラユキの出方を待つ。
「……」
だがシラユキは特に言い訳をする事もなく、ただ沈黙を守っている。
あれ?
思っていた反応と違う。
シラユキは何かを言いたそうに、横目でチラチラとソウタに視線を向けた。
そして沈黙を守っていたシラユキが重い口を開けた。
「……平気か?」
シラユキは腕を組みながら、首だけをソウタの方に向けて言った。
「平気だけど、なんでそんな事を?」
「私がやった事を覚えていないのか?」
シラユキの魔石から放たれた魔法で僕が気絶したっていう事実を覚えていたら、負い目を感じているシラユキの傷をえぐりかねない。
ちょっとフォローしてあげないと。
「ご、ごめん何か急に意識がなくなっちゃって。全然記憶がないんだ」
記憶がないっていう嘘は、僕なりのシラユキに対してのせめてもの情け。
「……そんな」
「ん?」
ソウタの記憶がないという発言を聞いてシラユキの顔は青ざめていった。
泣きじゃくっていた時の顔よりも更に悲しそうな顔だ。
震える声を必死に抑えている。
「記憶がないというのは本当……なのか?」
あれ、なんかしょんぼりしてる?
「私の名前も忘れたのか?」
記憶がないって聞いて、全てを忘れたって勘違いしている?
記憶がないって言ったのは、気絶させた責任を負ってほしくないという意味を込めて言っただけだ。何もかも忘れたという意味ではないんだけど。
……もしかして、名前を呼ばれたのが嬉しかったのかな?
名前を答えれば、シラユキの勘違いだって気づいてくれるだろう。
「シラユキでしょ?」
ソウタが名前を言うと、シラユキの体が少し震えた。
記憶がなくなっていないと確認が取れたシラユキは、その場でソウタの顔を見た。見たかと思ったら今度はすぐに明後日の方向を見た。
どうやらシラユキは少し落ち着かない様子だ。
忙しい子だな。そこがまた可愛いのだが。
そしてしばらくして、覚悟を決めたような顔でソウタの顔を見つめてくる。
……あ、これもしかして。
ソウタはこれから何が起こるのか予想が付いた。
これはありのままの自分を見せちゃうパターンだ。
シラユキがしょんぼりしていた理由。それはソウタがシラユキに対して『君の全てを知っている』と言った事も忘れているんじゃないかと思ったからだろう。
シラユキの全てを知っているとか言ったから、僕に素を曝け出すつもりだ。
確かにあの時、僕は素のシラユキと接したいと思ってあんな言葉を口走った。
だが、クールなシラユキを見てると気持ちが揺らぐ。
素を隠しながら自分と接しているほうが味があると気づいたんだ。
アホか僕は。ソウタは自分に対して激しい怒りを抱いた。
ギャップに可愛さを感じたいっていう目的でシラユキを作ったはずだ。
なのにその設定を無視させようとしてたなんて、過去の自分が信じられない。
軽々しくあんな発言をしてしまった事を若干後悔し始めた。
確かに素の状態も悪くはないんだ。
悪くはないんだけど、正直いまのままのシラユキも可愛い。
だから僕的にはまだ素を見せてほしくない。
こうなれば、先制攻撃だ!
シラユキに行動を起こさせる前に僕から仕掛ける!
そしてあんな発言はしていないと白を切れば良い。
「じ、実は私……」
言わせないっ!
「もしかして泣いてた?」
ソウタはシラユキに泣いていたのか? と指摘する。
そうすれば動揺して自分のキャラを守ろうと行動するはずだから。
「なっ……!?!?」
シラユキの目が見開き、口が大きく開いた。
そしてソウタは追撃を放つ。
「なんだか目も腫れているし……もしかして怖くてないていたとか?」
「き、君が私の事を全部知っているなら、なんで泣いていたか分かるでしょ?」
ソウタはこの時かるく昇天しかけてしまった。
不意に本当のシラユキが顔を覗かせたからだ。
ソウタに一歩。また一歩近づきながら上目でそう訴えてくる。
思っていた反応と違うけど、これはこれでヤバかった。
あぁ~。ハートにダイレクトにきた。
ここで涙目で素を見せてくるなんて、やり手だ。
僕がいったあの言葉、思ったより響いていたっぽい。
ちょっと待ってくれよ。まいったな。
こうなってくると素のシラユキも捨てがたくなっちゃう。
ソウタは少し迷った。
でもやっぱりここじゃない。
素のシラユキはもっと別のシチュエーションで見せてほしい。
今も十分なタイミングだ。
けれど、もっとギャップのあるシラユキが見たい。
勇気を出して踏み込んで来たシラユキには悪いけど、僕のわがままを許してほしい。ここは伝家の宝刀【スキル:難聴】を使って聞いてないふりをしよう。
「え? 今何って言ったの?」
ソウタの言葉はシラユキには届かなかったのか。
はたまた無視してソウタの方に向かってきているだけなのか。
足を止める事なく、シラユキはソウタの目の前まで来た。
そして突然、膝から崩れ落ちるようにバランスを崩した。
そのままソウタの腰に抱き着く形で倒れこんでしまった。
ちょ、急展開!?
え、いきなりこんな事されても僕どうしたらいいの!?
慣れてないながらも、ソウタはとりあえずシラユキの両肩に手を置いた。
膝立ちのような状態になっているシラユキに目線を合わせる。
「シラユキ?」
全体的に脱力しているのに気が付きソウタは掴んでいた肩を前に押した。
思った通り、力が完全に抜けていて、シラユキの上体が上を向いた。
「シラユキ!」
【スキル:難聴】
・実在しないスキル。
シラユキの言葉を聞き流そうとして使用(?)した。