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064.始まりの魔法

 ――ソウタはシラユキと共に、異界への門をくぐった。

 

 一歩足を踏み入れたら、そこにはベースキャンプの景色とは一変した空間が広がっており、それをみてソウタは「わぁ!」と歓喜の声を上げた。


「すごい、凄いやシラユキ。これが異界という場所なんだな!」


 異界の中は、複雑な形状になっており、色々な道が入り乱れている。

 まるで迷路のような場所だった。


 壁や天井も、なにかモヤがかかったような感じになっており、触れる事は可能だが、現実世界の壁の質感とはまた違う。確かに何かを掴んでいるがその感触が分からない感じだ。


 ソウタはそんな空間の中に入ったことでかなりテンションが上がっていた。

 現実離れした体験とはこういうことだといわんばかりに。


 そんな様子のソウタを見て、シラユキは面白おかしく微笑んだ。

 そして辺りを一通り見わたし、人気(ひとけ)がないのを確認すると……。


「ソウター!」


「うわぁ、シラユキ! いきなり抱き着かれたら驚くじゃないか」


 シラユキはやっと、ありのままの自分でソウタとコミュニケーションが取れる事が嬉しくなったのか、満面の笑みでソウタの元へ走り、腕に手を絡めてソウタに抱き着いた。


「だってだって、ここにくるまでずーっとお預けくらっていたんだもん。この異界の中じゃ私とソウタ以外誰もいないからこうやって触れ合う事が出来るのが嬉しくなっちゃって!」


「お、お預けって……。

 一応ギルドで朝食を食べていたときはこんな感じだったじゃないか」


「そうだけど、私はこうやってソウタと普通にお喋り出来るのがとっても嬉しいからさ、お預けくらっちゃったら結構もどかしくなっちゃうんだよ? だから出来るときにやっておかないと後悔しちゃうもん」


 何この可愛い人。

 ソウタはシラユキの言葉を聞いて心拍数がかすかにあがった。


 この感情にはどういう意図があるのかは分かりたくもないが、恐らくソウタはシラユキの乙女パワーに心を打たれ、好きになってしまいそうになるのを必死に我慢している。


 だってそうでもしないと……。


(そうでもしないと、本当にシラユキが好きなっちゃいそうだもの!)


 そう、ソウタはこの世界にいるであろうまだ見ぬオリキャラを自分の目で見るまでは、推しキャラを決める事を絶対にしないと決めたのだ。故に感情に流されるままシラユキの事を好きになってしまったら、これから会う自分のキャラクター達に愛を持って接する事が出来なくなる。


 これは本当に最低な事だとは自覚はしている。

 でも、この悩みはソウタにとって非常に大きい。なにせ、作ったキャラはみな平等に愛してきたソウタなのだ。ソウタがいた現実世界ではモニター越しに愛でていた存在が、直接触れ合えるこの世界に、自分自身が転移してしまった以上は実際に動く自分のキャラクター達を全員みないで一人を好きになるなんて事は出来ない。


 そういった信念の元、ソウタはシラユキに好きと言う感情を抱かないようにはしていたつもりだったのだが、今まさに感情が高ぶってかなり危険な状態になっていた。


(はぁ……。ほんと僕って自分勝手だよな。自分はシラユキを好きにならないようにしているっていうのに、シラユキには僕の事を好きにさせてしまったみたいだし……。ほんと、シラユキのこの気持ちに素直に応えられない僕って、最低だ)


 そんな葛藤とシラユキに腕を抱えられながら、沈うつな表情をしていると、シラユキがそれを不思議に思い、不安そうな顔でソウタを見つめた。


「あ……ご、ごめんねソウタ! 私、一方的に自分の感情をソウタにぶつけちゃったかな?」


「いや大丈夫だよシラユキ。むしろ嬉しいくらいだ」


「そうなの? でもその割には浮かない表情していたから……」


「ち、違うって! シラユキにこうして触れ合えることの嬉しさと異界への未知なる恐怖から感情がぐちゃぐちゃになっちゃっててさ。気持ちの整理がまだ出来ていなかったんだ!」


 アハハと笑いながら、空いている手で頭をかきながら誤魔化した。


「でもソウタ……。さっきはあんなにはしゃいでた……!?」


 ソウタは腕に抱き着いているシラユキを、自分の体に寄せるようにして抱いた。

 シラユキの頭はピッタリとソウタの胸に当たっている。


「僕もさ、シラユキ。こうやってシラユキと触れ合えるのを我慢していたから、今こうしてやれるのが本当にうれしいんだよね。だからさ、そうしょげた顔しないでいつもみたいに明るい顔で僕には接してほしいな」


 ソウタは先ほどのシラユキの言葉に胸を打たれていたため、鼓動がはやくなっていた。

 そしてシラユキには、早くなったソウタの鼓動がしっかりと聞こえていた。するとみるみるとシラユキの顔は恋する乙女の顔に変わっていった。


 シラユキはほのかに体温が上がり、その温もりをソウタはかすかに感じた。


「そうならそうって早く言ってよね……。もう」


 ソウタの胸の中で、安心しきった顔をしているシラユキとは対照的に、ソウタはまたやってしまったと言わんばかりに自分の行動と発言に後悔をしていた。


(あぁ、こういうところなんだな。僕は決してシラユキを口説いているわけでもないけど、つい自分のキャラクターだからという理由で愛を振りまいてしまう。だから結果的に知らず知らずのうちにシラユキに僕の事を好きにさせてしまったというわけか……)


 ソウタは今までの自分の行動を思い出して、色々と納得をした。

 でもだからと言って、ソウタはこういった自分の芯の部分を変える事は出来ない。

 恐らくこれからもこういった事態になっていくだろうなと覚悟を決め、この世界での自分が作ったキャラクター達との接し方を胸にしまった。


 ◇


「じゃあシラユキ。そろそろいいかな?」


「あっ……。うぅ~」


 ソウタがシラユキを自分の体から離すと、少し名残惜しそうにして視線をソウタに送る。

 流石にずっとこのままってわけにもいかないものだから、ソウタも強引にシラユキとのイチャイチャタイムを終わらせたわけだから、「もう少しだけ……ね?」って言わんばかりの視線を送られても、それを払いのけた。


「ダメだよシラユキ。僕たちがここに来た本来の目的は強くなるためだろう? だからいつまでもこうしている訳にもいかないよ」


「そ、そうだよね。ごめんねソウタ」


「ううん。大丈夫だよ。異界での特訓が終わったらまたさっきみたいにシラユキとも触れ合えるはずだし、それまで我慢だ。いいね?」


 と、ここまで口走ったソウタはハッと気づく。

 今の言葉は完全に無意識に自分の口から出ていた。もしかして僕はアーニャさんに言われてた通り、無意識にそういう気にさせる言葉を言っているのだろうかと疑問に思い始めたが、僕に限ってそんな事はないだろうと割り切ってその説を否定した。


「ほんとに!? うん、分かった。

 じゃあ今夜はソウタの部屋に、その……。お邪魔しちゃうね?」


「ま、待ってるよ……。シラユキ」


「よーし! 私、やる気出てきたよ!

 今ならソウタに何でも教えられそう。はやく特訓しよソウタ♪」


 ニコニコしながら、えいえいおーとポーズを決めるシラユキ。

 その行動にまたも可愛いと感じてしまったソウタだった。


 もういっそのことシラユキを好きになってしまいたい。

 ソウタはそう思いながらシラユキにマナの使い方などの教えを乞いた。


 ◇


 このベースキャンプ・シラユキの異界は、いわばシラユキの庭のような場所。

 流石と言うべきか、異界の所持者なだけあって異界の中をスイスイと進み、魔物がよく出没するというエリアまでソウタを案内した。


 その道すがら、シラユキはソウタにマナの基本的な事について説明した。


「いいソウタ? マナっていうのは要は体の中にある潜在的なエネルギーみたいなもので、それを消費することによって身体能力を向上させたり、魔法を放ったりすることが出来るんだ」


「うんうん、それで?」


「ソウタは確かマナの事をあんまり知らないって言っていたよね?」


「恥ずかしながらね。でも何となくだけどシラユキと体が入れ替わったときに頭の中にマナを練るイメージなんかが伝わって来たから感覚的に少しだけなら。でも、詳しい事はあんまりかな」


「模擬戦のときのソウタは凄かったよ! ……アレ? でもなんであれだけの練度のある私の術技(スキル)を使っていたのにマナの練り方が分からないの?」


「それは自分でも不思議に思っていたんだよね。マナもろくに練った事がないのに不思議と魔法とかのイメージがパッと頭の中に流れてきたからさ」


 シラユキはしばらく考えて、あるアイデアを思い付いた。


「……あ、そうだ。じゃあさ今、試しに私がソウタに見せたあの術技を使ってみない?」


「シラユキが見せた術技? あぁ、氷牙(ひょうが)っていう技?」


「うん。自分で言うのもなんだけど、こんなポンコツな私でも習得できたくらいの技だからね」


「いやいや、そう卑下しなくてもいいって! シラユキの術技を初めてみたとき僕、あまりの華麗なシラユキの動きと美しさに惚れ惚れしたのを覚えているからね。それに氷牙ってあの巨大な豹の顔を作り出す技だよね? あれだけの威力のある技を使えるのは素直に凄いと思う」


「へ? 何を言っているの?

 本来あの技はあんなに大きな氷の豹は作れないよ?」


「そ、そうなの?」


「うん。だって私、ソウタがあんなに大きな氷の豹を作ったのを見て自分でも驚いちゃったもん。私がやったらあんなに大きくは作れないよ?」


 確かにシラユキが初めて氷牙を見せたときに作り出された豹の顔は、それほど大きくはなかった。それに比べてソウタがシラユキと体が入れ替わっていた時に作り出された氷の豹の大きさは、闘技エリアの半分をも埋め尽くすような巨大な火球を、口の中に入れられるくらいには大きかった。


「思い返してみたら、確かにあれは大きかったな。

 よし、物は試しだ。シラユキが言った通り使ってみるよ」


 そういうとソウタは、立ち止まり集中し始めた。闘技エリアで頭の中に湧いてきたマナの練り方と、無意識に動いた体の動きを思い出す。


(確か、こう腰を少し落として……。

 次に体を右へ捻り、両手を右の方へ持っていってっと……)


 するとソウタの行動に反応するかのように、体の中の細胞が活性化するような感覚に見舞われた。


(こ、この感覚は……!)


 ソウタが闘技エリアで感じたこの感覚。間違いない、これはあの巨大な氷の豹を作り出したときに感じた、体中が活性化しているような感覚だ。


(次は両手にマナを集めるように集中して……!!)


 ソウタが両手に意識を集中させたとたんに、異界全体が揺れ始めた。

 そして周辺の魔素がソウタに反応して一気に冷気を帯び、辺り一面を極寒の温度に変えた。


「……な、なんだこれっ!」


 あまりの出来事に動揺したソウタの集中力が切れ、ソウタの手に集まっていた冷気が一瞬にして消え去り、冷え切ったあたりの温度も元に戻る。


「い、今のは?」


 体制を元に戻し、何が起こったのかとソウタは自分の両手を見つめた。

 その時ソウタは視界にシラユキがいないことに気が付き、慌てて辺りを見渡すと床に伏せるように倒れているシラユキの姿を発見し、激しく動揺した。


「シラユキ!!! 大丈夫!?」


 すかさずシラユキの状態を起こし、必死に声を掛ける。


「ガタガタガタガタ……。さ、さぶいよぉ……。ソソソソソソ、ソウタタタタタタ。一体何をしたたたたたた」


「シラユキ、顔色が……。一刻も早くここから出て治療を!」


「き、ききききき、気をつつつつつつつ」


 シラユキは寒さで上手く口が動かずガタガタと体を震わせながらも、何かを必死にソウタに伝えようとしていた。


「い、いい、異界のまももも、魔物は、マナが集中するところろろろに……!」


 シラユキの口がまだ動いている中、ソウタはある異変に気が付く。


 いまソウタ達がいる場所は、細い通路になっており、その先に大部屋がある。

 だかその大部屋の方から、どんよりとした重々しい瘴気のようなものがハッキリと感じられた。


「に、ににに逃げ……。魔物がががが集まって……!」


 ガタガタと体を震わせながらソウタに逃げてと訴えるシラユキだったが、時すでに遅し。

 異界全体をも振動させた異常なほどのマナに反応した魔物達が、大部屋に確認するだけでも数百体。来た道からも数えきれないほど無数の魔物が押し寄せてきていた。


「前門の虎、後門の狼っていうのは、こういう状況の事を指す言葉なんだろうな」


 先へ進むのも、引き換えるのも駄目だという絶体絶命の状況の中、ソウタはやけに余裕そうだった。むしろその表情は、何かをしてやろうという期待に満ちた顔をしている。


「ちょうど良かった。いつかはやっておかないとって思っていたところだったんだ」


 ソウタは腰に掛けてある剣の柄を掴み、あの白銀の鎧を着た物体を召喚しようと試みた。


「僕が触れている物質からあの物体は生成される。つまりこの剣は、アルディウスと戦った時のあの白銀の鎧が生成させるはずだ。頼むぜ、出てくれよ!」


 ソウタの呼びかけに応じたのか、剣から眩い光が放たれ、それが段々と形どっていく。


 そして段々とその輪郭が浮かび上がり、あの時と同じ雷を纏った剣と、純白の鎧を装備している騎士のような物体が生成され、ソウタの目の前に現れた。


 その物体は轟轟と雷を走らせ、大部屋に居る魔物達を見据えている。


(やっぱりそうだ。僕が召喚できるこの物体は、僕が今触れているものに依存して姿形を変えているんだ。だからリリーシェと戦った時は鎌のようなものに、エルニアで何も触れずに作ったときはチェスのポーンのような見た目になって生成されたんだな)


 ソウタから生成された白銀の騎士は、剣を構え、正面の大部屋にいる魔物に向かって攻撃を仕掛けようとしていたがソウタがそれをやめさせた。


「まって。お前には後ろの魔物を頼みたいんだ。あと、それからシラユキをお前の力で守ってくれないか? 出来るかどうかはわからないけど、多分出来ると踏んでいる。どうだ?」


 ソウタの指示に対し、白銀の騎士はそれに応えるようにして目を赤く光らせてソウタの指示に従い始めた。まず白銀の騎士はシラユキをソウタから受け渡されたあと、ドーム状に広がるバリアのようなものでシラユキを包んだ。


 そして言われた通り、大部屋とは反対側。ソウタ達が来た道にいる魔物を視認すると激しい稲妻を全身に纏わせ、光の速度で魔物の大群の間を通り抜けた。


 あまりの一瞬の出来事に魔物達は理解が追い付いていない様子だった。

 一瞬の沈黙の後、魔物達はやっと何かが横切ったのを認識したのか一斉に後ろを振り向いた。

 その瞬間、通路に居た魔物全員の首が吹き飛び、瞬く間に細い通路には血の雨が降り始めた。


「え……。お前、そんなに強いの?」


 若干引くんだけど。

 なにこのグロい光景。絶え間なく血の雨がポタポタと床に落ちてる。

 まあそうだよね。魔物数百匹の首が一斉にはじけ飛んだんだもん。

 ソウタはあまりにも惨い惨状を目の当たりにして思った。


 もう全部こいつに任せればいいんじゃないかと。

 でもダメだ。あと一つ僕自身の技を試す必要がある。


 白銀の騎士は、すぐさまソウタの元に戻り大部屋の敵を処理しようと再び稲妻を纏い始めたが、ソウタが手で行くなと制止すると従順に命令に従い、攻撃態勢を解いた。


「正直、全部お前に任せたい気持ちもあるんだけど、僕も丁度試したい技があったからそれを今から大部屋にいる魔物にお見舞いする。だからお前は一応後ろの通路側を見ててくれ」


 ソウタは白銀の騎士にそう言うと、両手に冷気を集め始めた。


「やっぱりあの技の感覚だと、上手くいくな。まだマナも十分に練れない僕でもこんなに上手くマナを手に集める事が出来るなんて」


 次にソウタは腕を大きく左右に開いた。


 するとソウタを中心に、地面がみるみる凍っていく。

 地面が凍り、氷の床になっていく。

 瞬く間に氷の床は大部屋にまで到達し、魔物の大群の足を一瞬にして止めた。


「こ、これは……。あの時の」


 バリアに守られているシラユキは、その中でソウタが今から行う攻撃が何なのかが予想がついていた。この地面に一瞬にして広がる氷。地に足がついている者の動きをも一瞬にして止めるこの拘束力。間違いなくこれは、ソウタと初めて会った時に見た、あの大規模な魔法……。


「サザンクロス……!」

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