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063.5.東の国からの渡来⑤

 アガリの国では土地神の娘であるイヅナの捜索が行われていた。

 その探索にはクロベニとラセツも加わっていたが、探索や情報収集に長けているクロベニを持ってしてもイヅナの捜索は困難を極めていた。


「おいガキ。探索なんかはお前の専売特許だったな」


 ラセツはクロベニに嫌な顔をしながら問いかける。


「そんなお前が丸二日かけて探しても見つからないなら、もうイヅナってガキの捜索はやめにしないか? 俺、そろそろ付き合いきれないぜ……」


「ば、ばかもの! イヅナちゃんは土地神様の娘さんなのだぞ。そう簡単に捜索を諦めるわけにはいかん!」


「だから、前も言ったけどよ……。ガキがガキを探す必要はねえと思うんだよな。探したところでお前に何の得がある? 名誉か? それとも褒められたいお年頃だからイヅナを見つけてよしよしされたいのか? もしそうじゃないなら素直に大人たちに任せれば良いだろ」


「むっ……!」


 クロベニは自分の後ろでネチネチ物を言うラセツの言葉を、なるべく右から左へと聞き流していたが、自分が子供扱いされているのに少しだけ腹を立てた。

 頬をムスっと膨らませながらラセツの方へ振り向く。


「人のために何かをするのは普通であろうが! というよりも、ラセツ。おぬしの方が異常だ! なんでそうダラダラと自堕落に生活できる? 私はおぬしと違って人のためになる事が自分自身の生きがいなのだ。だから私の生き方と正反対のおぬしを見ていると無性に腹が立って仕方がない!」


 ラセツはクロベニの言い分を聞き、手を頭の後ろで組んだ。

 そして軽くあしらうように笑う。


「そんな人生、退屈そうで俺はまっぴらごめんだな。自分の時間を使ってまで人助けをするほど俺は暇じゃない。そういうのは馬鹿か大のお人よしがやることだな」


 ラセツはそういうとクロベニを見て、またしても馬鹿にしたように笑う。


「あ! ここに大馬鹿で大のお人よしがいるじゃねえか。悪い悪い、こういうのは陰で本人にバレない様にコソコソと言う物だったな。ごめんよ~泣かないでおくれ~」


 ケラケラと笑いながらラセツはクロベニの頭をヨシヨシと撫でたが、速攻でその手をクロベニに叩かれた。


「ななな……! なぜおぬしはそうも簡単に人を馬鹿にできるのだ!」


「別に馬鹿になんかしてねえぞ? 俺は俺が思うがままに行動しているだけだし、思っている事を正直に伝えているだけだ。お前みたいに、人はこうだからそうするべきだ的な固い考えで動いていないってだけだな。ま、要は自分の価値観を他人に押し付けんなってことだ」


 ラセツは再度クロベニの頭に手を伸ばし、コツンと小突いた。


「まあなんだ。俺も俺で、お前のその自己犠牲の精神を見ているとヒヤヒヤするからほどほどにしておけよって思ってるってことだ」


 ラセツの言葉を聞いてクロベニはしばらくキョトンとしていた。

 あまりにもラセツの口から放たれた言葉に衝撃を受けたからだ。

 ラセツに小突かれたあと、時間差でクロベニはその言葉の意味を整理し、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。


「へ……? そ、それって心配してくれている……ということなのか?」


 ラセツはつい本音が垂れてしまったのか、はたまたそうではないのか。どちらにせよクロベニの身を心配しているという事実を知られてしまった事にらしくもなく動揺した。


「ばっ……! ばっか言え! そんな事は微塵も思ってない!」


「ふぅ~ん……。ま、私は嬉しいぞラセツ」


「う、うるせえぞこの自己犠牲女! 誰がお前のことを心配してるだぁ? 一生かかっても心配なんかしねーよば~か。自意識過剰だなおい!」


 嬉しそうに微笑むクロベニに対し、ラセツはさっきまで見せていた態度とは真逆の態度を取り始めた。


「少しは素直になったらどうだラセツ。本当は私の事心配してたのだろう?」


「ぐ、ぐぬぬ……! ケッ。だれがお前の心配なんかするかよ。勝手にそう思ってやがれ」


 ラセツは腕を組みながら恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 その様子を見て、クロベニは照れるようにして微笑んでいる。


 そしてそんな二人の間に突如として人影が現れた。

 二人の影をも踏まずに木の葉を舞い散らせながら現れたのは、二人よりもはるかに年老いた男性だった。だがその姿はとても凛々しく、威厳がある。

 なによりの証拠にラセツが一瞬にして目の色を変えた。

 ……いや、戦闘態勢をとったと言った方が正しいのかもしれない。


「ふむ……。どうやらお邪魔だったかのう?」


 二人の間に割って入って来た老人は、クロベニの嬉しそうにしている表情を見ておおかた察しがついたらしく、大きく開いている服の袖にしまっていた腕で頬をかいた。

 クロベニがあたふたしながら何かを言おうとしていたが、そんな暇を与えることなくラセツが開口一番に老人に口を開いた。


「おうジジイ。今日と言う今日はこの俺と勝負してもらうぜ」


 刀に手をかけ、居合の構えをとっているラセツを見て老人は吐き捨てる。


「お前さんがワシと戦いたいのは重々承知はしておる。だが今は緊急の要件があるのでな。すまないがラセツよ、お前の相手をしている暇はない」


「なっ!? てめえジジイ! 次は絶対に手合わせをするって約束を……」


「イヅナの件で土地神様がお前たち二人を呼んでおるのだ。急ぐぞ!」


「はぐらかしやがって! 今日こそは絶対に戦ってもらう。

 先手必勝って奴だ、いくぞジジイ!」


 ラセツが刀を抜いた瞬間、クロベニとの勝負で見せたような空間が広がった。


「これが俺の絶技、明鏡止水だ。一瞬でも隙を見せる暇はない」


 自信満々の表情で老人に喋りかけるラセツ。


「おれの絶技を受けてみろ。絶技・明鏡止……!」


 時間が止まったかのように錯覚するほど、ラセツが作り出した空間は無に近い。

 そんな空間の中を平然とした顔で歩いている老人を見てラセツは動揺してしまい、逆に隙を晒してしまった。


「良い技だが、まだまだ練度が足らぬな。絶技の域に達した技というものはこんなものではない。また次に顔を見せたときはワシがお前に絶技の何たるかを教えてやろう」


 老人はそう言うと、赤子をひねるようにいとも簡単にラセツを気絶させた。


「……タイガ様。私たち二人に用事があって来たのでしたら、ラセツを気絶させたのはマズいのではないでしょうか?」


 クロベニの問いにタイガと呼ばれた老人は『確かに』と、整えられた顎髭を触りながらどうしようかと迷っている様子だ。


「ま、まあ何とかなるじゃろう」


「タ、タイガ様……」


 少しだけクロベニに呆れられながらも、タイガはラセツを片腕で抱えた。

 ラセツは平均的な男性より少し背が高いが、それを軽々と片手で持ち上げるタイガという老人の姿は、まるで衰えを感じさせなかった。


「さてクロベニよ。これから土地神様の元へ参るぞ」


「はっ!」


 そう言うと二人は、右手の人差し指と中指以外の指を折り、指先を空に向けた状態で顔の前までその手を運んだ。


「忍法・転移の術」


 ――アガリの国ではこの忍術と呼ばれている、智慧のマナの扱いを応用した特殊な技を扱える者をシノビと呼んでいる。


 彼等は幼いころから智慧系統のマナの扱いを教えられ、アガリの国の特殊な環境下で訓練することでシノビの技を開花させてきた。それ故に智慧系統以外のマナの扱いは並み程度だが、専門分野である智慧系統の扱いに関しては、本家大本の智慧系統を扱う者たちにも引けを取らないどころか、優れている部分が多い事が特徴としてあげられる。


 智慧系統はもともと扱いが難しいという特徴がある。習得難易度が高い事もあり、それを繊細かつ迅速に扱える者はほんの一握り。クロベニはその一握りの中に入っている。


「ほう、大したものだなクロベニよ。このワシとほぼ同じ到着か」


「いえタイガ様。私はまだまだ未熟の身。タイガ様のように転移先の位置にピタリとズレることなく来るのはまだまだ出来ません」


 忍術を扱えるシノビの中でもクロベニは特別に秀でた才能を持っていた。そんな彼女でさえ忍術の扱いにおいてタイガという老人には劣っていた。


「だがワシはもうお前に教えられることはないからのぉ。後は自ら鍛錬し、技を磨くことがお前さんに与えた最後の修行じゃからな。こんな老いぼれなんぞ、先が明るい若いもんはすぐに追い越すわい。ハッハッハッ」


 愉快な笑い声が、転移先である土地神様が住む宮廷に響き渡る。


 いくつもの鳥居が並び、石畳の道と無数の竹に囲まれた宮廷の入り口には、ほのかに灯りをともす燭台が真っすぐ道に沿うように何個か置かれている。


 心地の良い風が流れている。

 鳥の鳴き声、川のせせらぎや木々の間から差し込む木漏れ日。

 宮廷の中から聞こえてくる鹿威しの音など、どれも心を安らげる自然の音がこだまするこの場所は、アガリの国で屈指の美しさを誇っている。


「……しかしタイガ様。ラセツ、起きませんね」


「そうじゃのぉ……。まあこいつの事だ、きっともう起きておるぞ」


 その言葉に反応したのか、ラセツの体が少しだけピクンと反応した。


「ほらそろそろ起きんかラセツ!」


 タイガは腕に抱えているラセツを石畳の道の上に放り投げた。


「っと危ないじゃねえかジジイ。頭でも打ったらどうすんだ」


 だが放り投げられたラセツはすぐに着地体制を取り、綺麗に着地する。


「フッ。いつまでのワシの腕の上で寝られると思っておったか? お前さんが気絶してからすぐに意識を取り戻したのは分かっておったわい」


「ったくよぉ。あのときは少しだけ動揺して隙を見せちまったけど、もうあんなヘマはしねえ。さあジジイさっきの続きをやるぞ」


 ラセツは意識を取り戻したや否や、すぐさま刀を手に取りタイガに勝負を申し込んだ。

 そんなピンピンしているラセツを見て、クロベニは驚いている。


「ラ、ラセツ!?

 あんなハデに気絶をさせられたのに本当にもう平気なのか?」


「ああ問題ない。あんなのすぐに治る」


 ケロっとした表情でラセツは体に異常がない事を告げた。心配そうに自分を見ているクロベニに何かを感じたのか、ラセツは照れくさそうにしながら口を開いた。


「言っておくが、俺は負けてねえからな。あれは本気を出していなかっただけで、決して負けたわけじゃねえ。勘違いすんなよ」


(というのは嘘だけどな。このジジイ、俺の本気の絶技をいとも簡単に破りやがった……。認めたくはないが、アガリの剣聖と呼ばれているだけの事はありやがる。悔しいが今の俺ではこのジジイの領域に達することは難しいな……)


 ラセツは一通り今の自分の状況を自己分析したあと、ついでと言わんばかりにクロベニにガミガミと指を指しながら、難癖をつけるかのように文句を垂れ流す。


「てか俺はお前みてえなガキに心配される筋合いはねえよ。お前が思っている以上に俺は強い。つまりはだ、俺より弱いやつに心配されるのは御免だってことだよ。いいな?」


「ムカッ! なんだお主、人が折角心配してあげているというのに!」


「うるせえな、勝手に心配していただけだろうが! 何ムキになってやがる」


 ラセツとクロベニは言い合うようにして、お互いの胸ぐらを捕まえ顔を近づけながら揉めあっている。この静かな空間に二人の怒声が追加されていった。


「……てか、お前のほうはどうなんだよ! 俺より強いっていうんならこのジジイみたいに俺の絶技を破ってから何か物言いをしやがれ!」


 ラセツはクロベニのおでこに顔をガツンと引っ付けながら至近距離でそう言い放つ。


「っ……! そ、そそそっ! それはそうなの……だが!」


 顔を赤くしながら、どこかモジモジしだし歯切れが悪くなるクロベニ。その顔はどうやらラセツに気があるようでないような、どちらとも取れるような表情をしていた。

 はたまたこれが恥ずかしくてオドオドしたのか、それとも怒りでワナワナと震えて言葉が上手く出てこなかったのかは、クロベニにしか分からない事だ。


「……若いもんは元気がいいのう」


 そんな二人の様子を見て、タイガは笑う。


 ――チリン。

 遠くで鈴の音がなる。


「おいガキ。聞いてんのか?」


「ち……ちかっ……! と、というよりも離れぬか!」


「おい。もうそのくらいにしておくのだ。ここがどこか忘れておるのか?」


 タイガの一声でクロベニはハッと我に返り、先ほどまで見せていた取り乱した姿を一瞬にして消し、落ち着きを取り戻し、いつものように振舞った。


「申し訳ございませんタイガ様。土地神様のお屋敷の前でこのような事を……」


 クロベニが改まる姿を見てラセツは不思議そうにそれを見つめていた。


「お前、何を急にそんなおとなしくなってやがる」


「当たり前であろうが! ここは土地神様の宮廷なのだぞ! このような神聖な場所でお主の大きな怒鳴り声を響かせるなど、不敬にもほどがある!」


「ふ~ん……。なあ、そもそもの話なんだが、土地神様っていったい何なんだ? そんなにお偉いのかよ?」


「なっ! ラセツ、おぬしこの宮廷の用心棒を任されているにも関わらず土地神様の事を知らぬというのか!?」


 クロベニが信じられないといわんばかりの顔をしながらラセツに問い詰める。

 それもそのはず。ラセツはこの土地神の宮廷で用心棒として雇われている。そんな彼が宮廷の主である土地神の事を知らないというのは、冗談以外では考えられないからだ。


「知らねえな。そもそも会ったことすらないからな。どんな容姿をしているのかってもの分からねえよ」


「お、おぬし……。よくそんな状況でこの宮廷の用心棒が出来たものだな。私には信じられぬ」


「まあそもそもの話、俺がここで用心棒をしているのもタイガのジジイに実力を見出されて拾われたからだしな。俺はダラダラとしてても仕事として成り立つここの用心棒の仕事はいい感じに気に入っているぜ。寝てても文句一つも言われねえからな」


 いまだに信じられないという顔をしているクロベニはすぐにタイガに真否を確認した。


「タイガ様自らがラセツをこの宮廷の用心棒に雇ったというのは本当なのですか!?」


「……まあな。だが、それには色々と深い事情があるのだ」


 ――チリン。

 鈴の音が宮廷の扉に向かって近づいてくる。


「だから俺は土地神っつう奴の容姿は全然分からねえし、興味もねえな。知ったところで別に大したことでもないし、何より知って何かメリットがあるのかって話だ。俺はここで目的を果たすまではノンビリと暮らし、鍛錬を積むだけで満足しているからな」


「まあそれがお前のためなのかもしれないからのぅ。

 ……今日までは、な」


 タイガは神妙な顔でそういった。


「と言ってもタイガのジジイが合わせてくれねえってのが正しいがな。俺だって最初は興味はあったが会おうとするたびにジジイに止められるもんだから、いつしか興味がなくなってきたってわけよ」


「……タイガ様。これには何か深い事情があるといったように、ラセツと土地神様の接触を控えさせているのには何か理由がおありで?」


 小声でクロベニはタイガに話しかける。


「まあのう。特に土地神様には絶対に合わせては駄目だとワシは判断した。なぜならあのお方は……」


「――わたくしが九尾の狐。つまりは、妖怪に分類されるからですね」


 チリンと、鈴の音が宮廷の扉の前で止まり、その音がやむと同時に大きな扉が開かれる。


 白色の華やかな着物に身を包み、溢れんばかりの気品と神々しさ、そして妖気を放ち、九本の尻尾を生やした美しい女性が姿を表した。


 扉から表れた女性の妖気に触発されたのか、ラセツの目つきが鋭くなり、その女性を睨みつける。そして目から溢れ出るような殺気を送りけている。

 ラセツの手は既に刀に手が届いており、いつでも抜刀する準備が出来ていた。

 ……否、その手はすでに刀を抜き取っており、足は一歩二歩と、歩みを進めていた。


 タイガは女性が姿を表したのを見てすぐに顔つきを変え、クロベニに言った。


「いいか、クロベニよ。今はつべこべ物を考えるな。とにかくワシについてきて全力でラセツを止めるのじゃ。急げ。はやくしないと追い付けないぞ」


 ラセツは鬼の形相になり、殺意のこもった目を女性に向け口を動かす。


「てめえみてえな強大なあやかしがいたとはな。殺しがいがある」


 ラセツは抜き取った刀を間髪入れずに、振りかざした。


「いかん、間に合わぬ!」


 そんなラセツを見て、九本の尻尾を生やした女性は不敵に笑った。


「……こんなものでしたら、ここまで警戒する必要はありませんでしたね」

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