064.5:気になるあの人。夜道での遭遇
エニグマは素直じゃない。
そのことに関しては、本人も重々感じている事ではあった。
幼少期から素直になれない性格が災いし、友達の一人も出来なかった。
本当のところ、本人は自分の素直な気持ちを表に出したいとは思ってはいるが、謎のプライドが邪魔して中々相手に本心を見てもらえずに苦労している。
そんな彼女の唯一の理解者であり、友であるのがクマのぬいぐるみだ。
……決して冗談を言っているわけではない。
彼女にとってこのクマのぬいぐるみこと、ロビンは精神的支柱なのだ。
エニグマは今日も今日とて、ロビンに向かって愚痴をいったり悩みを吐き捨てたりして日々の苦労を少しでも和らげている。
「ねえロビン。あいつ、どう思う?」
エニグマは今、他の冒険者とパーティを組んでモンスター討伐の依頼を受けている最中だ。ギルド本部で受注した依頼だったが、少し遠めの場所のモンスター討伐依頼のため一日で目的の場所につく距離ではない。なので日も暮れてくる時間帯に差し掛かったエニグマ御一行は、野営の準備をしていた。
一通りの準備が終わるとエニグマはそそくさと、その場を去ろうとしていた。
「野営の準備は終わったわね。それじゃあ私はあっちで一人で寝るわ」
「えっ!? どうしてですかエニグマさん! ぼく達と一緒にここでご飯を食べたりしてお話しましょうよ~!」
パーティメンバーの一人、ソナタがエニグマを引き留めようと必死に説得するが、エニグマはまるで聞く耳をもっていなかった。
「悪いわね。わたし、夜はどうしても一人じゃないと落ち着かないの」
「そ、そんなぁ……。エニグマさん!」
ソナタの呼びかけに全くといっていいほど応える気配を残さずに、エニグマはその場を去っていった。その後ろ姿を物惜しそうに見つめるソナタ。
「おいソナタ。やっぱ脈無しだろあの様子だと」
面白おかしくソナタにむけて笑みを浮かべながら、アストマは厭味ったらしく声をかけた。
「う、うるさい! だいたいアストマ。お前はエニグマさんを見て何も思わないのか! あの綺麗な金色の髪、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳。そして絹のような肌。なによりもあの可愛らしい端麗な顔立ちはまさしく妖精! この世の美を全て詰め込んだような見た目をしているあの人を前に、お前は何も思わないのか!」
耳をほじりながら、アストマと呼ばれている男性はソナタの言葉を右から左へと流していた。
「うん。まあ、そうだな。人の好みは千差万別っちゅうし、お前が好きなら好きでいいんじゃないか? 少なくとも俺はあのお嬢様は可愛いとは思わねえ。なにより性格が終わってる」
「な、なんだとぉ! アストマこの野郎!」
「んじゃあお前はエニグマと親身に話した事があるのか?」
「そ、そう言われるとなぁ……」
「一応いっておくが、お前にとって高嶺の花であるエニグマは、少なくとも俺の目から見ればあれは相当なひねくれものだ。悪い事はいわないから、今からでも好意を抱く対象を変えた方がいいぜ。ひねくれものはめんどくさいだけで、仮に恋に発展したとしてもろくな事はねえぞ」
「……ふっアストマ。お前わかってないな」
「あ?」
「だからこそ、だからこそだ! エニグマさんが僕に好意を抱いたときの嬉しさがたまらないじゃないか! 例えひねくれものでも、素直じゃない性格だとしても、その全てをひっくるめて僕はエニグマさんが好きだから全力をもって振り向かせたい!」
「ふ~ん。お前も変わり者だなぁ。あんな奴を好きになるなんて」
「そういうお前は好きな女の一人もいないのか?」
「俺? 俺かぁ……。まあ強いていうなら今日見たあの人かな」
「今日? 僕たち今日人と会ったか?」
「おう。お前がエニグマばっか見ているときにな。めちゃくちゃな速度で俺たちのずっと遠くを走って王都の方に走って行ってた。そのときにチラっとみえたあの人の顔。あんまりジロジロと見れなかったが確実にあの人はめたくそ可愛い。断言できる。俺の目がそう言っているからな」
ふっと目を閉じて、腕を組みながら自慢げに今日みたという女性の事を語るアストマ。
それを聞いて呆れるソナタ。
「アストマ、お前マジかよ。そんな一瞬で人を好きになるとかないわ」
「人の好みは千差万別。お前がエニグマを好きになっているように、俺もあの人に一目ぼれしちまったって事だ」
「ふ~ん。まあ言われてみりゃあ人の好みは違って当然か。
うし、わかった。だったらアストマ、お前絶対にぼくのエニグマさんに目移りしたり手をだしたりするなよな? 絶対だぞ、約束しろよ!」
「100パーセント好きになる事はないから安心しな。ま、恋が実る事を応援するぜ」
「お互い、頑張ろうな」
結果的に、ソナタとアストマは謎に意気投合し、固い握手を交わした。
その傍ら、エニグマは一人野営場所から離れた木の上でロビンに向かって話しかけていた。
「……え? あいつって誰の事って? もう、からかわないで。ロビンも知っているでしょ、私が気になっている人の事。……って違うわよ! 決して好きとかそういうのじゃなくて……」
『……』
当たり前だが、ロビンは人形なので喋る事はない。
ただ静かにエニグマの喋り相手になっているだけだ。
「なんでか私に突っかかってくるあいつよ。正直、最初は何あいつって思ってたけど、なんだか少しだけ気になってきちゃってさ……。あ! だから好きとかそういうのじゃなくてね!」
『……』
「あいつ、結構私の事見てたのよ? しかも結構熱心に。それに積極的に私に話しかけても来てたしさ。最初は正直気持ち悪いし、関わりたくないって思っていたんだけど、少しだけ気になってきたのよ」
『……』
「ちょっと冷たく接しすぎたなぁとは思っているけど……。まあ、あいつの事だし私がどんな態度で接してもまた話は聞いてくれそうではあるけどね」
『……』
「え? その人の名前を教えてって?
う~ん……。確かソ……」
◇
――時を同じくして。
「ひ~がくれ、つきのあ~かり~さし~。ふんふ~ん」
夜道を一人で歩く一人の女の子がいた。
「ふふふ~ん。わ~たし~はど~こをめざしてる~」
女の子は次第に足の動きを止め、その場で立ち止まってしまった。
「あても~なく~きたはいいけど~、そろそろげんかい、おなかペコペコ~……。
あ、あれ~、まいったな~……。ふらふらだ~」
バタンとその場に倒れこみ、泥のように眠ってしまった。
「すぅすぅ……」
ぐっすりと寝息を立てて眠っている女の子の方へ、今度は一人の男性が近づいてくる。
「ふぅ。エルニアから王都周辺の警備っていうのも中々にハードだけど、これは僕にしか出来ないことだからねぇ。この二つの場所を行き来できるのは僕の足があっての事だし、任せられている仕事はきっちりとこなさないとね」
白いタキシードに、整った顔立ち。そして長い髪を後ろで結んだこの男性はエルドリックだった。彼の足があれば二つの都市など転移の扉を使わずとも物の数分で移動できる。警護の一環として二つの都市を結ぶ道や、都市の外に怪しいものがいないか移動しながら探しているのだ。
「……ん? なんだ、あれ」
エルニアから王都のほうへ向かっていたエルドリック。彼はその道中、夜道に倒れている人影らしきものを見つけた。
「あれは……人か!?」
人だと分かるや否や、急いでその場所に向かったエルドリック。
「ちょっと君、大丈夫かい!? どうしてこんな場所で倒れているんだ!」
うつ伏せで倒れている体を起こすために、体の向きを変えようと体に触れたとたん……。
「う~~~ん。寒い~」
「ちょっと……! きみっ!」
エルドリックは倒れていた女の子に抱きかかえられながら、そのまま地面に体をつけた。
「あ~、あったか~い」
「コラきみ、寝ぼけていないで離してくれ!」
「すぅすぅ……」
「ちょっ……! 頼む、起きてくれー!」
結局エルドリックはその晩、謎の女の事一緒に抱き合いながら夜を過ごした。
これはソウタが異界にいっているときに起きた出来事である。




