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065.放出、具現化? なんだそれ

 シラユキは見ていた。

 ソウタを初めて見たときに、ソウタが使っていたあの大規模な魔法。

 確かにそれは驚異的なほどの威力を誇る魔法だった。


 ……だけど何かがおかしい。

 シラユキは自然と首を横に傾げる。

 見てくれは似てはいたが、まるで攻撃方法が違っていたからだ。


 ソウタが考えた最強の魔法サザンクロス。これにはいくつかのパターンを用意していた。その中で今、ソウタが発動しているサザンクロスは、シラユキが最初にみたものとは別の攻撃方法で発動されようとしている。


 その攻撃方法とは、広範囲を一気にカバーする物だった。


「ぐっ……まだ上手く調整が出来ないけど、十分かな」


 ソウタはサザンクロスを放ち、自分の前後にいる魔物複数体の足場を瞬時に凍り付かせた。足場が凍り、魔物の足は氷で束縛される。


 動きの自由を奪ったあと、ソウタは二つの魔物の群れの上空に氷の塊を作り出した。

 直後、魔物の群れは足場の氷と共に吸い込まれるような形で氷塊に集まっていく。


「「「グモアアアアアアアア!」」」


 群がってきていた魔物たちは、自分たちが理由も分からないまま空中に身を投げ出されている状況に混乱しており、ひどく暴れている。


 だが抵抗虚しく、次々に氷塊のほうに吸い寄せられていき……。


「これで終わりだ! サザンクロス一式・広!」


 ソウタの掛け声と共に、吸い寄せられた魔物の軍勢は巨大化した氷塊に包み込まれた。その後、氷塊の中心部から激しい熱を帯びた火柱が十字型に噴き出し、氷塊は大爆発を起こした。


「どわあ!」


 調整がきかないサザンクロスの爆風に耐えられず、ソウタはまぬけな声を漏らしながら後方へ吹き飛ばされたが、シラユキがいるバリアの方へ飛んで行った。


 勢いよくバリアに飛ばされたソウタはそのままの勢いで地面に体をぶつける。


「ソウタ、大丈夫!?」


「いっ……いててててて……。う~ん、やっぱりまだ試してもいない魔法を使うのはちょっと危険だったかもなぁ」


 頭を抑えながらソウタは上体だけをおこし、周りを見渡す。


 そこには先ほどまで見えていた魔物の軍勢の姿はなく、残ったのはモヤがかかったような異界の壁と奥まで続く通路が見えるくらい。


「わ、わぁ……。凄いねソウタ。さっきまであんなにいた魔物の大群が跡形もなくソウタの魔法でいなくなっちゃったよ」


 ソウタの背中を支えながらシラユキは規格外の魔法の規模に驚いていた。


「でも私が見たソウタのサザンクロス? だっけ。なんだかこの前みたときとだいぶ攻撃の性質が違っていたよ?」


「あ~、それね。実は僕が考えたサザンクロスって魔法はさ、使う場面や状況を想定して何パターンもの攻撃方法を考えているんだよね。今見せたのは一式の方で、多分シラユキが見たっていうのは零式の方じゃないかな」


「いっしき……? ぜろしき……?」


「そうそう。簡単にいうと零式は威力こそはどの型よりもあるけど、そのぶん周りに被害をもたらしちゃうってのが難点だからそう易々とは使えないんだけど、一式は零式を改良した型なんだ。広範囲に攻撃できるけど威力を抑えいるから周りの被害を最小限にして使いやすくしているんだよ」


 という設定で魔法を考えていたんだけど、まさか本当に一式が発動できるなんて思っていなかった。どうして発動出来たんだろう? やっぱり昔から今に至るまでずっと頭の片隅でイメージし続けていたから明確な魔法のイメージが固めやすかったからかな?


 ソウタは土壇場でサザンクロスを発動したため、特に意識をして魔法を放ったわけではない。頭よりも体が先に動いた結果、本当に発動できたのだ。


 マナの練り方もまだろくに習っていないのに、どうしてサザンクロスだけがこんなにも上手く思った通りに使えるのかが謎のままだ。

 といってもまだ調整不足のためそう易々と使っていい魔法ではないのだが。


「まあとりあえず、危機的状況だったけどソウタのおかげで助かったよ!」


 ソウタとシラユキはお互いに立ち上がり、会話を続ける。


「どっちかっていうと、僕のせいでこうなっちゃった感が凄いけどね」


「異界にいる魔物の習性だからソウタが責任を感じる必要はないって!」


「だとしてもなぁ。僕が氷牙が使えるかどうかを試そうとしてマナを練っている最中に魔物が来ちゃった事は事実だし、それでシラユキを傷つけてしまったからさ」


 そこまで言うと、ソウタは何かを思い出したかのようにハッとした顔をした。

 そういえば僕が氷牙を使おうとしたときの冷気でシラユキが酷く凍えていた。

 そのことを思い出し、ソウタはシラユキの様子を確認する。


「やっぱりまだ寒いんだね。ほら、これ羽織って」


 シラユキがまだ小刻みに震えているのを見て、ソウタは羽織っている自分の服をシラユキに優しくかけた。


「ふぇ?」


「シラユキが寒そうだったからさ。僕のせいでシラユキに危害を加えちゃったから少しでも暖をとってもらうと思って」


「ソ、ソウタ……」


「あ、余計なお世話だったなら遠慮なく返してもらってもいいからね」


「う、ううん! 大丈夫だよ。むしろその……」


「ん?」


「あ……。えと、なんでもない!」


「そっか。こんな事しか出来ないけど、暖まるまではそれを羽織っててよ」


「うん。ありがと、ソウタ」


 この時シラユキはとっくに体が暖まっていた。

 でもなぜかソウタの羽織っていた服をぎゅっと掴み、離そうとしなかった。


 ◇


 しばらくして、ソウタたちは魔物がいた大部屋へと移動していた。

 魔法の試し打ちや、体内のマナを活性化させて体を動かす分には十分なほどのスペースがあるこの空間で、ソウタはシラユキにマナの使い方を色々と教えてもらっていた。


「私も格段にマナの扱いが上手いってわけでもないから上手く教えられるかわからないけど、体内のマナっていうのは特に特別な事をしなくても簡単に活性化させる事は出来るんだ」


「そうなの?」


「うん。例えばさ、ソウタは約束した時間に待ち合わせ場所に間に合いそうにないってときどうする?」


「そりゃあもう、間に合うように急いでそこに向かうかな」


「だよね。じゃあ急いでいるならもちろん走るよね?」


「走るね」


「はいここ! ここ重要だよ!」


 シラユキはビシっと人差し指を立てた。


「この走るっていう動作。一件、普通に見えるこの動作も、『走ろう』という強い意識をもって足に力をいれるだけで、もう体内のマナの活性化が始まるんだ。ソウタも経験あるでしょ?」


「あ、確かに。そういえばエルニアに向かうときに足に意識を集中させて走ったら物凄い速さで走ることが出来たな」


「ね? ソウタは分からなかったかもしれないけど、あれは体内のマナを活性化させていないと出せないスピードだったんだ。だからソウタは知らないだけで、色々な場面でマナの活性化ってのはやってきているから私から教える事はほとんどないんだよね」


「知らないうちにマナの活性化……。もしかしてエルニアで僕が召喚した物体を粉々に砕けたのも、体内のマナを活性化させていたからなのかな?」


「それはどうかは分からないけど、あのときソウタが意識して力を込めていたなら、体のマナが反応して活性化したんじゃないかな?」


 ソウタは思い出したかのように、両手を見つめる。


 確かあのとき、僕は両手で剣を持っていて、その手に力を集中させていた。

 だとすればエルニアで僕が作り出した物体を壊せたのにも納得がいく。

 意識して力を込めていたから体の中のマナが活性化して身体能力が高まった結果、エルドリックでも壊せなかったあの物体を壊せたのかもしれない。


「確かにマナの活性化は出来ていたかも。でも意外だなぁ。マナを活性化させるにはもっと高度な技術が必要になるかと思ってたけど、案外もう身についていたもんなんだね」


 シラユキは首を横に振る。


「ううん。マナの活性化はこれから教える練技を扱うために覚えなきゃいけない初歩的な技術だよ。本当に難しいのはここからなんだ」


 でた。後で教えてもらおうと思ってずっと先延ばしにされていたもの。


「それそれ! ずっと気になっていたんだけど練技って結局なんなの? なんとなく、僕の中ではマナを消費して扱う技っていう解釈をしているんだけどさ」


「大体あってるよ。でもただマナを消費して扱えるほど甘くはないの」


「甘くはないって、どういうこと?」


「私も練技に関しては扱いが難しいから、練度が高い技は出せないんだけど……」


 シラユキはそう言うと、今いる大部屋の端の方へ移動した。


「いい? 今から私がこの部屋の四隅を練技を使って移動するから見ててね」


 シラユキは宣言通り、部屋の四隅に沿って走り出した。

 スタート地点の角から曲がり角へ移動したタイミングで、ソウタに叫んだ。


「ソウタ、今から私が加速っていう練技を使って走るから今の速度と練技を使った後の速度をちゃんと覚えててね~!」


 するとシラユキは口を開いて……。


「練技・加速!」


 シラユキが練技・加速を発動すると、さっきまで一定の速度で走っていたシラユキがあっという間に最高速度に達した。

 そして通常の状態で走るよりも比べ物にならないほど早く部屋の中を走り始めた。


「おお! なんか見たことある加速のやり方だ!」


「見たことあって当然だよ。

 だってこの加速は氷牙を発動するときに、移動手段として使っているからね」


 シラユキは途端に、くるりとソウタの方へ体の向きを変える。


「こんな感じでね。術技・氷牙」


 シラユキから直線状に一本の氷の道がソウタの足元にまで生成された。その道を滑るようにして移動し、あっという間にソウタが居る場所までたどり着いた。


 なるほど。確かにこれは加速を使って移動している。最初初めて見たときは何とも思わなかったけど、練技の事を説明してもらった後に実践してもらえたら理屈が分かる。 


 ソウタの目の前に、背伸びして顔を近づける。

 そして恥ずかしそうにモジモジしながら口を動かす。


「これが加速をつかった技だよ。これは練技とはまた違って術技っていうんだけど、いまは術技のことを教えても色々と詰め込む形になっちゃうからゆっくり覚えていこうよ。そのほうが私も嬉しいし……」


 ソウタの眼前にあるシラユキの顔が、徐々に赤くなる。

 これは遠回しにソウタと長い時間一緒にいたいというシラユキなりのソウタへのアプローチだが、当の本人は特に何も察することなく「オッケー」と返事をして終わった。


「むぅ……」


 自分が期待していたソウタの反応が全くと言っていいほど違っていて、プクッと頬を膨らませて不満げな表情をするシラユキ。


 ずっと思っていたけど、なんだかソウタは私に対してあんまり好意を見せてくれないっていうか、スキンシップとかを図ってもリアクションが素っ気無かったりするのが気になる。あのときは私の事を特別だとか言っていたのに。


「ソ、ソウタ。ちょっと手借りるね」


 ソウタに対する気持ちが届いていないのかと不安になっているシラユキは、自分に抱かれている好意を確認しようと思い切った行動に出た。

 ソウタの背後に周り、抱き着くようにしながら後ろから手を伸ばしてソウタの手をぎゅと両手で捕まえた。ソウタの背中に体を密着させながら。


「な、何をしているんだいシラユキ」


「ソウタに練技の使い方を教えようかなって」


「うん。まあそれはいいんだけど……。その、シラユキ」


「なあに?」


「すご~くいい辛い事だし、言おうか迷ったけど」


「う、うん……」


「その……、シラユキの柔らかい物がね。僕の背中に……」


「……ソウタだから別に大丈夫。というよりもソウタだからこそ当ててるの」


(どうしちゃったのシラユキさん! やけに積極的なんですけど!)


 シラユキの発言と、自ら体を密着させてきているという思いもしなかった行動にソウタの鼓動が早くなる。

 ソウタは明らかに動揺が隠しきれなくなっていた。


 落ち着け、冷静になれと自分に言い聞かせるようにして深く深呼吸をしてほんの少しだけ冷静さを取り戻したソウタだったが、やはりソウタも男の子。


 シラユキの程よい肉付きの体の柔らかさを、その身をもって感じているのだから落ち着いてなんていられなかった。


 女の子ってこんなに柔らかいんだな。

 ……なんて考えている暇はないのにそう考えざるを得ない程だ。


「ねえソウタ、さっきから反応ないけどどうしたの?」


 ソウタの両手に添えられていたシラユキの綺麗な手にぎゅっと力が入る。


 ングフゥ!


 この何気ないシラユキの動作一つ一つに今にもソウタはノックアウト寸前。

 もはや教えを乞うことなど不可能に近くなっている。

 だが、ソウタは何とか踏ん張りを見せて深く深ーく深呼吸をした。

 そのおかげか、高まりに高まりきっていた鼓動の速度が段々と落ち着いてきた。


「……」


 シラユキはそんなソウタの背中で静かに体を密着させ、背中に耳を当てていた。


 トクントクンと高鳴るソウタの鼓動を聞いて、口元を緩めるシラユキ。

 その表情は何やら安心しきったかのようだった。

 静かに目を閉じて、今この状況に幸せを感じているかのように。


 二人はしばらくこの状態のまま、その場を動かなかった。


 ある程度時間が経った後、先に動いたのはシラユキの方だった。


 自分がやった大胆な行動に今更ながら凄く恥ずかしくなった。そう思った途端にソウタの手に添えていた手を離し、あたふたとソウタの背中から離れる。


「ちちち、違うのソウタ! えっとね、これはその……」


「う、うん。まあ何というか、悪い気分じゃなかったよ」


「え、えへへ……」


 ソウタはシラユキのした行動に対して、悪くはない気分を抱いていた。

 くるりと向きを変えてソウタはシラユキがいる方に体を向ける。

 そこでソウタの目に映ったのは、凄く顔を赤くしてあたふたしている姿のシラユキだ。


「シラユキ、顔真っ赤だよ」


 冗談交じりに笑いながらそう告げると、シラユキは隠すようにして自分の手で顔を覆った。自分で大胆な行動をしておきながら照れと恥を隠せないその姿がとても愛おしかった。


 二人がやっと落ち着いた頃、シラユキは本格的にマナの扱いを教え始めた。


「じゃあ気を取り直して、まずはマナの活性化をやってみよう! ……といっても、ソウタは活性化自体は無意識にやっていたみたいだから、今度は意識してやってみよっか」


「おさらいだけど、活性化っていうのは体内にあるマナを言葉通り活性化させて自分の身体能力を高めたりする事なんだよね?」


「そうだよ。でもマナが枯渇している場合なんかは活性化しようにも出来ないから、いつでもできるって訳じゃあないけどね。よし、それじゃあソウタ。まずは体の一部分じゃなくて全体を活性化させる練習をしてみよう」


 とは言われてもソウタは無意識にマナの活性化を行っていただけであって、意識してやるのはこれが初めてなのでどうやるかがサッパリだった。


 いや、思い返すと何回か意識して活性化させたときもあった気がする。


 例えばシラユキに頬を殴らせたときや、リリーシェとの戦いで首を刈り取られそうになった場面でとっさに首の方に力を集中させた時だ。


 となれば、体に力を込める要領でマナの活性化というものは出来るはずだ。


「じゃあやってみるよ、シラユキ」


 そう言ってソウタは足を肩幅に開き、脇を閉めた。

 腕を曲げ、軽く後ろに引き、ソウタは気合を入れるべく大きく叫んだ。


「うおおおおおおおおおお!!」


 ソウタが気合を入れた瞬間、またしても異界全体が大きく揺れ始めた。

 それと同時に、ソウタから溢れんばかりの量のマナが放出する。


「ちょ! ちょっとソウタ! 

 それは活性化じゃなくて【放出】だよ!」


「え?」


 マナを活性化させていたつもりが、どうやら違っていたらしい。

 シラユキの反応を見る限りそれは間違いないだろう。

 それよりも『放出』ってなんだ? と疑問を持ったが、その答えを聞く前にソウタはやらないといけないことがあった。


「シラユキ、もしかしてだけど今のでまた魔物の群れが集まってきたかな?」


「そ……そうみたいだね」


 大部屋の入り口からかすかに見えている。

 部屋に続いていた通路から、先ほどまでではないが魔物の群れがこの部屋に押し寄せてきているのを二人は気づいてしまった。


「ソウタ、またあれやるの?」


 シラユキは不安そうな顔でソウタを見つめる。

 無理もない。ソウタのサザンクロスは少なからず今の段階では周りへの被害が多少なりとも必ず出てしまう不安定な技だ。

 

 その技でシラユキは死ぬかと思うほどの寒さを体験してしまった事が少しだけトラウマになっていた。


「……そうだ!」


 シラユキは何かを思いついたのか、頭の上に豆電球が見えるくらいの閃き顔を作る。


「ねえねえソウタ」


「どうしたのシラユキ」


「あのさ、今ソウタがやったマナの放出。それを手からやってみようよ!」


「手、手から!? というかさっきから気になっていたけど放出ってなに!?」


「話は後だよソウタ! それよりも早くやってみようよ。多分だけどソウタにならそれが出来るはずだから!」


「って言われてもどうやるかが全く想像がつかないって!」


「手っ取り早いやり方は体内のマナを手に集中させるようにして、ソウタがさっきやったみたいに、でたらめにマナを放出させれば何とかなるはずだよ」


「マナを集中……。要は力を一点に集中させればいいんだよね?」


「そう、そんなイメージだよ! それよりもソウタ、魔物達がもう部屋に入ってきちゃう!」


 力の集中。こればかりは今のソウタが得意な分野だった。

 どうもこれだけはこの世界に来てから意識してやっていた事だ。


 最初にストロングオーガに襲われたときは、足に力を集中させてとんでもない速さで走ったし、エルニアに向かう際にも同じように足に力を集中させた。


 そういえば、どれもこれも力を集中させるときはでたらめに力を込めていなかった。


 なるほどそういう事か。

 マナの活性化っていうのはどうも無理に力を入れれば良い訳じゃない。


 感覚的に今分かった事は、マナの活性化は例えると蛇口から出す水だ。

 水の勢いをコントロールできる蛇口のように、マナというのは必要な量を必要な分だけ自分のさじ加減でコントロールして使えばいいんだ。


 ということは、僕がさっき活性化……。シラユキが言うには違うらしいけど、あれは必要な分を全くイメージせずに無駄にマナを消費しただけの無駄な行いだったんだな。


「よし、シラユキやってみるよ!」


 一点集中……、一点集中……。


 ソウタは右手を突き出し、魔物の群れに手のひらを向けるような形で構えた。


 マナを右手に集める感じで……。

 全てのマナを……右手に集中……!!!


 またもや異界全体が揺れ始め、異界の中にあるモヤのような壁や地面が歪み始める。

 そして間もなくして……。


「きたっ!」


 今回ばかりは必要な量というのは明確には決めていないため、ソウタはありったけのマナを右手に集めてそれを放出した。


「いっけえええええええ!」


 ソウタの右手から、凄まじい勢いで極太のマナが放出された。

 あまりの勢いに反動で右手がぶれ、体が浮きそうになる。

 だが、さっき掴んだ感覚を上手く生かし足とお腹に力を込めるようにマナをコントロールし、活性化させた。


 その結果ブレそうになった体の軸が安定し、無事に狙いを定められた。


「う……噓でしょ……」


 ソウタの放った超が付くほどの高威力のマナで魔物の群れが後片もなく消し炭になったのを見たシラユキの口から、自然と言葉が漏れる。


「はあ……はあ……。これがマナの放出ってやつか……。

 まだ放出できるマナの量が上手くコントロール出来ないけど、凄い威力だな」


「い……いやソウタ。この威力は正直いって規格外だよ!」


「え? マ、マジ?」


「というかソウタ。あんな量のマナを放出したのに全然疲れていないっていうのはどういう事なの!? ……ううん。それよりも普通あの量を放出したら下手したら死ぬレベルだよ!」


「え……?」


「も……もしかしたらソウタには【具現化】も出来るマナの量があるのかも……。いや、もしかしたらじゃなくて確実にある!」


 シラユキがソウタの身を心配しながらも、興奮気味に【具現化】という単語を口にする。正直それが何なのかがいまいち理解できていないが、すぐにその単語を実践することになるとは。


「シラユキ、エンドレスだよこれ!」


 ソウタがマナを放出する際に発生した異常なほどのマナ反応に吸い寄せられるように、またしても魔物の大群がソウタ達のいる大部屋に向かってきていた。


「こうなったらもう具現化で武器か何かを作り出して、マナを抑えて戦う必要がありそうだよ! ねね、ソウタ。具現化、やってみてよ!」


「ん、んな無茶な! やり方が分からないって!」


「え、えっと……。確か具現化したい物体のイメージを固めて、体内のマナを練り上げながらそれを放出と同じ要領で体外に出す感じ……だったかな?」


「なんでそんなあやふやな説明なの!?」


「私……具現化だけはマナの扱いが難しくて出来ないからさ」


 シラユキは恥ずかしそうに指で頬をかく。


「でもソウタなら何だか出来そうな気がするから言ってみたの!」


「シラユキ、一体なにを根拠に僕が出来るだろうって確信してるのさ。それに結局はマナを扱う技なんだから具現化っていうのを使っても、あんまりやる価値なんてないんじゃ?」


「やる価値はあるよ! ソウタがマナを使う度に魔物が集まってくるこの状況だと、ソウタはむやみやたらにマナが使えない。だからマナを具現化した武器で戦えば、多少は武器からマナは発せられるけど今みたいな頻度で魔物の群れには襲われないと思う」


「わかった。じゃあやってみるよ。

 でも出来なかったら普通にさっきみたいにマナを放出して倒すからね」


 ソウタは目を閉じて具現化する物体をイメージする作業に入る。


 さて、何を具現化させようか……。

 いきなり言われたから特に何を出すか決めていない。


 やっぱり無難に剣か何かをイメージしてみるか?


 そこまで考えてソウタは思い出した。


 創造空間(クリエイトエリア)と呼ばれたあの不思議な場所で謎の声の主が言っていた。


『未覚醒の状態で扱うのは正直危険ではありますが、あなたの【創造】の力は私よりも強力だと見ています。なので、力が覚醒した今のあなたなら【創剣クレアール】を扱えるはずです』


「そうけんクレアール……。なんだか良く分からないけど、そうけんだろ。双剣……双剣……。うん、良し。イメージ出来た。やってみるか!」


 ソウタは両手を前に出し、剣を二本持てるように手の形を作る。


「我が声に応えよ! そうけんクレアール!」




 ◇◇◇



 ――現実世界。

 ソウタ達が異界に入って6日が経った。

 いや、厳密にいうとソウタがいなくなって6日が経つ。


 6日も経てば、急に倒れたリリーシェの体調もすっかり良くなった頃だった。


「ソウタさん、何処にいったんでしょう……」


 アーニャがソウタの身を案じている。

 無理もない。

 なにせソウタはベースキャンプシラユキの異界の中に入った後、行方不明になったからだ。


 現実世界での出来事だ。ソウタがシラユキと一緒に異界に入った後、しばらくしてベースキャンプシラユキを中心に、謎の地震が発生。その後空間の歪みが発生した。


 歪み自体は一日おきに発生したが特に害はなかった。

 だが異常を察知した冒険者たちが警戒態勢に入り、ベースキャンプシラユキの周りを数人がかりで徹底的に警護に周っていた。


 だが空間の歪み自体は4回起こったきり、発生しなくなった。

 これはソウタがいなくなった3日間の出来事だった。


 しばらく警戒態勢に入っていたが、これ以上は人員を割くことが出来ず、ギルドから派遣された冒険者たちは異常はもう起こらないだろうと踏み、現場を去っていった。


「ソウタさん達が入ってすぐの出来事でしたよね……。

 何か関係性があるようにも思えますけど。リリーシェさんはどう思います?」


「別件。その事も心配。だけどもっと心配なのが今日がフランシスカとのSランク試験当日だということ。予定をすっぽかしたら大変な事になる」


「うぅ……。ソウタさん本当に何処にいってしまったんでしょう」


「推測。多分、ソウタは異界であまりマナの扱いが上手くならなかった。だからフランシスカとの戦いが怖くなって逃げだした。と私は考えた」


「まさかそんな事……。シラユキさんも”一緒だった”んですよ。シラユキさんの指導があればソウタさんも絶対にマナの扱いが上手くなるはずです」

 

「シラユキか……。なぜあいつは途中で戻って来た?」


「それが詳しくは分からないんですよ。ここ最近は危険度の高い魔物の討伐依頼なんかを次から次へと達成して戻って来ては、またすぐ次の依頼に向かっているので話を聞こうにも中々……」


「考えても仕方がない。とりあえず私たちはソウタが今日の試験に来るかどうかだけを頭に入れる。来なかった場合に備えてフランシスカを説得するか、力でねじ伏せて黙らせるかというプランを立ててある」


「うぅ……予定をすっぽかしでもしたらフランシスカさん。どうなっちゃうんですかね」


「考えたくもない」


「ですよね……。はぁソウタさん、頼みますよ」


「……しまった」


「どうしたんですかリリーシェさん」


「可能性。ここに来てソウタの姿が見えない理由が分かったかもしれない」


「え!? 何か分かったんですかリリーシェさん」


「私、ソウタに異界の中の時間の流れがここよりも遅い事を伝えていない。

 だから勘違いして予定よりも長く異界の中にいるかもしれない」


「なんだ、そんな事ですか。だったらその可能性はないですね。何たってあのシラユキさんがいたんですよ? 異界の説明なんて隅から隅まで教えているに決まってますよ! 

 それに時間の流れが遅いとは言え丸1日時間のズレが生じる事はないですって」


「それもそう。だったらソウタが今日試験に来るのを待つしかない」


「頼みますよソウタさん。もし来なかったら……ブルブル」

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